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秘められた氷の民

「……ナフティス、いますよね?」

「抜かりなく」

「抜かりなさい」


人払いしていたというのに。

いつの間にいたのか、すっと物陰から出てきたナフティスに肩を竦める。


「いやぁ俺はライカ様の護衛なんでほら」

「それはそうですが」


いやそれにしたって。まぁいい。自分の役目に忠実なだけなのだから。


「ナフティス。あなたはどう思いますか?」


各地を旅していたのだから色々と詳しいだろう。彼女の容姿や服装、所作などに見覚えはあるだろうか。

懸念しているのは身分詐称だ。私たちが水のクランを出奔したことを聞いた他クランや、あるいは水のクラン内の誰かしらがこっそりと後をつけ、凍土の使者を偽ってもっともらしいことを言っている、とか。それによってどういうメリットがあるかはわからないが。


「うーん、意匠に見覚えはないっすね。竜でもシャフでもキロでもアレイヴでもない」


古の教えを守って暮らす素朴な大地の民でも、砂が奏でる雷の民でも、苛烈な炎の民でも、しなやかな大樹の民でもない。どのクランの風習にもどの種族の文化にもない意匠の服装であったという。

もちろん水の民である私たちの故郷にもない意匠だった。


「あの髪の色はベルベニでもないっす」


自由と奔放を愛する風の民であるベルベニ族は色鮮やかな髪の色をしている。ベルベニ族であるナフティスだってエメラルドをそのまま写し取ったかのような鮮やかな緑の髪をしている。

混血でもその髪の鮮やかさは遺伝する。あんな淡い金髪はありえない。


「……では本当に、古代の民だと?」

「そう信じるしかないのぅ」


髭を撫でて答えたのは大老だった。


「あるいは、残り1席……氷神の信徒じゃろう」

「氷の?」

「氷神とて信徒はおるじゃろ」


再信審判に参加しないだけで、理論上は存在したっておかしくない。火水土風雷氷樹の7属性を象徴する神々をそれぞれ信仰するのが我々この世界の人間だ。なら、氷の民だっているのは当然。永久凍土の地に住んでいるというのもその信憑性を増す。


「……氷の民、ですか……」

「氷は真実を象徴するでの。最も神々に近しいとされておる。故に、じゃ」


故に、再信審判など経なくても神の国へと招待されることができるのかもしれない。だから再信審判に参加せず、隠れたクランとしてひっそりと過ごしてきたのかもしれない。


「世界に関わることなく暮らしておったところ、わしらがやってきて驚いた……というところか」

「ですが、それにしても原初の時代から、というのが気になります」


大老の仮説が本当なら、原初の時代から生きていたことを言う必要はない。

それともまさかあれか。氷の信徒たちは数千年を生きる超長命だとでも言うのか。それなら矛盾はないが、まさか。


「ここでごちゃごちゃ言ってたってどうしようもねっすよ」

「……ナフティス、あなた時々的確が過ぎませんか」


それもそうだけれど。考えるにしたって情報が足りなさすぎる。

それならもっと別のことを考えた方が建設的だ。たとえば、この地の一角でも間借りできないか交渉する手段とか。


私たちにはこの土地以外にない。他の土地はすでに他のクランの領土だ。そこに割り込み、奪い取ることは再信審判のルールである『争いは中央大陸のみ』に抵触する。

ルールに抵触して参加資格を失うわけにはいかない。だからどうしてもこの地に拠点を築かねばならない。多少不利な条件でも飲んでこの地にしがみつかなければ。


「家の建築はどうします?」

「退去するわけにはいかないのは確かですが、彼女らの忠告を無視して建築を進めるのも無礼でしょう。彼女たちとの交渉が決着するまでは手を付けずに、全作業を停止してください」


こちらの意見は伝えた。引くわけにはいかない。だからといって忠告を無視して拠点を築くのもよくない。何を忠告しようとも問答無用で拠点を作る闖入者と思われては排除の対象だ。今度こそあの雪崩がこの船を襲うだろう。


交渉が決着するまでは、食料確保などの最低限必要なことだけにとどめ、できるだけこの地に手を付けない方がいい。

この地に入ってくるなという警告を受け入れて、最大限尽くしている誠実さを見せなければ。その誠実さがこの後の交渉をやりやすくする。


「皆にもあまり出歩かないようにと。……それからナフティス」

「はい?」

「間違っても彼女らの居場所を探してどうこうしないように」


ナフティスならやりかねない。彼は私に関してどうも過激なところがある。

私が故郷を出奔する道を選ばなければ、彼は私の居場所を確保するために父を手に掛けただろう。常日頃からあぁいう態度の父母をナフティスはよく思っていない。揉め事が起きればこれ幸いにと排除にかかるだろう。

今回も、下手をすればそれが彼女らに適用されてしまうかもしれない。あちらを全滅させればこんな交渉などしなくてよくなるからと、彼女らの居場所を探して侵入して皆殺し。ありえなくはない。なんでこんなに過激なんだ。


「しませんよ。ありゃ下手すりゃヤバいやつだ」


旅の経験でわかるらしい。あれは只者ではないと本能で察したそうだ。


「なんつーんすかね、ヒトの形をした化け物っていうか」

「化け物」

「足元から巨大な蛇が這い登ってきて、手足を締められて、頭の横で口を開けて……んで、舌がチロチロっとしているのが視界の端に見えている……そんなアレ」

「どんなアレですか」


得体が知れなくて空恐ろしいというのはなんとなく理解した。確かに、彼女からはそんな印象を受けた。

厚く雪が積もった日の朝の、しんと静まり返った静寂。まるで自分だけを残して世界が凍りついてしまったかのような沈黙。あまりにも静かすぎて不気味さをおぼえる音のない世界。

冷たい静寂のような印象は、成程確かに氷の民らしい。


「さて……どうしたものか……」


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