民俗学『大樹の民』
「今日はアレイヴ族についてじっくり学んでいきましょうか」
「はーい!」
ちょうどこれから交流を持つかもしれないのだし。私もアレイヴ族についてはあまり知らない。樹神を信仰し、その教えを守るちょっと過激な植物愛好家、といった程度の知識だ。
「特別講師にヘクスさんを呼びました。どうぞ」
「ヘクスを?」
アレイヴ族について学ぶならアレイヴ族を呼ぶのが一番。そんな理由でヘクスが呼ばれたのだそう。
教室に入ってきたヘクスは私を見て驚いたように目を見開いた。手持ち無沙汰なので授業に混じってますと答えたら、まぁ私と同じですね、と返ってきた。
「いやですね、誰かさんが怪我も病気もまったくしないので暇でして……」
「したら大変でしょう」
私の健康状態に異常がないから暇だと。いやいや。私が怪我や病気で寝込んだら大変でしょう。
ヘクスは私の反駁に微笑みだけを返して、さて、と話し始める。
「アレイヴ族は主にミリアム諸島に居を構える亜人です。私もそうですけど、アレイヴ族は自然や植物を大事にします」
樹神の教えに従い、草花や樹木を慈しむ。そして植物を害する火や氷といったものを嫌う。
森に住むアレイヴ族は排他的であり、内にこもる性質がある。発展のために木を切り倒し森を切り開く人間の所業を好まないのだろう。
「ミリアム諸島の各地に集落があって、十数人の集団で暮らします。集落それぞれにちょっとずつ特徴があって……」
ヘクスが暮らしていたのはミリアム諸島の外縁部の集落なのだそうだ。
船が接岸しやすい浜辺のほど近くにあった集落は外部との交易も積極的に行っていた。その縁で、外の世界というものに興味を持ったヘクスは商船に乗って水のクランの領土に足を踏み入れた。そのまま気に入って定住することを決め、それからは私の主治医だ。
「中央の、あ、地理的な意味じゃなくて力関係的にもですけど、中央の集落にはトレントの大樹があるんです」
「トレント?」
「えぇ。大樹の精霊トレントです」
樹神の眷属なのだそうだ。大樹の精霊はその本体を自らの信徒に分け与えたのだそう。
中央の集落リシタはトレントの本体である巨木に板を渡して組んだ樹上都市なのだ。幹に楔を打って螺旋状の階段にし、枝に板を渡して足場にして住居を建てる。
想像がつかない。説明と一緒に黒板に描かれたヘクスの絵が下手くそだということもある。
「それから、アレイヴ族は武具を持たないんです」
「どうして」
「火を嫌うからですね。武具使いは火に穢れた者と呼んで見下すんです」
火を熾すには木を切り倒して薪としなければならない。大樹の精霊がいる中でそんなことはできない。
なので火を使わない生活をしているのだとか。火を使うのは調理のために仕方なくだとか、消毒のために湯を沸かしたりだとか、ごくごく最低限しか用いないそう。敬虔なアレイヴ族はその最低限の火も使わず肉や野菜も生で食すという。
そんな気質なのだから、当然、火を用いる鍛冶も嫌う。よって、銀を用いて作る武具も厭う。
成程。道理が通っていて納得できる。だが待ってほしい。
「じゃぁ、それでどうやって再信審判を勝つっていうんです?」
当たり前だが、再信審判で起きる戦闘には武具を用いる。一般的な刀剣類よりもはるかに優れた武器である魔法の力を用いずにどうやって勝つというのか。
「えぇ。ですから、アレイヴ族は魔術式を入れ墨として刻むんですよ」
ほら、とヘクスが腕をまくる。長袖に隠れていた右腕があらわになる。
そこには複雑な模様の入れ墨が彫ってあった。手の甲を中心にして、指先や手首へ蔦のように伸びる黒い筋。
「これが私の武具にあたります。こういうふうに、魔術式を刻んでいるんですよ」
「へぇー……」
「あとライカ様、子どもたちへの授業なのに乗っ取ってどうするんですか。子どもたち置いてけぼりじゃないですか」
「あ」
「もう……目立ちたがり屋のライカ様は置いておいて、今の話をもうちょっとわかりやすくしますね」
「はーい!」
***
授業が終わり、子どもたちは帰路につく。親の仕事を手伝う者、遊ぶ者、授業の復習をする者、そのへんはまちまちだ。
子どもたちを見送り、そういえば、と差し挟めなかった疑問をヘクスにぶつける。
「アレイヴ族の男性って見たことがないんですが」
ヘクスも、そして水のクラン"コーラカル"に属するアレイヴ族も。そう多くはないが、これまで私が出会ったアレイヴ族はみんな女性だ。男性を見たことがない。
たまたまかもしれないが、その『たまたま』が何人も続くとは思えない。
「アレイヴ族は樹の民ですから……キャベツ畑から生まれるんですよ」
「え」
「冗談です」
あぁよかった。真面目な顔で言うからうっかり信じるところだった。
「アレイヴ族は男女比が偏っているんですよ」
「男女比が?」
「えぇ。集落は数十人の少集団ですが、その中に男性は1人、2人くらいなんです」
とても貴重なのだそうだ。だから男性は琥珀と呼ばれ、集落の奥で大事に育てられるらしい。だから普段の活動のすべては女性が担うのだそう。再信審判への参加もまた女性のみで行う。
だからアレイヴ族の男性を見たことがないのは至極当然で、むしろ見るほうが異常なのだそうだ。
「そうなんですね」
「そうですよ。ちなみに、トレントの枝になった実から生まれるアレイヴ族もいます」
「え」
「冗談ですよ」
表情一つ変えないまま冗談を言うのはやめてほしい。心臓に悪い。




