第17話 動き出す
ドーベルボマーは悪の超人である。
だが、彼が如何なる存在であるかを正確に把握する必要は無い。彼はこれから、一刻も経たない内に死ぬのだから。
「んー? おう、おうおうおう!」
白昼のB市、そこに建つとあるビルの屋上にて。
真っ黒い猛犬の頭部を持つドーベルボマーは、双眼鏡越しにターゲットを睨み付けていた。
道路を往来する乗用車の数々、その中の1つ。いや、ターゲットと定められているそれを乗用車と形容するのは不正確だろう。
軍用車両めいた分厚い装甲で防御を固めた、トラック並に巨大な車両。パトカーに先導されて走るそれは、明らかに一般のそれではない。
ドーベルボマーはその車両が如何なるものであるかを知っていた。それこそが彼の今回のターゲットである。
「情報屋のタレコミ通りだ。へへっ、盛大な花火を炸裂させてやるぜ!」
自分の狙った通りに標的が現れた事を確認すると、ドーベルボマーは手に持っていた双眼鏡を粗雑に投げ捨てる。代わりに、足元に転がしておいた1基のバズーカ砲をよいせと持ち上げた。
ガチャリと音が鳴り、担ぎ上げたバズーカの砲身が装甲車へと向けられる。ドーベルボマーは猛犬めいて獰猛な笑みを浮かべると、躊躇う事なく引き金に指をかけた。
「ぶっ飛べ! ドーベルボマー様のショーが始まるぜ!」
バシュ。
直後に訪れるだろう惨劇に見合わぬほど、軽く小さな発射音。
放たれたグレネード弾が自分たちの頭上を飛来しているなど、街を行き交う人々が知る筈もなく。
破壊の力を秘めた一撃は、ドーベルボマーの思惑通りに装甲車へと吸い込まれていき……
ドォオオオオオン!
爆発。
轟音を轟かしながら、その巨体からは想像もできないほどに宙を舞う装甲車。
意識の外から飛来したグレネード弾によって装甲を吹き飛ばされた装甲車は、やがて道路に落下すると同時に爆発炎上する。
その爆風は前にいたパトカーのみならず、周囲の乗用車にも多くの被害を齎した。
パニックに陥る白昼の交差点。
その中心では、今も装甲車──逮捕されたヴィランを移送する護送車が轟々と炎上を続けている。
「ヒャーハハハハハ! だーい命中ゥー!」
役目を終えたバズーカ砲を盛大に放り投げる。そうしてドーベルボマーは、自らが引き起こした交差点の惨劇を俯瞰して高笑いを上げた。
しかし、それだけでは終わらない。ドーベルボマーの護送車襲撃。それはただ単に、パニックを起こすだけが目的ではないのだ。
「さぁー、てぇー、とっ!」
黒い犬の頭部が邪悪に笑う。躊躇せずビルの屋上から飛び降りたドーベルボマーは、その超常的な身体能力によって、何事も無かったかのように着地する。
猟犬を思わせる速度で走り抜ける。パニックで逃げ惑う民衆を押し退けて、今なお炎上し続けている護送車へと近付いた。
「普通のヴィランなら、この程度で死ぬ訳無ぇが……ま、死んじまう程度の奴ならご縁が無かったってトコだな」
ドーベルボマーの真の目的。それは刑務所に移送されようとしていたヴィランの確保。
護送車を襲撃し、中に乗せられていたヴィランを脱走させる。そして自らの協力者、あわよくば手下として利用する。
それがドーベルボマーの狙いだった。
しかし彼の愚かな目論見は、直後にその命ごと潰える事となる。
「さーて、さてさて。生きてますかお仲間ちゃ~ん?」
下卑た声色。ジロジロと業火を見据えながら、ドーベルボマーは護送車に乗せられていたと思しきヴィランの生死を確認する。
見れば、赤々と燃え盛る炎の向こう側で何かが起き出して、もそもそと動いている様子。
当たりだ。ドーベルボマーは残酷な笑みを見せる。
「…………ぁ、あぁ……ぁ……」
「うんうん、生きてるみてぇだなご同輩。俺様の名前はドーベルボマー、お前さんを刑務所行きの片道切符から助け出してやった救世主だ。どうよ? ここは1つ、俺様と手を組み──」
ガブリ。
炎を突き破って飛び出してきた巨大な顎。鮫めいたそれの一噛みによって、ドーベルボマーの上半身は柔らかいパンのように容易く食い千切られた。
グラリ、と腰から上を失ったドーベルボマーの下半身が崩れ落ちる。
それを気にした様子もなく、彼の上半身を頬張る巨大な顎は、咀嚼を繰り返しながら徐々に元の大きさへと戻っていく。
「あぁ……」
そこに立っていたのは、1人の女性だった。
炎によって焼け焦げた囚人服を身に纏うその姿だけを見れば、どこか扇情的とさえ思えるだろう。
しかし、口の周りに鮮血をつけながら肉を咀嚼するその表情は、一言で言えば「狂気」そのもの。
焦点の合わない目で虚空を見つめ、しかし快楽を浴びるほど経験したかのように恍惚としている。
彼女の額には青く透き通った水晶めいたナニカが埋め込まれており、それが光る度、女性はビクビクと身体を震わせる。
「嗚呼、お腹減ったわぁ……」
そう、悪女野風だ。
黒マントとプテラブレードによって再起不能状態にされた彼女は警察に逮捕され、厳重な拘束の下、これからヴィラン専用の刑務所に送られようとしていた。
そこをドーベルボマーが襲撃したのだが……
「…………?」
久々にありつけた「食事」の最中、悪女野風に変化が訪れる。
額に埋め込まれた賢者の石が、突如として激しく光を放ち出す。その輝きは段々強くなっていき、著しく点滅を繰り返す。
「ぁ……あぁあ、ああぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!?!?!?」
そしてそれに呼応するかのように、悪女野風が苦しみ出す。全身を掻きむしり、手や身体が血まみれになってもなお、魂を揺さぶる苦痛に悶え苦しむ。
──賢者の石を人体に埋め込む事が禁忌とされる理由、その1つだ。
一昨日の戦闘で悪女野風は、黒マントとプテラブレードの攻撃を受けて重傷を負い、賢者の石のリソースのほとんどを身体の治癒に割いていた。
それ自体は問題無い。賢者の石の力をほとんど使い果たした悪女野風は、戦闘能力を発揮できるだけの魔力と気力を失い、半ば廃人状態で確保された。その為、問題無く刑務所へと移送できる筈だった。
だが、そこにイレギュラーが発生する。ドーベルボマーだ。
生物は長らく飢餓状態に陥った直後に食事を取ると、弱り切った消化器官が拒絶反応を起こすという。それと同様の現象が悪女野風、ひいては賢者の石に起きていた。
「ぁあぁあぁあああぁぁぁぁあああ……AAAAAAAAAAAAA!?!?」
ドーベルボマーを捕食した事で、機能停止寸前だった賢者の石が起動し、しかし飢餓状態にあったところへ唐突に投げ込まれた潤沢なリソースを許容する事ができず。
結論から言えば、賢者の石は内部の魔力を暴走させた。
「AAAAAAAAAAAAAAAAA! AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
ボコボコと悪女野風の全身が膨れ上がり、美しかった肌はブヨブヨとした肉塊へと転じていく。
妖艶な素顔もまた膨張に膨張を繰り返し、全身の至るところから口が生えてくる。
肉体が沸騰するように体温を上昇させていき、それは最早「変化」ではなく「変異」。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
そこに、かつての妖艶な美女「悪女野風」の姿は無い。
巨大な肉の塊とでも言うべき、醜悪な怪物の暴威のみが、そこにはあった。
■
「ヒーローと友達になれると思う?」
ところは変わって馬宮高校の屋上。
翔が真剣な眼差しと共に投げかけた質問を受けて、クラスメートたちは顔を見合わせる。
朝から様子のおかしかった翔。彼が唐突に放った疑問には、一体如何なる意図が込められているのだろうか?
それを上手く推し測る事ができず、池原が困惑するように「うーん」と頭を掻いた。
「翔ん翔ん。それどういう感じの質問?」
「どういう感じと言われても……そうだな」
頷く翔。思案するように視線を落とし、やがて直ぐに顔を上げる。
「そのままの意味さ。難しく考える必要は無いよ」
「そのままと来たかー……でもなー、そう言われても……」
数学の難問を前にした時のように、眉を歪めて考え込む池原。
周りの生徒たちも概ね似たような反応だ。果たしてどう返したらいいものか、と思い悩んでいる。
「いきなり言われてもなぁ。おい、お前はどう思うよ?」
「俺か? そうだなぁ……」
話題を振られたクラスメートの1人が腕を組みながら考え、やがて自分の答えを口に出す。
「無理じゃね? いくら俺たちがヒーロー好きだからって、住んでる世界が違うっしょ」
「……そう、か」
翔が沈んだ表情を浮かべた。
それを皮切りに、クラスメートたちが各々の考えを語り出していく。
「やっぱそうだよなー。差別云々じゃないけど、スーパーパワーの有無は日常の一場面でもデカいぞ」
「気を遣わせちゃったりしてな。喧嘩するにしても他の事にしても、スーパーパワーの無い俺たち相手じゃ、あっちに遠慮させちまう」
「もしかしたら、重荷になっちゃうかもしれないわ。ヒーローの家族や知人を狙うヴィランの話もよく聞くもの」
語り合う。話し合う。相手の意見を聞き、自分の意見を語る。
だがそのいずれも、翔の問いかけに対して疑問的なものがほとんどだ。
「ごめんね翔ん、私もそんな感じ。ヒーローはヒーロー、一般人は一般人で、分けて考えてるからこその私たちだと思うよ」
「……そうか、そう、だよね。うん」
小さく笑う翔。どことなく、いや、明確に暗い表情を浮かべながら不自然に。
まだおかずが半分ほどが残ったお弁当箱を閉じて、ふぅ、と溜め息。
「ごめんね、変な事聞いちゃった。気にしなくていいよ」
自分に言い聞かせるように呟く。
その様子を見て、クラスメートたちは否定的な意見を出してしまった事に負い目を感じていた。
「でも、本当にヒーローと友達になれるなら、やっぱりなってみたいよな」
ふと。
暗く沈んだ空気の中、クラスメートの1人がそう一言。
暗い雰囲気を何とかしようと思った訳ではない。真っ直ぐと、確かな本音の力がその言葉には宿っていた。
静かな空間によく響いたその一言を聞き、他の生徒たちもまた「そうだな」と頷く。
「俺ら、自分が追っかけてるヒーローがどんな食べ物が好きかとか、あんまり知らないよな。一緒にご飯とかで出かけてみたいぜ」
「プロフェッサー・キャンディは甘党って公言してたよな。妖精堂の焼きプリンが好きらしいし、差し入れとか楽しそう」
「ヒーローとカラオケとか面白そうだよなぁ。ヒーローがスーパーパワー込みの大声で歌ったりして」
「お隣D市の『退魔部』はメンバー全員が高校生らしい。レインメーカーやフレイムサーペントと会話してみたいなぁ」
「マスター・キーさんのお買い物に付き合ってみたい。俺たちいつもヒーローにお世話になってるから、会計は俺が持ってさ」
「私は蓮様とお茶してみたいわ。蓮様と夜までお話して、そのまま……きゃっ♪」
「座れ夢女子、今は全年齢な話だからな? 隅っこで夢小説でも書いてろ」
「は? 夢小説言うな殺すぞ」
直前までの暗い雰囲気から一転、途端に騒がしくなる周囲。そこにやかましさはなく、ただ賑やかで楽し気なやり取りがあった。
その状況を上手く認識できずにいる翔。時間をかけてゆっくり飲み込み、彼らのやり取りの意味を理解して、小さく。しかし今度は自然な笑みを浮かべた。
その傍らでは、池原が「参ったな―」と頭を掻いている。
「皆の話をまとめてなんか気の利いたコト言うのって、美味しいトコだけ持ってくみたいで申し訳ないナー」
「池原さん」
「ま、こういう事よ」
ニヤリと笑ってVサインを1つ。
「翔んが何を悩んでるのかとか、どういう意図であの質問をしたのかとかは分からないケドー。少なくとも、誰も馬鹿にしたりはしないよ。誰かと友達になりたい、だなんて皆が当たり前に考えてるコトだよ」
「……ありがとう。池原さん、皆」
「いいってコト。私たち、友達でしょ?」
「そう、だね」
そう言って翔が微笑む。それを見て、池原もまたニンマリと笑みを1つ。
「お、いつもの翔んに近付いてきた。よしよしその調子。それじゃあ私も、今日仕入れてきた最新情報をもう1回見せちゃおうか!」
その言葉と共に、池原は懐からスマートフォンを取り出した。
なんだろうと首を傾げつつ、ポチポチとスマホを操作する池原を翔が見つめる。
「最新情報?」
「今日の朝にも皆に見せたんだけどねー、翔んボーっとして話に加わってなかったから知らないでしょ?」
「まぁ、ね。昨日今日とテレビのニュースも見てなかったし」
「おおう、これは重症ですよ奥さん。まぁ、見て見て」
スマホの画面を突き出す池原。どうやら、先日のプロフェッサー・キャンディのインタビューと同様、ニュース番組の動画らしい。
画面を覗き込む。そこに映し出された映像を見て、翔は目を見開いた。
『怪人黒マントは実在した!? 都市伝説の真相に迫る!』
センセーショナルな見出しと共に、あの時に翔──黒マントが悪女野風から逃がした女性がニュース番組に登場していた。
女性は当時を思い出すように、感情的な所作で記者が突き付けたマイクへと言葉を放つ。
『ええ、はい。後少しでヴィランに殺されそうになった時、真っ黒なマントを来た人が私を助けてくれたんです。そして私に「逃げろ」、「助けを呼べ」って……』
『その黒いマントの人物ですが、正体などは分かりますか?』
『いいえ……仮面で顔を隠していましたし、声も変えてるみたいで……』
記者の質問に、思案しながらも答えていく女性。
こうして、“怪人黒マント”の存在は世間に知覚されてしまった。その事を理解して、翔はやれやれと頭を掻く。
あの時、女性を逃がした事は後悔していない。ああするしか手段は無かったし、女性の安全が最優先事項だったからだ。
しかしそうした自分の行いの結果、これまで自分が隠し通してきた黒マントの存在が公となった事は、翔に「やってしまった」という感情を覚えさせる。
「黒マントだよ黒マント! 巷でホットなウワサ、正体不明の怪人は実在したんだって、ネットも盛り上がってるみたい」
「あ、はは。そうなんだ」
「他のニュースサイトも覗いてみたけど、黒マントをヴィランと考えてるところは少ないみたいだねー。概ね、自警ヒーローって見解が強いよ」
「成る程ね……とりあえず、否定的な風潮ではないんだ」
やや安堵する。これまで正体を隠し通してきたとはいえ、いざ存在が明るみになった今、自分の在り方について否定的な意見が少ない事は嬉しかった。
そんな翔の様子を横目に、池原はスイスイとニュースサイトを表示する。
「それで翔んの意見も聞きたかったんだけど、ホラ、このサイトとかは……あり?」
「……? どうかしたの池原さん?」
「なんか速報だって。そこの交差点でヴィランが暴れてるらしいよ」
池原は慣れた手つきでスマホを操作すると、件の速報を報じているニュース番組を映し出した。
どうやら中継映像らしい。
『こちら馬宮交差点前、で、すっ! つい先ほど、警察のヴィラン専用護送車が襲撃され、脱走したヴィランが暴れ出しています! 機動部隊が駆け付けましたが……きゃあっ!?』
画面の向こう側で飛び交う悲鳴と怒号、そして爆音。
怪物めいたヴィランが腕を振るう度に、コンクリートの路面が砕け、乗用車が四散していく。
警察の機動部隊がレーザー光線銃を放つも、ヴィランの肉体を焦がすだけで大した痛痒にはなっていない。
現場へ駆け付けたレポーターが、事件の壮絶さを必死に語り掛けている。
『暴れているヴィランはコードネーム「悪女野風」と呼称されており、一昨日ヒーローが制圧し……あっ! 来ました、ヒーローです!』
レポーターが指差した先。カメラのレンズがその方向へと動き、動画の視点もまたそのように動く。
果たして、その先にあったものは──
『毎度どーも! プテラブレード、只今参上ッ!』
迷彩柄のダウンベストを身に付け、翼めいた柄の双剣を携えた少女。彼女がビルの谷間を跳躍する度、栗色のポニーテールが激しく上下左右へ揺れていく。
そして少女の後ろからやってくるのは、2人の男性。
『フム、護送車が襲撃されたと通報を受けて来たガ……少し見ない間に状況が変わったようだネ』
『問題ありません。敵は切り捨てるのみ、それだけです』
朱色のコートを着込み、ステッキを手にした初老の男性。ジャージの上から銀の陣羽織を羽織る、刀を持った青年。
現場へやってきた3人のヒーローを歓迎するように、レポーターがカメラへと食らい付く。
『あれはプテラブレード! そしてプロフェッサー・キャンディと切り捨てジャックです! ヒーローチーム「樫の杖の七番目」が現れました!』
ゴクリ。翔が喉を鳴らす。
容貌が著しく変容していた為に最初は気付かなかったが、あのヴィランは悪女野風である。その確信が翔にはあった。
そして駆け付けた『樫の杖の七番目』の面々。果たして彼らは勝てるだろうか? 翔は緊迫した表情で画面を注視している。
気が付けば、翔と池原の周囲にはクラスメートたちが集まってきていた。彼らもまた、ニュース速報が気になっているようだ。
「なんだアレ、化け物か?」
「ヴィランらしいぞ。護送車から脱走したってよ」
「マジか、怖ぇー!」
「でも『樫の杖』が来たなら一安心だな。彼らなら大丈夫だろ」
ざわざわと語り合うクラスメートたち。
しかし、翔の表情は暗い。ただならぬ胸騒ぎが、翔の内心を蝕んでいた。
何か、嫌な予感がする。翔は、悪寒を拭い切れずにいる。
そんな時だ。
「────ッ!?」
全身に無数の槍が突き立てられたかのような、名状し難き不快感が翔を襲う。
反射的に振り向く翔。その目線の先には、悪女野風とヒーローたちが交戦している交差点があった。
「……まさか」
「あっ!?」
池原が声を上げる。目線をそちらへ戻してみれば、中継映像の向こう側で異変が起きていた。
『GURURURURUUU……!』
『GOッ、GAAAAAAA!』
コンクリートの路面を下から割り砕き、現れるのは異形の数々。
鬼めいた相貌、或いは狼男のような出で立ち、或いはゾンビそのもの。
突如として現れた怪物の群れ。画面越しでも、翔やクラスメートたちは理解できた。“魔界”の怪物どもだ。
『た、大変です! ヴィランが叫び声を上げたかと思えば、地面から大量の怪物が……きゃあぁぁああ!?』
『島田さん!? 大丈夫ですか!? 島田さん!?』
中継がそこで途切れる。
途端に、クラスメートたちは深刻な表情で顔を見合わせた。
「おい、今の……」
「ああ、だいぶ不味い状況みたいだな」
「『樫の杖』の3人だけじゃ厳しいかもしれないわ。他のヒーローが救援に来てくれればいいのだけど……」
「いやー……これはちょっとヤバいかもね。翔んもそう思……翔ん?」
池原が翔の顔を覗き込む。
今の翔は、まるで自分の死をハッキリと自覚できたかのような、この世の終わりめいた表情を浮かべていた。
不安そうに見つめる池原。翔は拳を強く握ると、顔を上げて口を開く。
「……ごめん、皆。僕、ちょっと行かなきゃ!」
「えっ、あっ、ちょっと!?」
「どうした黒井!?」
「おい、待てって! どこへ行くつもりだ!?」
クラスメートたちの制止を振り切り、翔は屋上の出入り口へと駆け出していく。
ドアを乱暴に開け放ち、校舎内へ。階段を降りる時間すら惜しいと、跳躍して階段の下まで飛び降りた。
ドン! という音が響く。近くにいた生徒が驚くのを無視して、翔はひたすらに廊下を走る。
「行かなきゃ……現場へっ!」
何が翔を突き動かしたのかは、翔自身にも分からない。しかし、翔の本能めいたナニカが叫ぶのだ。
──一刻も早く、ヒーローたちの下へと急げ。
翔の衝動が、彼の足を突き動かしていた。
レポーターさんは無事でした。