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穏やかな海の荒くれ者

「さて、集まってもらったところで……」


ミーレス、ルベラナ、カヴェリエレの3名、そして大老とリグラヴェーダ、その他諸々の船乗りたちを呼び寄せてから話を切り出す。


私たちにはクランとしての実績がない。名声がない。規模が足りない。知名度が欠けている。

その問題を解決するあてがあり、それによって樹のクランに恩を売れる、かもしれない。

その算段の話をするとしよう。


「実績のあて……ですかぁ……」

「この面子からして海での荒事ですかね?」

「えぇ。そのとおりです」


私が組み立てた実績のあて。それはナルド海を南下した先の海域であるイルス海の海賊退治だ。

嵐が吹きすさぶ荒海のナルドと違ってイルス海は穏やかな波と温暖な気候で航行がしやすい。航行のしやすさから商船や客船がよく海路として採用する。私も故郷を出奔してこの永久凍土の大陸を目指そうと思った際にはイルス海を進むルートを考えたほどだ。

それほど航行しやすい海域ということは、つまりそれを狙う海賊も多いということ。安全と危険は隣り合わせ。波は穏やかだが海賊の危険があるイルス海と、荒海だが海賊に襲われないナルド海と。だから私は積荷や乗組員の安全を優先して、危険を承知でナルドの海路を選んだ。


「イルス海の海賊を我々が退治し、海路の安全を保証します」


そしてそれによって樹のクラン"トレントの若木"に恩を売る。イルス海に囲まれたミリアム諸島は"トレントの若木"の領域だ。イルス海を騒がせる海賊の存在は悩みの種だろう。

我々が海賊を鎮圧することで彼女らに恩を売り、その恩をダシに交渉する。再信審判に参加する承認を得る一手とするのだ。


それに、イルス海が安全になることは我々にもメリットがある。

あの海域が安全になればイルス海を渡ってこの町に来る海路も拓ける。永久凍土に新しくクランが立ち上がって行ってみたいが行き道が危険で行き難いなんて事態はあってはならない。道が安全であればあるほど人の流動性は上がる。


「いいことだらけってコトっすねぇ」

「えぇ。ですが気をつけたいこともいくつか」


船は一隻。私たちが故郷を出奔した時に乗ってきたあれしかない。

その船を10人程度で動かし、海を渡り、そしてどこにいるかもわからない海賊と戦う。援軍は送れないし、仮に沈んだらそれっきりだ。非常にリスクが高い。


「我がファムファタール、ひとつ質問ですが」

「はい。何でしょう、リグラヴェーダ?」

「討伐する戦力は十分なのでしょうか?」


……それについても、不安がないとは言い切れない。

ミーレス、ルベラナ、カヴェリエレの3人は武具を持っている。特殊能力もないシンプルな刀剣だが。

それをもってして海賊と戦えるのか。戦闘の技術、練度、力量。


だが。


「躊躇して立ち止まっているわけにはいかないんです」


賭けるしかない。立ち止まっているわけにはいかない。

不安がなくなるまで、万全になるまでなんて状況は神の奇跡がなければ存在しない。どんなことでも大なり小なり不安要素が残る。その不安要素の対策を積み上げ、リスクとリターンを天秤にかけて決めないといけないのだ。


いけるのかどうか。考えれば考えるほど不安でたまらないが賭けるしかない。

彼らの天運を信じよう。きっとうまくやってくれると祈るだけだ。


「私たちは『信頼』のクランですしね」

「……わかりました」


うん、納得してくれてありがとう。リグラヴェーダにほんの少し微笑んでから、改めて彼らを見る。


「頼まれてくれますか」

「勿論! やってやりますよ!」

「いつ戦えるか楽しみにしてたところでさぁ! よっしゃミーレス、ルベラナ、行くぞぉ!!」

「今から準備に手を付けるところからっすよね!?」


問いかければ、返ってきたのは不安を吹き飛ばす力強い返事だった。


「……して、引き返せぬというわけじゃ」


もし船が沈没するか海賊に鹵獲されれば、私たちは故郷に帰る手段を失う。

帰還のためではなく自らのために船を出すということは、それすなわち"コーラカル"に戻る意志はないことを示すことになる。

故郷の皆々だけではなく、私についてきてくれた皆にも態度でそれを語ることになる。


私を試す時の声音で大老が問うてくる。それでも船を出すことを選ぶか、と。

何を言うのか。


「えぇ。私の信念はここに打ち立てたので」


引き返す道など最初からありはしない。

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