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実績作り・前置き

漂着から1ヶ月。皆もこの町での生活に慣れてきた頃。


私の住居はすっかり船から領館へと移っていた。

皆の生活が安定するほうが先だから住民の家を優先しろと言った私の言をおさえ、指導者なのだから立派なところに住んでもらわなきゃとカーペンターが最優先で修理してしてくれたおかげだ。

とはいえ、私が寝泊まりする部屋と大老の部屋、風呂やキッチンといった生活に必要な場所、そして内政を執り行う会議室くらいしか修理は済んでいない。それ以上の修理を私が断ったからだ。使うかどうかもわからない部屋の修繕よりも民が住む家々が優先だ。


「……ナフティス」

「ほい」

「相変わらずどこから出てくるんですか」


天井の天板を外して顔を出したナフティスへ溜息をひとつ。いったいどこから出てくるんだか。その突飛な登場を楽しみにしている部分もあるのだが。


「例の件ですが、そろそろ動かそうかと」

「へぇ」


例の件というのはあれだ。ナフティスに各地をめぐってもらい、私たち"ニウィス・ルイナ"の噂を広めてもらうことだ。

この町での生活も安定してきたし、そろそろ外に目を向けなければ。


行くところについては、水のクラン"コーラカル"は真っ先に除外。私は義兄妹の義理で取り合ってほしいわけではない。

他にここから地理的に近い場所だと、火のクラン"簪"の本拠地であるキロ島、それから"コーラカル"の領土の南に位置する土のクラン"ドラヴァキア"。少し遠出して樹のクラン"トレントの若木"があるミリアム諸島が候補だろう。中央大陸を挟んで対極にある雷のクラン"シャフダスルヴ"は遠すぎるし、風のクラン"ベルベニの奔放"はその奔放さ故に決まった拠点を持たない。


「キロ島は嫌っすね」

「どうして?」

「ナルド・リヴァイアが怖い」


ナルド海を統べる海竜、ナルド・リヴァイア。荒ぶる大波の具現化である雄の海竜はそれはもう喧嘩っ早い。ナルド海が荒海と呼ばれる所以だ。

あれが荒れ狂う海を単身で乗り越えてキロ島に行く自信がない、と。ナフティスはそう言った。確かに、波間に漂う小舟などあのあぎとで噛み砕かれて一瞬で海の藻屑だ。


ならば"ドラヴァキア"か、あるいは"トレントの若木"か。どちらも閉鎖的なクランであり、旅人を受け入れてくれるかは怪しいところがなくもない。加えて今は再信審判の準備に忙しい時期だ。他のクランからのスパイを疑ってくるかもしれない。


「どっちでもいいっすよ俺は」

「それじゃぁ……ミリアム諸島の方にお願いします」

「理由は?」

「あてがあるので」


私たちにはクランとしての実績がない。名声がない。規模が足りない。知名度が欠けている。

その問題を解決するあてがあり、それによって樹のクランに恩を売れる、かもしれない。

先んじてナフティスに"ニウィス・ルイナ"の名を流してもらい、なんだそいつはとあちらの興味を引いたところで恩を売る。その恩をきっかけに樹のクランから再信審判の参加の承認を得る。作戦としてはこうだ。


「頼みます」

「あいあい。仰せのままにってさぁ。1ヶ月、いつお声がかかるか待ってましたよ」


んじゃ、行ってきます。軽い口調で言い残し、ナフティスの姿がその場から消えた。

影もなく吹き込んできた風は吹き溜まることなく吹き抜ける。ベルベニ族らしい素早さと気配のなさで彼は立ち去った。


「……魔法ですか」

「転移武具ですよ。……あなたもいったいどこから」

「私は扉から入ってきましたよ」


ひょこりと出てきたリグラヴェーダに肩を竦める。

ナフティスのあれは魔法ではなく武具だ。原初の時代から存在するという魔法の起動装置。ナフティスは数少ないそれの使い手なのだ。

彼の持つ武具の能力は空間転移。影をアンカーにして影から影へと移動する……のだそうだ。ナフティス自身あまり原理についてはわかっていないらしく0,最低限の使い方しか知らない。とにかくこれを使う意思をもって行きたい場所を思い浮かべれば次の瞬間には転移しているのだという。


「あぁ……まだ現代にそれが残っているんですね」

「再信の際に人間の手に還されたんですよ」


原初の時代、神々から人間への恩恵としてもたらされたのが魔法の力であった。

しかし魔法は適正のある一部の人間が研鑽を積んでやっと発動できる複雑なものだった。いかんせん強力なのだが、扱える人間が一握りだけだった。

万人の信仰を受けて返されるものがたった一握りに与えられる恩恵では不公平に過ぎる。そんな理由から、火の民がその鍛冶技術でもって作ったのが武具だ。魔法の起動に必要な複雑な魔術式を魔銀に刻み、資質や研鑽を問わず発動できるようにしたもの。

こうして、武具をもってして魔法というものは人間にとってありふれたものとなった。


しかし原初の時代にはありふれたそれは"大崩壊"により一時的に失われ、遺物となった。

そして再信の契約を契機にして、再び人間の手に魔法がもたらされ、遺物と化していた武具が復活した。

かつての神々と人間の絆の証である武具を扱えるのはたった一握りだ。


「リグラヴェーダ、あなたのは武具ではなく魔法ですよね?」

「えぇ」


使者として訪れた時の転移。船を転移させたあの大魔法。

あれは万人が使いやすいように加工されたものではなく、一握りの素質ある人間が使える複雑な魔術式から展開されるものだ。


リグラヴェーダは、いや、たぶん氷の民はそれを使えるのだろう。武具を介さずに魔法を行使できる。


「ところで……ひとつお聞きしても?」

「実績のあての話ですね?」

「はい。どのように実績を組み立てるのかと」


うん、ちょうどいい。リグラヴェーダにそれを説明する前に、必要な人員を集めてからにしよう。


「ミーレス、ルベラナ、ガヴェリエレの3人をここに。集まってから話を続けましょう」



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