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『しなければならない』の呪縛


「……で、火の首領の暗殺事件のことをふと思い出しまして」


その可能性に気付いたのはナフティスだった。こうして水のクランが揉めていれば、その隙を突いて刺客が送られてくるかもしれない。揉め事で白熱し、つい殺害に至ってしまったと見せかけて、議会員や義兄さんの暗殺に乗り出すクランがいるかもしれない。首領を失って火のクランが動揺したように、その災禍は水のクランにも降りかかるかも。


「だから追放という形で私たちが出奔することにしたんです」


議会を軽んじた小娘の追放。私と義兄さんとで相談し、表向きはそういう形で事態を終結させたのだ。

話し合いの間にナフティスが船と物資を用意し、追放処分の発表とともにクランを出られるように。

それでタイミングを見て追放を発表、私は用意されていた船に乗り込み……だったんですが。経緯を聞いた人たちが私についていくと言って、船に乗ってきたんです。私一人で船を操舵することはできないので船乗りを、と手配した大老から漏れたみたいで。

私とナフティス、大老だけだったら水のクランの領土の端でひっそり生きるつもりだったし、実際その予定だったんですが……こうまで人数が多くなってしまうと、やっぱりそれは難しいかな、と。何より皆がこんなところ出ていこうと口々に言うものですから、じゃぁ、と。予定にはなかったけど心情としてはやりたかったことをやろう、と。


「それで、新天地を求めてこんなところに……というわけです」

「……そうだったんですね」


だから、ついつい物事を固く考えてしまうのだ。

両親の注目を浴びるために優秀な成績をおさめなければならない。その考え方がスライドして、再信審判に勝つためにこうしなければならないと言ってしまう。


「今もそうです。義兄さんに並ぶような……立派な指導者に」

「……『立派な指導者にならなければならない』?」

「そうです」


リグラヴェーダの回答に頷く。そう。私は義兄さんに並ぶような立派な指導者にならなければならない。

立派な指導者である義兄さんの背を追って、私もそうなるように。その理由はやっぱり『しなければならない』で締めくくられる。


「……ですが、それでは勝てないのでは?」

「はい?」

「追うだけでは追い越せませんよ。追い越せなければ再信審判で負けましょう」


……確かに。そうだけども。


「並んでもいないのに越すなんておこがましい、と言いたげですが……そうして『並んで』いる時間は、ありますでしょうか?」


一足飛びでも進まなければと言ったのはあなたですよ、ライカ様。

そう微笑むリグラヴェーダに虚を突かれた気分になる。思わぬところからド正論がきた。


義兄さんに並ぶために研鑽を積んでいる時間はない。今の実力で、義兄さんに劣る状態で、それでも追い越さなければ再信審判に勝てない。

その通りだ。反論の余地なし。降参のように両手を挙げると、リグラヴェーダは小さく微笑んだ。


「説教ついでですが、ライカ様は一人で何でも気負いすぎです」


『しなければならない』と義務で自分を縛って、その達成を自分の力でなそうとしている。

相談ということをほとんどしていない。報告と意見は聞いているものの、判断と指示は自分の裁量で。反対があればまた別の案を、やっぱり独断で出す。


「……う……」

「たまには皆も頼ってくださいね。私、ファムファタールのためなら何でもしますから」


愛しい運命の人のためならば何でも。そう言うリグラヴェーダの微笑みは頼もしく、そしてどこか空恐ろしかった。

背筋に氷が滑ったような気持ちになりながらとりあえずその気持ちだけ受け取っておく。


「……藪蛇を聞きますが、何でもってどのくらい……?」

「そうですね……世界すべてを氷に閉ざしてしまうのも結構ですが……」


氷の民が掲げる氷神の力をもって、世界を絶対零度に閉じ込めてしまおう。

すべてが凍てつく吹雪で世界を飲み込み、永久に凍結させよう。

愛しいファムファタールが望むならばその程度、軽くやってみせよう。二度と暖まることのない極寒の世界へ。


――でも。


「私の力では、再信審判の勝者に導くくらいがせいぜいでしょうか?」

「それは…………」

「ですからぜひとも頼ってくださいね。愛しいファムファタール」


にこり、とまろやかな氷のように微笑んで、それから。


「『あなた』が勝つのではないのです。『私たち』が勝つのです。……そうでしょう?」



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