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第20話 決戦!

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」


 決戦は、悪女野風の咆哮から始まった。

 聞く者を震え上がらせるような外道の絶叫は、しかし魔界の尖兵たる怪物を鼓舞する鬨の声の側面も併せ持つ。


 悪女野風の額に輝くは、歪な光を放つ賢者の石。その機能を暴走させたかつての魔法の道具(マジックアイテム)は、持ち主の絶叫と共に周囲へ悪性の魔力をまき散らした。

 背筋に、名状し難い悪寒を察知するヒーローたち。彼らに群がるようにして、賢者の石の魔力に引き寄せられた怪物どもが襲い掛かる。


「2歩先で停止しろ」

「分かった!」


 黒マントの放つ不愛想な一言。

 傍から聞けば命令とも解釈できるそれを受けて、『樫の杖(オーク)』の面々は黒マントの意図すら聞く事なく、彼の言う通りに従った。


 右、左、前、後、上。

 全方位から襲い来る魔の暴威。対処できるだけの手段が無ければ、4人のヒーローたちには骨すら残らぬ蹂躙の最期が待っているだろう。

 であるにも関わらず、ヒーローたちが取った手段はその場で立ち止まる事のみ。


 諦めた? いや、そんな訳が無い。


 しかし彼らの意図を知る筈も無く、怪物どもは一斉に飛び掛かる。

 爪、或いは牙、或いは武器となる他の何か。怪物どもが各々の武器を振りかざし──


「そこだ」


 周囲に張り巡らされた糸に阻まれた。

 黒マントの左袖から、生き物のような挙動で顔を出すアラクネーの糸。幾本ものそれらがヒーローたちを囲むように周囲に展開されていたのだ。

 怪物どもにとってそれは、目の前に突然鉄格子が現れたようなもの。


 爪や牙はか細い糸に阻まれ、或いは糸が絡まり。

 糸を引き裂いて向こう側へ到達する手段を、怪物どもは持っていなかった。


「女郎蜘蛛の糸がそう簡単に千切れるかよ。教授」

「分かっているヨ。あの技だろウ?」

「ああ」


 頷く黒マント。

 変声の魔法によって声質こそ変わっているが、彼の物言いからは「彼なら分かってくれるだろう」という確かな信頼が感じられた。


「あなたたちが公の場で使った技は全て把握している」


 力強く頷く黒マント。

 変声の魔法によって声質こそ変わっているが、彼の物言いからは「この程度は当然だろう」という確かな自信が感じられた。


 やれやれと呆れたように首を振るプロフェッサー。

 そうか、彼の本質はこうなのか。そう思いつつ、クルリとステッキを1回転


「デハ、期待に応えるとしようカ!」


 黒マントの放ったアラクネーの糸によって、怪物どもが怯み、大技を放てる隙が生まれた。

 であるならば、それをボサッと見過ごす訳にもいかない。

 プロフェッサー・キャンディはステッキを力強く握ると、カツンと音を立てて地面を叩いた。


「“カスタードフィールド”!」


 ステッキを起点として路面が凍る。地面が凍る。

 それは瞬く間に周囲へと広がっていき、水色の氷が交差点のコンクリートを侵蝕。そしてそれは、地面に足をつけて行動している怪物どもも例外ではなかった。


 氷の侵蝕に呑み込まれていった怪物どもは、見る見る内に全身を氷漬けの像へと変えられていく。

 身動きさえ取れず、細胞の1欠片まで凍てついた怪物ども。

 そうして出来上がった氷像の博覧会は、プロフェッサー・キャンディのフィンガースナップによって全てが砕け散った。


「凄い……! 教授の大技、久々に見たよ!」

「毎度思うのですが、どうして私たちまで凍ったりはしないのでしょうね」

「フフ、対象を選べず無差別に攻撃するしかないのは二流の証だヨ」

「流石は魔法使い系の超人(ミスティック)。超人ではないが、同じ魔法使いとして負けてられないな」


 黒マントが右腕を振るう。マントの袖の奥から、幾本もの鎖が射出された。

 蛇を思わせる軌道で宙を走る青白磁の光は、上空から迫ってきていた2体のモスマンを縛り上げる。

 腕を振り下ろす黒マント。それに連動して、鎖で繋がれたモスマンどももまたコンクリートの固い路面へと叩き付けられた。


 もうもうと舞い上がる砂埃。その中を突っ切ってモスマンへと飛び込んだのはプテラブレードである。

 彼女の持つ双剣は砂埃を切り裂きながら閃いて、一瞬でモスマン2体の首を刎ね飛ばした。


 残心を忘れず、剣に付着した血を振り払う。

 そこへ、先ほどまでいた方角から何かが飛んでくる。黒マントが投げ渡してきたらしいそれをキャッチすると、何やら液体の入った小瓶である様子。


「俺が調合した癒しの水薬(ポーション)だ。劇的な効力こそ無いが、ある程度なら傷も癒える」

「……違法薬物(ドラッグ)じゃないよね?」

「そんなモノを投げて寄越す訳が無いだろう」

「そりゃそうか。ありがとね!」


 小瓶を片手に駆け出すプテラブレード。

 彼女の背中を見送った黒マントは、背後からの奇襲を感じ取って大きく横へ飛んだ。


 攻撃が空振りに終わり、転げるようにして隙を晒す鬼。

 その脳天に毒のダーツが突き刺さるまで、3秒もかからなかっただろう。


 鬼の生死を確認する間もなく、靴底に刻まれている(エワズ)のルーンに魔力を注いで起動させる。

 ルーン文字によって強化された脚力は、振り向きざまの回し蹴りという形で背後の怪物へと繰り出された。

 鳩尾に蹴りを受けて吹き飛ぶ怪物。吹き飛んだ先では、たった今刀を抜いたばかりの切り捨てジャックの姿が。


「“切り捨て御免”」


 抜刀の勢いを利用した回転居合切りが、吹き飛んできた怪物含め、切り捨てジャックの周囲にいた怪物どもへと放たれる

 首、心臓、頭部。怪物の種類によって異なる急所が、全て正確に切り伏せられた。


 崩れ去る怪物どもの壁を突っ切って、切り捨てジャックは真っ直ぐに駆け出す。

 彼の視界、その真正面に映し出された光景は、巨体を誇るトロールの集団。


 走りながら刀を納刀する切り捨てジャック。彼の死角からは、他の怪物どもが彼の喉笛を食い千切ろうと飛び掛かってくる。

 しかし。


「“収穫(ジェラ)のルーン”」


 黒マントが左の袖から、ルーンカードと共に植物の種を投げ込んだ。

 地面に散らばった種の中心部分へとカードが突き刺さり、収穫(ジェラ)のルーン文字によって植物は一瞬で成長を進めていく。

 聖別された種を由来とする聖なる蔓は、切り捨てジャックの隣をすり抜けて怪物どもを絡め取っていった。


「GEKOOッ!?」

「GIEEEEEEEE!?」


 植物が帯びる聖なる魔力によって焼けていく怪物ども。


「デハ、“キャンディスコール”と行こうカ」


 そこへ放たれたのは、プロフェッサー・キャンディの氷魔法。

 無数の氷の礫が降り注ぎ、植物ごと怪物どもを蜂の巣へ仕立て上げていく。


 植物の拘束と、氷の雨。黒マントとプロフェッサーの精密操作によって自分には一切当たらないそれらをすり抜けて、切り捨てジャックはただただ真っ直ぐに走り抜ける。

 トロールどもが彼の存在に気付き、咆哮を上げながら武器を振るうが、もう遅い。


 超人的な力(スーパーパワー)で跳躍した切り捨てジャックは、迷う事なく刀を抜き放つ。


「“切り捨て五連”!」


 一瞬の内に放たれた、あり得ざる5発の居合切り。

 それらはトロールどもの頸椎を的確に裁断し、あっという間に死に至らしめた。


 着地する切り捨てジャック。その左右側面から、2体の怪物が挟み撃ちを仕掛けてくる。

 対して切り捨てジャックは右を向いて刀を構える。まるで左側の敵は自分が対処するまでも無いと言わんばかりに。


 果たして、それは事実だった。


「“アラクネーの糸”、そして“ヒドラのダーツ”」


 切り捨てジャックの左側面から襲い掛からんとした怪物の首を、黒マントの左袖から射出されたアラクネーの糸が拘束する。

 グエッ、と潰された蛙のような声を上げる怪物の後頭部へ、同時に放たれた毒のダーツが刺さり込む。


「流石ですね」

「GYAOッ!?」


 黒マントを一瞥する事なく、しかし黒マントのフォローに賞賛を送る切り捨てジャック。

 彼が右側面の怪物を切り捨てた事を確認し、次いで黒マントは右手のルーンカードを別の方向へと投げ込む。


 風を切ってカードが飛来する先。それはプロフェッサー・キャンディが怪物どもと交戦している地点。

 次々と怪物を凍てつかせるプロフェッサーの足元にカードが命中し、刻まれたルーン文字の効果を発揮する。


 直後、カードを起点として大量の水が溢れ出し、ザバザバと音を上げて怪物どもを怯ませる。

 自らの足を濡らす水の冷たさに気付き、プロフェッサーが声を漏らした。


「これハ……!」

「“(ラグズ)のルーン“……使い方は分かるよな、教授(プロフェッサー)!」

「勿論だとモ。ありがたく頂戴するヨ」


 プロフェッサーがフィンガースナップを1つ。彼の足元に広がる大量の水が、プロフェッサーの匙加減1つで自由自在に操られる。


 プロフェッサー・キャンディは氷の魔法を操る超人である。

 しかし別にそれ以外の魔法が使えないという訳ではなく、無から氷を生み出すよりも、既にあるものを凍らせる方がより精度も増す。

 普段こそ大気中の水分を集めて凍らせているプロフェッサーだが、今回は水という膨大なリソースを得られた。


 プロフェッサーの頭上に集まった水の塊は、彼の魔法によって氷のハンマーへと変化を遂げる。


「“マシュマロスマッシャー”!」


 空気さえも押し潰すほどの勢いで放たれた大質量の鉄槌は、怪物どもの群れを一撃で粉砕した。

 砕かれた砂埃が、ハンマーが生み出す冷たい空気と共に周辺へと拡散する。


「よし、次は──ッ!」


 それを見ていた黒マントの下へ、怪物どもが群れを為して押し寄せてくる。

 怪物どももまた、新たに乱入してきた黒マントを脅威と見做したのだ。


「チッ……! “ミスリルの鎖”!」


 右袖から射出された青白磁の鎖。幾本も放たれたそれらはお互いに絡み合い巻き付き合い、1つの太い鞭へと姿を変えた。

 右腕を横に薙ぐ黒マント。それによって、ミスリルの鞭は怪物どもの肉体を焼きながら薙ぎ払う。

 それと並行して、左手に持っていたダーツを投げ放つ。先端に呪詛の毒が塗られているダーツの切っ先は、黒マントが狙った通りに怪物どもの喉や額に突き刺さっていく。


 だがそれにも限度があった。いくら黒マントと言えど、その本質は絡め手メインの支援型。

 火力の低さは如何ともし難かった。それ故に、鎖とダーツをすり抜けて襲ってくる怪物どもの暴威。


 この至近距離で松明(カノ)のルーンカードを使えば、自分にも被弾するかもしれない。

 そのリスクが脳裏をよぎったが、それでも状況を打破しようとカードを取り出し……


「せいやぁ!」


 銃声と共に、黒マントへ群がっていた怪物どもが吹き飛んだ。

 黒マントが振り向いた先に立っていた重装甲の男たち。警察である事を表す桜の代紋が、左胸で誇らしげに輝いている。


「あなたたちは……」

「お前さん、“怪人黒マント”だろ? いや、今は“怪傑黒マント”だったか」

「アンタがどんな目的でこれまで何をしてきたかは知らないが、今は命を懸けて怪物どもと戦う戦友さね」

「行ってこい! 正義の味方は負けないって事を、あのスライム野郎に教えてやるんだ!」

「その間に俺らは俺らで、正義のお巡りさんらしい活躍をしてやらぁ!」


 じぃん、と仮面の裏側で涙が滲む。

 ともすればヴィランと見做されてもおかしくなかった自分を、警察の面々が背中を預けるに足る戦友だと認識してくれているのだ。


「すまない……恩に着る!」


 左袖からアラクネーの糸を射出。まだ無事だったらしい電灯に糸を引っ掛け、起動させた(エワズ)のルーンで大きく跳躍する。

 空中へと半ば投げ出されるような形で宙を舞う黒マント。彼が探している相手、それは勿論──


「KOッ、KOKOKO、KOBUUUUUUUTAAAAAAAAA!!」

「悪いわね、悪女野風。今のあたしは、負ける気がまるでしないわ!」


 プテラブレードと悪女野風。

 悪女野風が放つ無数の触手を、プテラブレードはまるで踊るように双剣を滑らせる事で切り伏せる。


 黒マントから渡された水薬(ポーション)の効果は予想以上だった。傷を癒し、胸の奥からこみ上げてくるポカポカとした温かさ。

 それらがプテラブレードというヒーローに、戦い続けるだけの活力を与えていた。


「翔く……じゃない、黒マント君が助けに来てくれて。ヒーローとして頑張るんだって決めてくれて!」


 双剣を握り直す。

 地面をひび割れるほどに踏み締めて、直ぐにでも飛び出せる態勢を取る。


 そんなプテラブレードが浮かべるのは──笑顔。

 とびっきり明るい、見る者を鼓舞させる闘志の笑みを、彼女は前面に押し出していた。


「あたし、嬉しかったの! 彼も、あたしたちと同じ在り方を体現する、誇り高い1人のヒーローなんだって!」


 路面を蹴り砕きながら飛び出す。それはまるで大砲から撃ち放たれた砲弾そのもの。

 風を切り裂きながら走り抜けるプテラブレードの姿は、まさしく悪と戦う正義の味方。


「だから、先輩のあたしがそうそうカッコ悪いところなんて見せられないよねっ!」

「KOOOOOOOOOBUUUTAAAAAAACHAAAAAAAAAN!!」


 最早、ただただ雄叫びを上げるだけの生命体と化した悪女野風。

 彼女の筋線維、神経、血管の全てが鋭い牙を伴った触手へと変化していく。

 それらはプテラブレードの柔らかな肢体目掛けて一斉に伸ばされていき──


「“松明(カノ)のルーン”!」


 黒マントが投げたルーンカードの爆発によって、爆炎で焼き焦がされながら消し飛んだ。

 爆音が轟き、熱風がまき散らされ、大気がビリビリと震え上がる。


 悪女野風の動きが止まる。同時に、プテラブレードもまた足の裏でブレーキをかけた。

 そこへ空中から降りてくるのは、やはり黒マント。彼はプテラブレードの姿を認めると、ぶっきらぼうな口調でこう言い放つ。


「手がある。時間を稼げるか?」


 それを聞いたプテラブレードの手の内で双剣が弄ばれる。


「いいよ、何秒いる?」

()()()

「オーケー、()()稼いであげる」


 ニヤリ、と笑い合う。

 黒マントの素顔は仮面で隠されて見えないが、それでも彼は笑っていると、そんな確信がプテラブレードにはあった。

 見れば、悪女野風はウゾウゾと異音を立てながら肉体を修復しつつある。


「状況を打破できる一手だ、これで決めるぞ。分かったか(ユー・コピー)?」

了解した(アイ・コピー)!」


 プテラブレードがそう返答するのと、悪女野風が無数の触手を放ったのはほぼ同時だ。


「KOOOOOOBUUUUUTAAAAAAA!! NEEEEEEZUUUUUMIIIII!!」


 触手全てが牙を持つ獰猛な肉食獣である。

 1本でも掠れば、たちまち肉を食い千切られてしまうだろう。

 そんな脅威が目前まで迫っているにも関わらず、プテラブレードは不敵に笑う。双剣をクルリと回し、黒マントを庇うように立った。


「支援する。“野牛(ウルズ)のルーン”!」


 黒マントが1枚のルーンカードをプテラブレードの背中に押し当てる。

 カードに刻まれた野牛(ウルズ)のルーン文字は光輝き、プテラブレードに更なる活力を与えた。


「勇猛さとパワーを司るルーンだ。あなたの力を強化する」

「ん、ありがとね。それじゃあ──」


 準備は整った、気合いも十分。

 プテラブレードは威勢よく双剣を構えると、襲い来る触手へ立ち向かっていく。


「行くよ! “ラプトルクロー”!」


 鈎爪めいた軌道を描いて、双剣が触手を断つ。


「“パラサスパイラル”!」


 1歩前に出て、腰を捻りながら触手に突っ込んだ。

 螺旋のような軌跡を描く斬撃の嵐が、肉の暴力を引き裂いていく。


 何かしらの準備をしているらしい黒マントを狙って、鋭い触手が迫る。

 バックステップで後ろへ飛び退いたプテラブレードがすれ違うと同時に触手を斬る。


 華麗な剣の舞を踊るプテラブレード。黒マントが付与した野牛(ウルズ)のルーン文字による強化も相まって、普段以上の力を発揮していく。

 しかし、それでもなお。次第に、彼女の身体には傷が増えていた。


「ぐっ……うぅ! まだまだぁ!」


 それでもプテラブレードは諦めない。

 黒マントが言う逆転の一手を信じて、ひたすらに剣を振るっていく。


「よく言うじゃない? 気持ちだけで勝てたら苦労はしない、って! でも、あたしはこう思うのよね」


 剣を振るう。攻撃を躱す。剣を振るう。攻撃を躱す。剣を振るう。

 無我夢中で触手と戦い続けるプテラブレードはやがて、誰に対してかも分からない独白を語り出す。


「気持ちの伴わない実力(チカラ)なんて、ただのハリボテ。けれど、その力に見合うだけの感情(キモチ)がそこに乗っかったなら──」


 笑う。大きく歯を剥いて気丈に笑う。

 それは自らを鼓舞し、奮い立たせる為のもの。そして仲間を鼓舞し、奮い立たせる為のもの。

 焦りこそが隙を生む。厳しい時こそ笑う。気持ちの調律もまた戦いの極意。


()()()()()()()! どんな敵が相手でも、最後は気持ちの強さで勝つ! それがヒーローなんだ!」


 山のように降り注ぐ触手を切り裂き切って、プテラブレードは天高く吠えた。

 それこそが彼女の存在意義(アイデンティティ)。彼女が憧れ、そしてそう在ろうとするヒーローという存在のビジョン。


「KOOOOOOOOOOOOOOOOO!! BU、BUUUUUUUUUUUU!!」

「アハッ、怒っちゃった? でもいいよ、だって──」


 スッ、と。プテラブレードが戦いの動きを止めて、1歩ほど横にズレる。

 それはまるで、背後の黒マントと悪女野風を結ぶ射線を確保しているかのようで──


()()()()()()()()()()。でしょ?」

「──ああ」


 瞬間、眩い赤色の輝きが交差点を埋め尽くした。

 黒マントの前には、光源である魔法陣。ミスリルの鎖によって構築された青白磁色の枠の中で、魔力が光となって文字を形成していく。

 それと同時に、魔法陣を起点としてフツフツと温度が上昇しているようにプテラブレードは感じ取った。


(スリサズ)松明(カノ)果実(ウンジョー)欠乏(ナウシズ)勝利(テイワズ)。5つのルーンを多重連結、5つの魔法陣を多重展開」


 メラリ。

 魔法陣の上を炎が走る。魔力によって構成された文字全てが燃え上がり、やがてそれは炎で描かれた魔法陣へと転ずる。

 膨大な魔力がそのリソース全てを炎へと変換し、魔法陣の奥の奥、魔の深淵から1つの存在を引きずり出さんとす。


「起点指定、回路安定、詠唱破棄!」


 燃え盛る魔法陣へ手をかざす黒マント。


 それは、翔が魔法の道具(マジックアイテム)の制作中に偶然見つけた可能性。

 自分なりに研究を重ね、試行錯誤を繰り返して編み上げた、しかし未だ完成には至っていない。

 それは、魔法道具職人(ウィッチクラフター)として黒マントが──翔が作り出したオリジナルの魔法の道具(マジックアイテム)


「限定召喚! 出でよ──“巨人(ロギ)の右腕”ッ!!」


 爆発。

 否、爆発と見間違うほどの灼熱が魔法陣から噴き上がったのだ。

 火山の噴火を思わせる炎上、その中心部。火口めいた魔法陣から、それは現れた。


 それは腕だった。

 筋肉、皮膚、神経、血管、骨、爪に至るまで。肉体を構成する全ての要素が炎に置換された巨大な腕。

 最早炎の化身とも等しいその右腕は、肥大化した悪女野風と同じほどに巨大。

 それはまさしく、巨人の腕と呼ぶに相応しいものだった。


 にも関わらず、周囲の建物や路面は一切焦げる気配を見せない。

 巨人の右腕の周囲にいた怪物どもは、苦しみの声を上げながら身体の焼ける痛みに悶えている。

 しかし他はと言えば、金属製の重装甲を装着している機動警察はおろか、プロフェッサーの展開した氷さえも溶ける兆しを見せていないのだ。


「これは……どうして?」

巨人(ロギ)の炎は聖なる焔。その熱は魔性のみを焼く」


 淡々と答える黒マント。

 見てみろ、そう言って悪女野風を指差した。


「AAAAAAAAAAA!? AAAAAAAAAAAAAAAAAA!?!?」


 巨人の右腕が放つ熱気に面食らい、驚愕の叫び声を上げる悪女野風。やがて苦悶の声を上げて、全身を触手で掻きむしる。

 彼女の肉体が音を立てて焼けているのは、誰の目から見ても明らかだった。

 しかし、悪女野風は一向に巨人の右腕を攻撃しようとはしない。


 彼女は本能的に理解しているのだ。あの腕に攻撃しようものなら、自分の肉体はたちまち焼け焦げ燃え尽きてしまう事を。


 しかしそんな悪女野風を、黒マントが放置する筈も無し。


「焼き尽くせ」


 轟、と唸りを上げて右腕が動き出す。

 悪女野風が、そのブヨブヨとした肉の塊を動かして逃げようとするが、もう遅い。


 燃え盛る右腕は悪女野風の肥大化した腹部を鷲掴みにすると、間髪入れずに──爆発。


 ドオォォォオン!!


 交差点を、絶大な爆音と鮮烈な閃光が支配する。

 破裂するように膨れ上がった巨人の右腕は、その身に宿す聖なる炎で交差点を埋め尽くした。

 だがそれは黒マントが言ったように、魔性の存在のみを焼く神秘の熱。


 炎に呑み込まれた怪物どもは一瞬で消し炭へと転じたが、しかし他のヒーローや機動部隊は火傷すら負ってはいなかった。


 やがて炎も消え去り、巨人の右腕はこの世から一時的に消失する。

 後に残ったのは戦闘で砕け切った交差点や周辺の建物、そして……


「AAAAAAAA……AAAAAAA、AAAAA…………」


 全身を焼き焦がされ、それでも生きている悪女野風。

 身体中からプスプスと煙を上げていても、四肢は既に灰と化して崩壊していても。

 それでも悪女野風は、まだ死んでいない。まだ致命傷ではない。賢者の石は、未だ生きていた。


 感覚さえ失い、悪女野風は呆然とする。

 力無く目線が左右し、餌となるモノ、自らの栄養源となるモノを探し、探し、探し──


「──終わりよ」


 気が付いた時には、目の前にプテラブレードがいた。


 死角から奇襲した訳ではない。ただ真っ直ぐ突き進んで、真っ直ぐ飛び込んできただけ。

 ただそれだけで、先ほどまでの苦戦が嘘のように、プテラブレードは悪女野風の面前へと飛び込む事ができていた。


 彼女の背中には、黒マントから受け取ったルーンカードの力が宿っている。

 刻まれたルーン文字は勝利(テイワズ)。北欧神話の神テュール、ひいては軍神マルスを司るそのルーン文字が暗示するものは、まさしく勝利。

 使えば必ず勝利できるルーン、という訳ではない。しかし、勝利を望む者に加護を齎す力である事に間違いは無い。


「AAAA、AAA……────」

「今度こそ、決める」


 腕の前で、2振りの直剣を交差(クロス)させるような態勢。

 それはあの時、プテラブレードと悪女野風が初めて接敵した時、プテラブレードが振るった技の構え。


 そうだ。狂気で壊れ切った頭の中で、悪女野風は思い出した。

 あの構えを取られた後、自分の身体はほんの一瞬で──


「“プテラトリック”ッ!!」


 バネめいた勢いで振り抜かれた刃は、驚異の早業で悪女野風の肉体を切り刻んだ。

 全身から血を吹き出す悪女野風。そして──


「今度こそ逃がさない──あたしたち(ヒーロー)の勝利よ」


 悪女野風の額に埋め込まれていた賢者の石が、大きな音と共に砕け散った。

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