ナルド・リヴァイア召喚の祭祀に向けて
海路を拓かねばならない。現在の課題はそれだ。
樹のクランと交易が始まり、すでに3往復くらいの売買が行われた。こちらから出せるものは少なかったが、あちらが町の畑に繁茂していた豆に興味を持ってくれたおかげで、苗や種との交換が成立した。
なにせ原初の時代から生育していた豆だ。植物を愛する樹のクランからすればとんでもない代物である。たった一株の豆で寒冷地と荒れ畑に適した野菜の種をいくつか融通してくれた。その種は畑に植えられ、栽培が始まっている。
順調に交易が始まったゆえに、私はこの課題を何とかしなければならない。
その課題とは航路の安全だ。交易船が安心して行き来できるようにしなければならない。イルス海にはまだ海賊がいる。うちに受け入れた人々のように行き場をなくして食い扶持を稼ぐために仕方なくではなく、根っからの悪人がやってるような海賊だ。
これの摘発と平定も課題だし、イルス海以外のルートを構築する必要もある。
この町、というよりこの永久凍土の大陸は2つの海に面している。町から見て東方のイルス海。そして南方から西方に位置するナルド海。
ナルド海に海路を拓かねばならない。そのために必要なことがある。
「大老、相談があります」
「おう、どうしたんじゃ?」
「ナルド・リヴァイア召喚の祭祀を行いたいのです」
ナルド海を安全に航行したいのならナルド・リヴァイアの守護が要る。こういうルートで船を渡すからその経路を安全にしてくれと招請しなければならない。
ナルド・リヴァイアの鱗はひどくささくれていて、ナルド・リヴァイアが身をよじらせて泳ぐたびに複雑な波が起きる。この波がナルド海を荒らす。つまりナルド・リヴァイアの守護とは、通達したルートに近づくなという契約を結ぶことになるのだ。
その契約のためにナルド・リヴァイア召喚の祭祀を執り行いたい。大老はその祭祀の手順を知っている。
「ふぅむ……よかろう。必要なものは、まず供物じゃな」
ナルド・リヴァイアをこの場に呼び出すための供物、そして守護を与えてもらうための供物の2つだ。
供物の品目に指定はなく、ナルド・リヴァイアが気に入るかどうかだそう。小さな少女が摘んだ花一輪で呼び出されることもあれば、クラン総力をあげて用意した豪勢な供物でも一切応じない時もある。
「他は?」
「陣と水盤。これはワシが用意しよう」
「わかりました。では供物の用意だけでいいんですね?」
「応」
***
そんなやり取りをしたのが少し前。供物。うーん供物か。
どんな物を用意するべきだろうか。豪勢なものは嫌いで質素なものを好むとか典型的な話ではないし。あの荒ぶる海竜が気に入るような供物。
参考にと、これまでの供物の履歴を教えてもらったが、どれも共通点がない。少女が摘んだ花なんて素朴なケースもあれば、当時の首領に隠れて奸計をなしていた悪人を生贄として生きたまま海に沈めたら召喚に応じたというケースもあった。
「うーむ……」
うちから出せるものといったら、町の外の森で取れる木材、狩った獣、海で釣る魚、畑から収穫した豆。そのくらいだ。生贄という選択肢は絶対にない。
これを出したところでナルド・リヴァイアは気に入るのか。何も召喚の祭祀は1度きりということはないので応じてくれるまで手を変え品を変えやればいいだけなのだが、試行回数は少なくしたい。
「何か悩んでるようだねぇ」
「アグリコラさん」
彼女は畑に関することを一手に指揮している。気前のいい性格の彼女は信仰にこだわらず、手伝いを申し出た元海賊連中にも仕事を分け与えているそうだ。アグリコラの姐さんと呼ばれ、親しまれている。
「悩みかい?」
「えぇ……まぁ」
話を切り上げかけ、ふと、他の人にも頼れとリグラヴェーダの言葉を思い出す。
相談してみようか。私よりも歳がいっているアグリコラのことだ。何か思いつくかもしれない。
そう思い直し、ナルド・リヴァイアへの供物の件を話してみる。畑から採れた作物を供物に使っても問題ないだろうかという食料面の確認も添えて。
「どのくらいかにもよるけど、まぁ余剰分を使うってんならいいんじゃないかねぇ」
「ふーむ……」
新しく作ったクランで、新しく始めた畑で、初めての収穫。供物の名目としては悪くない。
初物ならナルド・リヴァイアも気に入るかもしれない。
「……でも、すぐ出せるものでもないですよね?」
元々好き勝手に繁茂していた豆はともかく、樹のクランと交易して手に入れた種からの収穫物はまだだろう。収穫どころか、まだ芽が出るかどうかという段階のはず。その収穫を待つ時間はない。
「あぁ、それなら。アレイヴの人らがいい苗をくれてねぇ」
「……ほう?」
「苗から1週間でできるってんで、明日には収穫ですよ。籠いっぱいの芋ですよ」
「…………本当に?」
いったいどんな芋なんだそれは。




