『私』に至る道筋を語らなければならない
私の家は水のクランの上層部に食い込む一貴族の家系だった。
議会の中でも強い発言力を持つその家は影響力を持つことにもずいぶんと執心していて、信仰に基づいて各地に人脈を築くように、家々に人脈を築いていた。
議会に所属する議員、議会とは別組織の上層部。あらゆる家に彼らは種を撒いた。生まれてくる子の性別が分かり次第すぐさま政略結婚の縁談を組むほどに。
そうして生まれたのが、エレナ・カンパネラだった。
生まれるよりも前に結婚が決まり、そのために教育を受けて育った。良妻であれ、賢母であれと完璧に育てあげられたカンパネラ家の最高傑作。
私はその家と、姉のもとに生まれた。結論からいえば私は不要だった。両親はエレナという最高傑作を育てるのに必死で私のことなど乳母と教育係に任せて見向きもしなかった。
完璧な最高傑作に万が一があった時のスペアにすらしなかったのだ。生まれた時には名前さえつけなかったという。
それでも家庭という狭い世界しか知らなかった私は、狭い世界において絶対の存在である両親の関心を引こうと必死だった。
座学はいつも満点だったし、いくつかの表彰も受けた。けれど両親は授賞式にさえ来なかった。出席できない代わりに出すはずの祝電すらなかった。私の何もが空虚であった。
「でも、姉さんを嫌いではないんです。むしろ今でも仲がいいほうで」
完璧な姉を妬んだことはない。むしろ、嫉妬という概念さえ私にはなかった。
見向きされないのは自分の研鑽が足りないからだと思っていた。もっと研鑽を積んで優秀な成績をおさめれば、いつか振り返ってくれると、そう信じていた。
あまりにも私が放置されすぎているので姉さんが目をかけたこともあった。たまにはライカのことも見てあげてと言う姉に抱く感情は、もし私が嫉妬という概念を知っていれば惨めな気分になっただろう。だがその時初めてスポットライトを浴びた気がして、非常に誇らしかった。
けれど両親はそのスポットライトの角度を戻して姉さんを見た。私はやっぱり見向きもされなかった。
たびたび姉さんは私を振り返ってくれるけど、両親の視線が私にスライドすることはなかった。
振り向いたのは、姉さんが嫁に行ってから。正式に婚姻を結び、義兄さんの家に嫁いで行ったその晩。
両親はやっと私を振り返り、一言。
「なんて言ったと思います? 『いたの?』ですよ。信じられますか?」
十数年経って、やっと存在を思い出したかのように。いつか昔に腹からひり出した肉塊の存在を見た。
あぁなんだか十数年前にこんなものを腹から出したなぁ、と、そんなような漠然とした感慨で。
「私を振り返った二言目は、『いるなら嫁げ』でしたね」
姉さんに注力しすぎて完全に忘れていて、だから政略結婚の縁談も組んでいない。存在を忘れてはいたけどそこにいる以上はカンパネラ家の役に立て。嫁ぎ、人脈を築け。
それはあまりにも情のない言葉でした。でも、私にとっては十分でした。だって、十数年間で初めて両親から私に宛てられた言葉でしたから。試験で満点を取っても賞を獲っても何をしても得られなかったものを得たんです。
それで満足でした。もちろん、その頃には私もものの道理をわかる年頃でしたから……情のない両親と私の境遇については理解していました。その満足は子供時代の狭い了見であると。
だから満足をもって子供時代を脱した後は大人の視点で、今さら目を向けてそれか、と、やっと人並みに怒ることができたんです。
それからはもう親子仲は険悪ですよ。両親はエレナという最高傑作が頂点にあるものの見方をしていたので、私のことは完全な劣化品だと。むしろ腹から出して十数年、思わず振り返るような功績をあげない劣等な娘だとまで言ったんですよ。私はあれだけ努力して優秀な成績をおさめたのに責任転嫁にもほどがあると怒って……それからずっと平行線です。両親の価値観は変わらず、今も。
「……それが水のクランとの揉め事につながった、のでしょうか?」
「えぇ。私が義兄さんに意見したことで両親が激怒して」
議会を巻き込むお家騒動に発展した。議会としては取り合う必要のない親子喧嘩だったが、なにせ相手が議会に強い影響力を持つ議員だ。それぞれの家に撒いた種は発芽して根を張って、しがらみのように否応なく巻き込んでいく。
『議会員でもない小娘が議会に意見した』『これは議会を蔑ろにする軽率な行為だ』というような論調で議会は動き出した。義兄さんは水神の教えに従い知平等論に基づいて中立であり、姉さんも義兄さんに従った。
「その親子喧嘩が相当に根深くなりまして」
同盟を組み、大勢が決まった頃に裏切って一人勝ち。そんな信頼を裏切る作戦に意見するなら代案を。義兄さんは中立の視点から私にそう言い、しかし私は代案を出せるほど政治にも再信審判にも詳しくなく。
両親が焚き付けたせいで議会は大炎上。状況は極めて混沌として収集がつかない。
――そこで、ふと、思い出したのだ。




