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遺構の歴史を紐解いて

ざっと皆への説明を終えて、それから。


町の中の施設や設備については自由に使ってよいと言っていた。建物は修理すれば使えるだろう。未知の素材が使われているのではないかと危惧していたが、建物はすべて石を組んで隙間を漆喰で塗ったシンプルな建築だった。これなら大工のカーペンター一人に任せておけばすぐ必要な数の建物の修理は終えるだろう。


町内の地図を作ってもらうためにベウラー夫妻を始めとした斥候部隊に偵察を頼み、製図はメルカトールに任せ、さしあたっての指示をすべて済ませてから改めてリグラヴェーダに話を聞く。


「この町の名前や歴史についてお伺いしたいのですが」

「えぇ。望むままに」


ラピスの町だったか。彼女はそう呼んでいたがそれが町の名前なのだろうか。

問えば、どちらとも言えないというような顔をしていた。


曰く。元々ここは大陸から離れた位置にある諸島のひとつだったという。その諸島の名前がラピスなのだそうだ。

そのラピス諸島は"大崩壊"による地形変動で大陸と融合し、陸続きとなってしまった。遺構だけが残り、そして氷の民はその遺構を元あった地名に沿ってラピスの町と呼んでいるそうだ。


「ラピス諸島の、その、住民は……?」

「"大崩壊"で皆」


リグラヴェーダはふるりと首を振る。それが意味することは明白だった。

全員死に絶えたのか。町の防衛装置である魔法障壁は人間を守るには足りなかったと。そうして彼女がひとり、この魔法障壁の中で永劫の時を過ごしていたのか。

それはなんて途方もない話だろう。


「原初の時代、ここは神に近い場所として人々に慕われていたのです」

「神々に?」

「えぇ。原初の契約はご存知でしょう?」


神々と人間の相互信頼の契約のことだ。うんと頷くと、リグラヴェーダは金色の睫毛に縁取られた目をわずかに伏せた。昔日を回顧して、昔を懐かしむように。


「その契約を確認する場所だったのです。神々は人間に恩恵を与え、人間はその恩恵を生かして日々を営む……そのような、場所でした」


年に一度、祝祭を開いて神々も人間も交わって歓喜にふけったという。

ラピス諸島はそのような神聖な地であったのだ。特に諸島の中心、最も大きな島は祝祭の中心地であり、祝祭のクライマックスの儀式も行われていた。


「この地を"大崩壊"で失うわけにはいかない……そう、人々は……そのために、犠牲となったのです」


世界が終わる。その時、ラピス諸島の民が選んだのは自らの命を犠牲にして魔法障壁を編み上げることだった。ラピス諸島の民の何千の命を編んで作り上げた魔法障壁はこうして神聖な地を守り、"大崩壊"を免れて現在までしっかりと存在している。術式を組んだリグラヴェーダひとりを残して。


……それは、なんて。何とも表現しようのない万感の思いが胸にこみ上げる。

かいつまんで概要を聞いている私だってこんな気持ちになるのだ。当人であったリグラヴェーダはどういう気持ちなのだろう。察して余りある。


そんな土地を我々に貸してくれるのだ。それは彼女なりの最大限の信頼だ。あるいは身を切る自己犠牲か。最も重要な場所を差し出すから不干渉と非接触の同盟を守れと重圧をかけたいのかもしれない。


「そんな土地をわしらに貸していいのかの」

「えぇ。このまま氷の中に腐らせるよりは、きっと皆も喜ぶでしょう」


皆、というのは魔法障壁の礎になったラピス諸島の人々のことだ。町など人が住んでなんぼ。遺構として廃墟のまま打ち捨てるよりは、活用できる人間が利用したほうがいい。

案外そんな簡単な理由で寄越してきたようだ。彼女とその背後にいる氷の民の意図がどうにせよ、貸してくれるというのだから素直にそれに甘えよう。


「どうぞご活用ください、ファムファタール」

「……ひとつ聞いても?」

「はい」


その『ファムファタール』とはどういう意味だろう。

私の知っている語彙では運命の人とかそういう意味なのだが、古代には別の意味があったのだろうか。


「いえ、貴方方の知るそれと同じです」

「……はぁ?」


運命の人と呼ばれるような理由がないのだが。

それに、その、私の知っている意味だと恋愛的なニュアンスも含むわけだが。彼女にとっては残念かもしれないが同性愛の趣味はない。


「あぁ……そういう意味ではなく……単に表面的な意味で捉えていただければ」


数千年の時の中に置いていかれたかつての遺構。神聖な地であるそこを再び興されることはまさに運命だ、と。しかも『神々と人間の契約の確認』のために。原初の契約と再信審判と、名目は違うがどちらも『神々と人間の契約の確認』だ。

そういう意味で運命であり、それを率いる私がまさに『運命の人』だと。決して恋愛的なニュアンスはないそうだ。


「よかった……」


そういう展開になったらどうしようかと。

胸をなでおろす私を見て、そっとリグラヴェーダが相好を崩す。


「それでは、えぇと、町の内部について案内をいただけますか?」

「仰せのままに」


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