火の内情
そうしてホムラを名乗る彼らは私たち"ニウィス・ルイナ"に加わることになった。
団の筆頭のピラタ曰く。イルス海には他にもこうして"簪"から冤罪により追放されて仕方なく海賊行為を行う集団がまだ少しいるらしい。
「その集団と連絡を取ることはできますか?」
「面識はあるんで……海で行き逢えば、ですが」
通信能力を持つ武具は持っていないので、狼煙や対面での会話、海鳥を伝書鳩代わりにした手紙のやり取りのみになってしまうが、連絡はつけることができる、と。
「なら、彼らもうちに引き入れられないでしょうか?」
行き場がない、仏師を得る手段がない。そうして海賊行為に身をやつすならば、行き場を与えてやればいい。悪人でない限り、我々は来るものは拒まない。
そのかわりきちんと働いてもらう。なにせうちは人手が足りない。真摯に働き、"ニウィス・ルイナ"のために尽くしてくれるのなら思想や信仰について強制はしない。
「い……いいんですか? 本当に?」
「もちろん。うちは信仰ではなく信頼でつながるクランでありたいので」
それに、リグラヴェーダから聞いた話なのだが、この町はそうやって大きくなった場所なのだそうだ。
この土地は神々と人間の絆を確かめる儀式を行うための場所であった。そのためここに住む者は儀式をする巫女と、その護衛と世話人しかいなかったという。しかし護衛や世話人の家族が移り住むようになり、知り合いが招かれ、そうして徐々に定住者が増えてこの規模になったという。
その成り立ちをなぞっていくように規模を拡大していこうじゃないか。
「航行に必要な物資を渡します。イルス海を行き、連絡がつく者に呼びかけていってください」
***
「よろしいので?」
「何がですか?」
ピラタとのやりとりを終え、彼を見送った後に横に控えていたリグラヴェーダが口を開いた。
何を危惧することがあるのだろう。
「あのまま帰ってこないやもしれませんし……方便という可能性もあるのでは?」
本当は極悪の海賊かもしれない。"簪"の首領暗殺の手引きをした人物かもしれない。
確かにその可能性はあるし、可能性を潰しきれていないまま自陣に引き入れた。
『信頼』とは無防備に受け入れるものではない。リグラヴェーダはそう言いたいのだろう。
「そこは疑ったらキリがないでしょう。私たちは止まっているわけにはいかないんです」
再信審判まで時間がない。細やかに身元を調べている余裕はそうない。
もう少しで休審期が明ける。再信審判まで残り100ヶ月をきった。それまでに他の勢力に並び立つクランとなり、そして参加の承認を受けて、勝ち上がらなければ。
「……どうかしましたか?」
「いえ……私にはその感覚は疎くて……」
なんとも表現しがたい複雑な顔をしているリグラヴェーダはふるりと首を振って話を切り上げた。
あまり踏み込む話でもないだろう。再信審判に参加することなく静かに暮らしてきた氷の民であり、そしてこの町で時を止めて数千年を生きた彼女にはこのあたりの感覚は絶対にわからない。
「話は変わりますが……ライカ様は火の民に詳しいのですか?」
「はい。故あって、火のクランに留学したことがあるんです」
神秘学において、火の属性と水の属性は対極にあるとされる。そこにクランの関係性を見出すわけではないが、そこを理由にして火のクランに留学したことがある。
「ハルツバリの大老が若い頃に火のクランに留学したことがあって」
水のクランは各地に人脈を多く持つ。流れる水のように、ひとところに溜まるのではなくあらゆるところに流れていく。その先で知識を吸収し、また戻ってくる。降った雨粒が集まって川となり、そして海に流れ出て、蒸発した水分が雲となって雨となってまた降るように。水の循環図のように、水神の信徒たちは世界をめぐり、知識を得ていく。
そうして大老が若い頃に火のクランに留学し、その縁から私の留学先が火のクランになったのだ。
留学でできた縁は義兄さんが政治のためのネットワークとしてきっちりと利用されている。私はただの繋がりを作るための
「だから少しばかりキロ族の風習や火のクランの内情には詳しいんですよ」
首領が暗殺された後、その座についたのは首領の娘である年若い少女だという。
本人とは会ったこともないし伝聞だが、その娘は『カガリ』の名を継ぎ、立派に首領を務めているそうだ。
「だからこのたびの追放もその一環ではないか、とみているんです」
「というと?」
「ほら、少女だからってなめられたら沽券に関わるじゃないですか」
優秀な首領の跡を継いだのは年若い少女。内政も外交もノウハウをろくに知らない。
だからなめられてはいけないと少し過激になっているのだろう。暗殺は許されないしその手引きをした内通者がいたら大ごとだが、だからといってこれほど過激な方法を取っているのはそれ故である、と私はみている。
なめられないため、面子を保つためなら多少の冤罪を生み出してでも行動する。それが罪なき民を追放した原因だろう。
「必要以上に肩肘を張る……ということでしょうか?」
「はい」
「でしたら、ライカ様も同じですね」
…………う。痛いところを。
「ライカ様の発言にはたびたび『しなければならない』という表現が出てきますから」
ああそうだ。自覚はある。
信念を貫かなければ。再信審判に勝たなければ。皆を導かなくては。立派な指導者にならなければ。
私の言うことはすべて『なければ』がつく。自分を義務で縛り上げていることは自覚している。
だけど、でも、私はここで立ち止まるわけにはいかないのだ。
そう。『するわけにもいかない』もだ。何度その文法を繰り返すのだろうか。
「そもそも、どうしてそのように考えるようになったのですか?」
「それは……」
――それは、物心ついた時から刻まれたことなのだ。




