海賊の正体
船乗りたちが帰ってきた。
……と、思ったら、見知らぬ船を連れてきた。
「全員の無事の帰還を喜びます。……で、そちらの船と皆さんは?」
全員無事。傷病の様子はなし。それは喜ぶべきこととして。
カヴェリエレたちが連れてきたこの旅船らしき一団はどちらさまなのだろう。
「いやぁ、一発でしたよ」
曰く。彼らこそがイルス海の海賊なのだそうだ。といっても無数にある海賊のうちのひとつだが。
船も物資も船員も賭けたポーカーで勝利し、彼らの財産と身柄を引き受けらのだそう。それで、曳航してくるついでに一晩飲み明かしたらすっかり打ち解けた仲になった、と。
「何しているんですか……」
「いやそこは手柄を褒めてくださいよ」
「まぁそうですが……いえ、お手柄です。よくやりました」
経緯はともかく結果はしっかりと挙げてきたのだからそこは褒めるべき。
さて、問題は彼ら海賊団の処遇だ。海賊退治が目的ではあるが、捕らえた海賊をどうするかについてはまだ決めていない。処刑するなり近隣クランに引き渡すなり、色々と選択肢はあるが、さて。
「えぇと、船長の人は?」
「あいつです。……おーい、ピぃーラぁータぁー!!」
「怒鳴るな聞こえてる!!」
甲板からこちらを覗いていた一人が舷梯を降りて走ってくる。
幅広の曲刀を腰に提げた筋肉質の男性はこちらにたどり着くなり膝を折る。
「お初にお目にかかります。ホムラ団の団長、ピラタと申します」
「…………ごほん。水の亜流クラン、"ニウィス・ルイナ"の首領、ライカです」
海賊というから粗野で粗暴な人となりを想像していたのだが、その予想を裏切った完璧な作法での礼だった。思わず呆気にとられてしまった。
気を取り直し、こちらも名乗る。どうかそんなにかしこまらずに顔をあげてくださいと促して立たせ、目線を合わせる。こんなに丁寧ならきちんと会談の場を用意するべきだったかとさえ思ってしまう。
「えぇと、ホムラ団、とおっしゃいましたね?」
「はい。我々は火のクラン"簪"から追放されたのです」
「追放?」
ホムラとは火に関連する名前だ。だから火のクランかあるいはキロ族かと予想していたのだが、どうやら大正解だったようだ。
それにしても追放とは。彼の立ち振舞いからして、追放されるようなならず者のようには見えない。むしろ、丁寧な物腰と作法が要求されるような……上層部に所属していたのだろうとすら思える。
「ふぅむ……もしや先の暗殺事件かの?」
「暗殺?」
横で話を聞いていた大老が髭を撫でながら呟いた。
暗殺とはまた物騒な。……いや待て、暗殺?
「それは……"簪"のカガリ様暗殺事件ですか?」
「はい」
……成程。話がつながった。
火のクラン"簪"の首領カガリはつい数ヶ月前に亡くなった。義兄さんが葬送の式典のために数日不在だたのでよく覚えている。
首領の死因は暗殺。犯人のベルベニ族はその場で捕らえられ、処刑されたという。動機は、再信審判を前にして火のクランの勢いを削ぐため。やり手の首領が死ねば内政や外交に混乱が起きることを見越しての仕業だった。
しかしいかに暗殺の名手でも警備が厳重なはずの首領の館に侵入できるとは思えない。"簪"側に手引したやつがいるはずだ。買収か脅しか、とにかく仕手人を内部に導き入れた誰かが。
その摘発はきっと厳しいものだろう。なにせ首領の暗殺だ。暗殺されましたでは"簪"の面子に関わる。多少の冤罪を生み出してでも必ず見つけなければ。
――そうして、彼らは冤罪で追放されたのだろう。
「いかなる目を向けられようとも、我々は火の信徒。ですからクランを変えることを厭い……さりとて行く場所もなく……」
どこにも行く先がなく、仕方なしに海賊まがいのことをしていた、と。
敬虔さの差はあれど、水のクランなら水神を、火のクランなら火神を信仰しなければならない。クランを変えることは信仰を変えること。
しかし、彼らは火神の信仰を捨ててはいない。他の信仰に鞍替えすることは不可能で、だからどのクランに身を寄せることもできずに行き場なく海を漂い、物資や食料を得るために海賊行為をしていたと。
「念のため聞きますけど、奴隷の売買とかはしてませんよね?」
「しませんよ! ただでさえ奪うしかないくらい少ない食料なのに……」
奴隷なんか取ったら乗船人数が増える。人が増えればそのぶん食料も物も必要だ。海賊行為で奪って得るしかない少ない収入を頭数の多さで浪費するわけにはいかない。だから襲った船の乗組員を奴隷にするようなことはせず、物資の奪取にのみとどめていた……と。
「船と乗組員も賭けたって言いませんでした?」
「あれはちょっとした大口なんだってさぁ」
恐縮する彼をよそにカヴェリエレが横から補足を入れてくる。
船も船員もそっくり全部とふっかけておいて、やっぱり物資だけで許してやる。寛大さを演出する交渉のテクニックの応用だそうだ。実際に取ったことはないという。
「……もし、ですが」
行く場所もなく、物資を得る手段が海賊行為しかなかった。
悪いことだとは理解しているようだし、それなら。
「うちに組み込まれる気はありませんか?」
「え? で、ですが先程、水のクランと……我々は、その、信仰を捨てる気はなく……」
「えぇ。ですから。そのままで」
水のクランの亜流だが、別に水神信仰に鞍替えしろとは言わない。
そもそも常々不思議だったのだ。信仰によって住むところが限定されているのはおかしいと。こうして政治的理由で追放されてしまったらどうするのかと。
だからそういったことを寛容に、まろやかにする手段はないだろうかと。別に違う信仰を持った人間が同じ場所に住んだっていいじゃないか。信仰の作法や文化が衝突する時は、互いに譲り合えば共存できるはずだ。
「どうでしょうか?」
こちらとしても人員はほしいのだし。
私の提案に、彼は逡巡したようなふうをみせ……そして。
私が差し出した、その手を握った。




