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永久凍土から神の国へ、世界制覇を目指します  作者: つくたん
樹のクラン"トレントの若木"
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信ずるに値する契約の苗

万古の大樹。これこそが樹神の眷属、大樹の精霊トレントの本体である。

この大樹の幹に張り付くように、巻き付くように螺旋状の足場が組まれ、足場の上に庵を結んで生活する。樹上都市の形態を持つここが樹のクラン"トレントの若木"の中心地、リシタの里だ。


「上が……見えませんね……」


見上げても樹のてっぺんが見えない。まるで巨大な塔か何かのようだ。

感嘆の息を漏らして視線を正面に戻し、導かれるままに里に入っていく。階段状の足場を進んでいく。

分かれ道には衝立がされ、防人が見張っている。私たちを警戒しているような、試すような視線を向けている。


「そういえば、うちからナフティスという者がこちらに訪れたと思うのですが、彼は?」

「あの方なら首領とお話されて、すぐに出立なさいました」


まるで風のように来て、風のように去っていったという。ナフティスらしい。

道案内をしながら語る使者曰く、ナフティスがベルベニ族らしからぬきちんとした態度で話したことが首領の気を引いたらしい。あの奔放で礼儀知らずなベルベニ族がその奔放な振る舞いを捨てるほどの君主とは、と。


……なんだかハードルを引き上げられた気がする。


「会談の場はこちらです。どうぞ」

「失礼します」


戸代わりの布を取り払って促され、一礼して中へ入る。部屋の中央には円卓があり、ひとりだけが座っていた。壁に沿ってずらりと並んだ防人に囲まれて中央に座る彼女こそが樹のクランの首領リネ・トレント・ラトロレーウだ。


「お初にお目にかかります。ライカ・ニウィスルイナ・カンパネラと申します」

「同じく、リグラヴェーダ・ニウィスルイナと申します」


粛々と頭を下げると、鋭さを宿す新緑色の目がこちらを見据えた。

薄い葉に指を滑らせて切ってしまった時の痛みのように鋭利な視線は私たちを突き刺し殺す棘のようでもあった。


「リネ・トレント・ラトロレーウだ。どうか座って、楽に」


促されるままに着席する。護衛であるリグラヴェーダは私の後ろに控えて立ったまま。

私が腰を落ち着けたのを認め、さて、と首領リネは本題をいきなり切り出してきた。言うまでもなく再信審判への参加の承認の件だ。


「一定の条件のもとに汝らの参戦を承認する」


イルス海の海賊をほぼ捕らえ、平定したこと。正確には武力で屈服させたのではなく、行き場がなく仕方なく海賊行為を行っていた彼らに住居と働き口を提供したのだが、首領リネにとっては『海賊を鎮めた』ということが重要なので過程は無視される。

その平定の結果をもって、"ニウィス・ルイナ"をひとつのクランとして認める。そして、ひとつのクランとして認めた証として交易を開く。

その交易の取引の公平と航路の安全保障をもって、"ニウィス・ルイナ"が再信審判に参加することを承認する。


首領リネが提示した内容は以上だ。要するに、公平かつ安全に交易が続くことを条件に、再信審判の参戦を承認するということだ。


「承りました」


イルス海の海賊は、火のクランの追放を受けて行き場を失った人々だけではない。中には根っからの悪人たちが徒党を組んだものもある。首領リネは彼らの討伐も暗に要求している。

断る理由なんかない。やってやろうじゃないか。戦う男たちにとっては再信審判までの肩慣らしとなるだろう。


「そうか。……では、約苗をここへ」


ヤクミョウ。聞いたことのない響きだ。

首領リネの言葉を受けて、防人が持ってきたものは小さな苗が植わった鉢だった。鉢といっても器に入れたものではなく、小さな球状に固めた土に種を植えたものだ。見た目の上では、苔玉とか、あぁいったものと同じだ。

これがヤクミョウとやらだろう。皿のように平たい器に乗った新芽の土玉を私の前にひとつ。首領リネの前にひとつ。


「受け取れ。約苗の受領をもって調印となす」

「……確かに、承りました」


ヤクミョウを受け取り、深々と頭を下げた。


――こうして私は樹のクランからの承認を無事取り付けたのである。


***


調印も帰還もまた滞りなく。数日ぶりに町に帰ってきた。

私が不在の間、特に困ったこともなく日々は進んでいたようだ。大老からその報告を聞き、こちらもまたミリアム諸島で交わした調印の様子を大老に伝える。


「ふむ……で、それが約苗かの」

「はい。大老はヤクミョウをご存知ですか?」

「約、苗、と書いて約苗じゃ。約束の苗。契約の苗」


アレイヴ族の古い慣習で、任せろと言い合う代わりに互いの心臓に拳を当てる動作があるそうだ。

自分の心臓を種に見立て、それを握り、相手に引き渡す。そんな意味合いを持つ信頼の動作なのだとか。その古い慣習は現代に受け継がれるにつれ形を変え、約苗というものになったそうな。

木の種を植え、芽が生え次第それを分割して両者の間で持つそうだ。木の種類によって種には様々な意味が込められる。親愛、信頼、主従、2人の人間の間に築かれる様々な関係に対応した種があるらしい。

そして、種のうちに魔法をかけて、分割された芽には互いの所持者の状態を察する力を持つ。AとBの芽があったとしてAの芽はBの持ち主の状態を、逆も然り。

芽が健全であるうちは、芽の受け渡しの際に交わした関係が正しく機能しているという証拠になる。逆に、機能していなければ枯れる。


私が貰い受けたのは、信頼の元に交わされた芽。つまり裏切りがあれば芽が枯れるということだ。

裏切りとは、交易の公平が覆され航路の安全が脅かされること。万が一そのようなことがあれば首領リネの手元にある芽は枯れ、その枯れでもって承認を取り消す。


「アレイヴなりの最大の信頼じゃ」


アレイヴ族にとって、種とは心臓。命に直結するもの。それを相手に分け与えること。そこに込められている意味。そこにあるものは重い。

いきなり最大級の信頼の形を持ってきたのだ。裏返せば、相当の重圧をかけてきたということになる。


「えぇ。絶対に枯らしませんから」


……ところで、これは水やりとか必要なんでしょうか?


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