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ニウィス・ルイナ

この町が人であふれるほどの民が住めば、他のクランと並び立つことも不可能ではない。

夢物語が現実味を帯びてくる。思わず生唾を飲んでしまった。


「ま、どうやって増やすかじゃが」


たった30人少々の集団から町いっぱいの住民へ数を増やすには圧倒的に時間が足りなさすぎる。

他のクランからの引き抜きや移住を受け入れる方針ではいくが、その前にはまずクランとしての知名度が必要だ。我々という存在を世界に提示しなければ。

実際に行動に移すのはまだ早いが、早めに準備しておきたい。


「ナフティス」

「ほい」

「毎度どこから話を聞いているんですか……いえ、それより」


気配がなさすぎる。影に呼びかければそこから現れる。まさに建物の隙間を縫って入り込んでくる風がごとしだ。


「旅慣れているあなたなら広告塔の役目にふさわしいと思うのですが、どうでしょうか?」

「ライカ様から離れろってんで?」

「……えぇ」


私の護衛であるというプライドに反するだろうが耐えてほしい。各地をめぐり、私たちという存在を知らしめていく広告塔の役目は旅慣れているナフティスにこそ任せたい。

そう言うと、ナフティスは悩む風をみせて、それから長い苦悩の後に渋々といった体でそれを了承してくれた。


「ありがとうございます」

「ライカ様の信頼にゃ応えなきゃなぁ」

「ファムファタールの護衛でしたら私が請け負いましょう」

「あん?」


にこりと微笑むリグラヴェーダへナフティスが胡乱げな視線を向ける。


「アンタに大事なライカ様を任せろって?」

「不足はないと思われますが」

「アンタが刺客かもしれねぇってのに?」

「彼女を殺すつもりなら初手の雪崩で飲み込んでいましたよ」


両者の間で火花が散る。極寒のブリザードが見えた。気がした。

しばしの睨み合い。先に視線を切ったのはナフティスの方だった。


「……ま、いいさ。ハルツバリの爺だっているんだ。滅多なことはねぇだろ」

「誰が爺じゃ」


大老の抗議は無視。しれっと聞き流したナフティスはひらりと手を振る。

そいじゃぁ、と軽い口調で船室を出ていくが、どうせナフティスのことだ、出ていったふりをしてどこかに潜んでいるんだろう。いつも思うのだが、いったいどこに隠れているんだろう。


「クランとして立つなら名が必要じゃろう。そのあたりは?」

「えっ、あっ、な、名前!?」


そうだ。名前が必要だ。

私たちは変わらず水神の信徒であり、それゆえに水の民と呼ばれるが、水のクラン"コーラカル"とは袂を分かった。水の民という代名詞では"コーラカル"と混乱してしまう。さりとて信仰は捨てていないので永久凍土の住民だからといって氷の民の名を名乗るのも違う。勝手に冠するのは本来の氷の民に失礼だろう。

ではえーと。どうしよう全然考えていなかった。そういったセンスはまったくないのだ。安直なネーミングしか浮かばない。うーんと、えーと。


「……あ」


いいことを思いついた。ふと脳裏に浮かんだのは氷の民が警告として流した雪崩だ。雪崩の名を冠することで氷の民が示した不干渉と非接触の同盟を自らに戒めるというのはどうだろう。


「雪崩は古語で何でしたっけ、えぇと」

「ニウィス・ルイナじゃの」


うん、響きも悪くないんじゃないだろうか。水の民の亜流、『信仰』を掲げるクラン"ニウィス・ルイナ"。このネーミングはもしや天才なのでは?


「何やらうぬぼれているようじゃが……」

「……ごほん。そんなことありません」


ちょっと自分に酔っていただけです。咳払いをして気持ちを切り替え、タスクを改めて確認する。


ベウラー夫妻を筆頭とした斥候部隊には町のさらなる詳細な調査を。あがったデータはメルカトールに製図を任せる。斥候部隊には続いて町の外も探索してもらう。

カーペンターには家や施設の修理を。一方でフォレスやガーディナーには荒れ放題の畑を整備してもらい、ピスカトルとウェナトルの兄弟には港に魚影があるなら釣りを。レーラル女史には子どもたちを見てもらって、動ける人材はどんどん動かして……。

広告塔としての旅を任せるナフティスにもこれからの激励と、あぁそうだ。


「ナフティス」

「あい」

「どこから出てくるんですか」


壁に沿って並べてある戸棚の影から登場かと思ったら机の下から出てきた。どこから出てくるんだか。というかいつの間に机の下なんかに潜り込んでいたんだ。


……気を取り直して。


「旅を任せましたが……行き先の候補などありますか?」

「あー……うん。特には。地理的に一番近いし"コーラカル"んところにと思っていたんすけど」

「そのことなのですが、故郷は後回しにしてください」

「そりゃまたどうして」

「私たちには実績がないからです」


向こうからしたら、揉めて出ていった少数人の集団が一丁前にクランを名乗り始めているだけに見える。何の実績もない私たちがクランを立ち上げて再信審判に参加すると言ったところで一笑に付されるだろう。再信審判はそんな小集団が戦い抜けるものではないと。再信審判はクラン()による信仰の戦いだ。中央大陸の戦いでは何百の兵士たちが自らの信仰のもとに戦う。そこにたった数十人が加わったところで、と。


だから、水のクランと交流を持つのは後回しだ。補給のため立ち寄ることもできれば避けてほしい。


「でも首領はライカ様の義兄じゃないですか。義兄なら話くらいは聞いてくれるんじゃ?」

「義兄妹の縁で聞かせるのは筋が違うでしょう」


そこは甘えてはならないと思う。そんな容赦で物事を進めても神々は認めてくれないだろう。

そう答えると、ナフティスだけでなく大老までもが苦笑めいた笑みを浮かべた。


「使えるもんは何でも使ったほうがいいとは思いますがねぇ」

「意地っ張りじゃからのぅ」

「う……で、でも、実績もない私たちに取り合ってくれないというのは他のクランも同じですし」


新しくクランを立ち上げて再信審判に参加しますと言って、はいそうですかと認めてもらえはしない。

その程度の緩さで再信審判の参加権を得られるなら今頃世界は群雄割拠の大戦乱だ。6クランと等しく再信審判を争うためには各クランからの承認が必要だ。そして承認を得るためにはそれなりの実績が必要だ。実績もない私たちが言ったところで門前払いなのはどこも変わらない。


「町の整備などの内政をきちんとしつつ、外交も、です」


そしてその『実績』のあてがある。利用させてもらおう、ナルドの大海よ。


「……その前に、やらねばならないことがたくさんあるがの」

「そうですね。では……」


実績のことはさておき。まずは今日を生きることから!

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