無為の闇
目の前で奪われる命。それにどうする事も出来ず、見過ごした事に深く悔やむゆり。
『無為の闇』の存在を知る事で、岐路に立つ。
8
事態は深刻だった。
SPから応援要請を受け、駆けつけた時にはすでに大惨事の後。
マスコミに知られるには時間の問題だった。
「これは・・・酷いですね・・・」
大惨事の現場を一目見た若い鑑識官が、言葉を吐く。
その後ろにいた半袖Yシャツの青年は、その言葉を拾う。
「よく見ておけよ。
こんな無駄のない殺し方は、滅多にお目にかかれない。」
「え?」
「苦しまずに、気づけばあの世行きだ。確実に息の根を止めている。」
「・・・は、はぁ・・・」
若い鑑識官は首を傾げながらも、相槌を打つ。
青年は30代後半に見える。
長身で体格も良く、精悍な顔だった。
鋭い光を持つその目は、大惨事を漏れなく記憶していく。
某都内にある、世界的に有名なホテルのバンケットフロア。
優雅で豪華な、由緒正しき会場とは思えない程、
夥しい血潮と食器の破片で荒らされ、
絶命した遺体が無残に転がっていた。
その中に、国の重要人物もいる。
「長田警部。」
青年―『長田』に声をかける、若い女性がいた。
ショートボブの髪を後ろに流し、Yシャツの袖を七分までまくっている。
切れ長の目は、射抜くような強い光があった。
「会場にいた招待客達の事情聴取に行って参ります。」
「ああ、頼む。
・・・そうだ、橋口。」
行こうとして踵を返す女性に、長田は声を掛ける。
『橋口』と呼ばれた女性は、その一声で立ち止まって振り返る。
「招待客達に何か聞かれたら、
多岐川厚生労働副大臣を狙った過激派によるテロで済ませておけ。
犯人は自害。事情は伏せろ。」
「・・・はい。」
橋口は軽く頭を下げて、静かに会場を去っていく。
それを見送った後、長田は再び大惨事の会場に目を向ける。
それと同時に、ズボンの後ろポケットから着信音が響いた。
後ろポケットからスマホを取り出し、画面を見た後スワイプさせる。
「・・・この度はどうも。」
《・・・申し訳ありません。》
「謝らないでください。貴女の言う『天意』ならば・・・
この事態は、必然と言っていいのでは。私どもの力不足です。
まぁ、いささかショックを受けていますがね。
屈指のSPを赤子扱いされていますから。」
《・・・本当に、お詫びの言葉もありません。
もう少し情報を引き出せるかと思いましたが・・・》
「何か分かりましたか?」
《・・・はい。雇われた『殺し屋』の女は、
『組織』に属する者に間違いありません。手を下しに来たのでしょう。
多岐川から情報を漏らさないために。》
「なるほど。見解は間違いないという事か・・・他には?」
《もう一人『殺し屋』の男がいましたが・・・彼は関係ないようです。
彼がいなければ、多岐川を護りきれたかと思います。》
「そうですか。・・・護るのは、壊す以上に難しい。
私はそれをよく知っています。
世の中、不条理ばかりだということも。
・・・ははっ。これはここだけの話ですがね。
ありがとうございました。また連絡します。それでは、また。」
通話を切った後、長田は見据える。
大惨事に残った無念と、虚しさを。
通話を切り、淑女は息をつく。
『早苗』はその電話を、静かに見守っていた。
二人はホテルの、とある一室にいる。
多岐川と合流する前に、淑女が事前に借りていた部屋だった。
「・・・おばあちゃん。」
『早苗』―ゆりは、淑女に声を掛ける。
淑女―ときは、ゆりに微笑みかけた。
「しばらくここにいよう。メイクを落としておいで。
ここを出る時、普段の私たちでチェックアウトをするよ。
御令嬢たちには会わずにね。このまま去ろう。
・・・それまで、話しておきたい事がある。」
その優しい声音を聞き入れ、ゆりは涙を浮かべながら頷いた。
ときは、その様子を見守る。
「・・・怖かっただろう。」
「・・・大丈夫。」
涙を堪え、ゆりは言葉を紡ぐ。
「・・・ごめんなさい。私が動いていたら、
あの人は助かったかもしれないのに・・・」
「・・・いや、お前はよくやったよ。無事で良かった。」
「でも・・・」
「さぁ。メイクを落としておいで。」
「・・・はい。」
言葉を飲み込み、ときの言葉に従って洗面台に向かう。
大理石で作られた洗面台は、清潔さと華やかさを兼ね備えていた。
ゆりは、そこにある大きな鏡に映った自分の顔を見つめる。
― ・・・手も足も出なかった。
ある女を思い出し、ゆりは身震いする。
― 何も灯さない瞳。
人の命を、いとも簡単に奪う技術。
・・・何もかもが、違う。
それを『理解する』という事自体、不可能だった。
・・・今の私には、受け入れられなかった。
私の、『未来を読む力』。
それはその人と向き合い、初めて発揮される。
・・・あの人から、何も得られなかった。
それが、失態に繋がってしまった。
・・・悔やんでも、もう遅い。
目の前で、あんな簡単に命が奪われ、
何も出来なかった事実は・・・もう拭いきれない。
なぜ、いとも簡単に命を奪えるの?
繋いできた命を、どうして・・・
ゆりは蛇口のレバーを上げる。
ザーッと、音を立てて水が流れるのを見つめた。
―・・・闇に呑まれて、動けない。
*
二人は部屋のテーブルを挟み、向かい合うように座っていた。
互いにメイクを落とし、服を着替えている。
しばらく何も話さず、静かに向き合っていた。
やがてぽつりと、ときが口を開く。
「私は『あちら側』の住人だった。おじいさんと結婚するまでね。
今でも少し仕事は受けるが、前のように請け負う事は、もうない。」
「・・・『劉 玉玲』って、本当の名前?」
「いや、『あちら側』での名前だ。
本当の名前は『羅 麗玲』。
・・・『とき』という名前は、おじいさんにもらったよ。」
ときは、遠い目をして語り出す。
「・・・実家は貧しい農家だった。
食べていく事を、いつも考えていく毎日でね。
代々伝わる八卦掌の血統だったが、
一子相伝で奥義だったので、それで生活するには難しかった。
私はそれを活かせないか、日頃考えていた。
そしたら、日本に出稼ぎに行った時に『あちら側』の存在を知ったんだ。
私の身につけた奥義が、活かせるかもしれないと思った。
身分証明や戸籍が必要ない、『あちら側』の世界は救いだったよ。
名前と『何者』か、この二つだけで生きていける。」
ときが紡ぐ言葉を、ゆりは漏れなく聞き入れる。
「『先を読む力』は女だけに伝わるものでね。
奥義は、その『先を読む力』が最も強い者に受け継がれる。
その奥義で、私は『あちら側』の住人になった。
・・・『護り屋』としてね。
両親に多く仕送りしても、生活に困らないくらい稼げるようになった。
私の名は、『あちら側』で知れ渡る。
・・・そんな中、おじいさんと出逢った。
おじいさんは警察官でね。『あちら側』とは決して交わらない世界の人。
ある事件で出逢ったのをきっかけに、私たちは手を取り合うようになる。
・・・今でもその事件の尾を引いていてね。
おじいさんの後継者と共に、今でも行動している。」
「・・・さっき話していた人?」
「そうだね。」
「・・・ある事件って?」
ときは首を横に振る。
「・・・時が来たら話すよ。今はその時ではない。」
ゆりは顔を俯かせる。
その様子を、ときは優しい眼差しで見守る。
「いずれお前が、『易者』の道を進めば・・・
それを知る機会が訪れるだろう。『天意』ならば。」
「・・・・・・」
「・・・ゆり。」
「・・・ん?」
「『易者』になりたいという気持ちは、まだ変わらないかい?」
「・・・・・・」
「お前が対峙した者。あれ程の無為の闇を持つ者は珍しいが、
『あちら側』には沢山いる。
向き合わなければ、『先を読む力』は生まれない。
『易者』は、それを受け入れられなければ務まらない。」
ゆりは押し黙る。
即答できなかったのだ。
『力』が及ばない相手。
それにゆりが出会ったのは、二回目だった。
― ・・・俊太郎。
彼と出会った当初の時と同じ。
自分の『力』が彼には及ばなかった。
それが及ぶようになったのは、
一緒に暮らし始めて、彼という人間を知ってから。
・・・闇。
何も見通せない、深い闇。
私はこれから先・・・その闇を見通せる時が来るのだろうか。
「・・・とにかく、今はゆっくり休みなさい。
さぁ、我が家へ帰ろう。俊太郎が待っているよ。」
ときは立ち上がる。
ゆりもそれに続いて立ち上がった。
神妙な様子のゆりを見守り、ときは微笑む。
「・・・大丈夫。どんな結論でも、それはお前の光になる。
前に進んでいる者には、それ相応の未来が待っている。
それが『天意』というものだ。」
「・・・『天意』・・・」
「そう。決してそれは、裏切らない。」
ときは、手をゆりの肩にそっと置く。
「人と人は繋がり、力を生む。支え合って、知恵を生む。
どんな道でも・・・それは生きて続いていく。
だから、お前が真っ直ぐ先を見据えて歩いていけば・・・
やがて光に導かれる。」
ゆりは肩に置かれた手のぬくもりを感じた。
真っ直ぐ、自分に向けられた言葉。
眼差し。
全てそれは、自分の為に注がれている。
敬愛する祖母。
涙が零れた。
それは頬に伝い、流れ落ちる。
「・・・おばあちゃん・・・」
ゆりはときに腕を回し、抱きつく。
嗚咽し、泣き崩れた。
ときはそれを優しく受け入れ、抱き留める。
しばらく、その時間は続いた。
午後7時頃。
ゆりと、ときは佐川家の家に帰り着く。
「おかえり~。・・・ん?二人一緒?」
俊太郎が玄関で二人を迎えた。
「ああ。そこでゆりと偶然、一緒になってね。」
「・・・ただいま。」
「・・・ふーん。おかえり。
あ、そうだ。夕飯作っておいたよ。今日は麻婆豆腐だ。」
「ほほっ。大好物だよ。ありがとう、俊太郎。」
玄関から廊下に上がり、ときは自分の部屋に歩いていく。
ゆりはそれに倣うように、靴を脱いでゆっくり廊下に上がった。
「・・・どうした、ゆり?元気ないな。」
ゆりの様子を見て、俊太郎が声を掛ける。
今出来る限りの、精一杯の笑みを浮かべてゆりは答えた。
「・・・ちょっと疲れちゃって。大丈夫。」
「・・・・・・」
ゆりは廊下を歩いて、二階に上がっていく。
それを黙って見送ったが、すぐに俊太郎は後を追う。
「ゆり。」
声を掛けられ、
ゆりは部屋の前で立ち止まって俊太郎の方に向き直る。
「・・・今度の水曜日、休み取れないか?」
「・・・水曜日?」
しばらく考えて、ゆりは答えた。
「・・・確か、普通に休みだったと思う。どうしたん?」
「ほら、前話した岸本って奴覚えてるか?
そいつに誘われてバンドするって話。
その水曜日に、またスタジオに誘われているんだ。
一緒に行かないか?」
その申し出に、ゆりは目を見開く。
「・・・私が行っていいとかいな?」
「ヒロには伝えておくよ。一緒に行こう。」
「・・・・・」
少し考えて、ゆりは微笑んだ。
「・・・行きたいかも。」
「よし!」
俊太郎も笑う。
「うまく歌えるといいけどな。」
「・・・うん。そうね。スタジオとか、初めて行くかも。
楽しみやなぁ。」
俊太郎は窺うように、ゆりを見つめる。
「・・・やっぱり変だな。本当にどうした?」
ゆりはなぜか、見透かされそうな気がして目を逸らす。
「何でもない。・・・着替えてくるね。」
障子を開け、ゆりは自分の部屋に入っていく。
俊太郎は、それを静かに見守る。
障子の戸が閉まり、それを俊太郎はしばらく見つめた。
ぽつりと、言葉を投げる。
「・・・ゆり。後で部屋に行っていいか?」
間を空けて、ゆりの言葉が返ってくる。
「・・・ごめん。今日は疲れてるんよ。早めに寝たいから・・・またね。」
「・・・分かった。」
「・・・ごめんね。」
「・・・謝るなよ。」
「・・・うん。」
「もし、何かあったら言えよ。話、聞くから。」
「・・・ありがとう。」
俊太郎は静かに去っていく。
それを確認した後、ゆりはその場に座り込んだ。
脱力感が、一気に襲う。
― ・・・ごめんなさい、俊。
・・・隠し事が増えるかもしれない。
自分勝手かもしれないけど、話したら、また・・・
あなたは『あちら側』に足を踏み入れてしまう。
『炎を盛んにする事、道に光を灯すされど新たな試練の幕開けと成る。』
いつかの、おばあちゃんの言葉。
試練の幕開け。
あなたに想いを寄せ、あなたがいた世界を知る事。
それは私の試練になる。
それは避けては通れないもの。
道を目指すには、必要な壁。
私が、その道を歩いていく為の大事な事象。
・・・俊太郎。
あなたが好き。
大好き。
あなたの事を、もっと知りたい。
距離が近づく度に、それが強くなる。
いっぱい一緒にいたいけど、いっぱい甘えたいけど・・・
自分が駄目になりそうで怖い。
今の私は弱い。心が折れそう。
でも、乗り越えた先にある道は・・・きっと。
*
水曜日の午前中。
ゆりと俊太郎は、ヒロ達と合流する為に博多駅に向かった。
「晴れて良かったな~。」
スクロールする電車の車窓を、眺めながら言う俊太郎。
ボーダーカットソーに紺色のシャツ、
若草色のクロップドパンツを着こなしている。
この間、俊太郎はデートで着ていく服を購入した際に、
もう一着買っていた。
相変わらずの着こなしに、電車内の視線が熱い。
ゆりは藤色のフレアワンピースを着て、銀縁の眼鏡を掛けている。
「ゆり。どうしても眼鏡必要か?」
素直に質問してくる俊太郎に、ゆりは小さく笑って言葉を返す。
「眼鏡が楽なんよ。コンタクトは目に負担がかかるし。」
「・・・まぁ、そうだろうけどさ。」
明らかに納得していない様子で、俊太郎は再び車窓に目を向ける。
ゆりは、俊太郎を見つめた。
― ・・・相変わらずの格好良さやね。
身内の欲目無しに、格好いい。
日曜日以来、ゆりはまだ調子を取り戻していなかった。
それを察して、俊太郎が元気づけようとしているのが分かっていた。
何も聞かず、普段通りに。
その優しさに、ゆりは少しだが心が軽くなっていた。
電車は博多駅に停車し、乗客はホームに降りていく。
その流れに乗るように、ゆりと俊太郎はホームを歩いていく。
「ゆり。」
「ん?」
「一応、『彼女』って事にしてるけど・・・いいか?」
『彼女』という単語に、ゆりは動悸を早くする。
ホームから階段に足を踏み出し、人の波と共に下りていく。
顔を赤く染めながら、ゆりは小さく言葉を紡いだ。
「・・・うん。いいけど。」
階段を下りると、人の波は改札口に流れていく。
各箇所に設置してある、広告のポスターに目を留めながら、
俊太郎は言い聞かせるように呟く。
「『彼女』・・・だよな。・・・何かすまん。」
「何で謝るんよ。」
ゆりは笑う。
二人はそれぞれ定期券を手持ちのバッグから取り出し、改札口に通す。
改札口を抜けてコンコースに出ると、俊太郎は申し訳なさそうに言う。
「だって・・・何か俺の所有物みたいな響きじゃないか?」
「何でそうなるんよ。」
「俺にとってゆりは・・・」
「もう。面倒くさい。いいの。私は俊太郎の『彼女』です。」
その言葉に、俊太郎は目を見開くと照れ笑いをする。
コンコースにある大きな柱の側で立ち止まると、
ゆりは俊太郎の様子に噴き出して笑った。
「何なんよ。俊の方が乙女みたいやん。」
「ゆりは潔くて格好いいな。」
「俊は私の『彼氏』。そうでしょ?」
またもやゆりの発言に、俊太郎は照れくさそうに笑う。
「おお~。言葉にすると実感するな。」
「今度、『恩人』とか言ったらひっぱたくからね。」
「・・・はい。」
「よろしい。」
笑みがこぼれる。
俊太郎はゆりの笑顔を見て、顔を綻ばせた。
博多駅のコンコースは、いつものように多くの人々で賑わっていた。
スーツケースをキャスターで引いていく観光客の家族、
売店で駅弁を買うサラリーマン、
自分達のように待ち合わせなのか、
柱に寄りかかってスマホを扱う少年少女たち。
二人は、行き交う人間模様をしばらく眺める。
「・・・待ち合わせの時間まで、まだ余裕があるな。」
「そうやね。」
「毎日この駅は人が多いよな。」
「うん。ここからいろんな所に行けるからね・・・」
ゆりはふと、四年前の事を思い出す。
― ・・・俊とここで会った時、最初幽霊かと思ったよね。
懐かしいなぁ。
生きている人間とは思えないくらい、手が冷たかったし。
「・・・懐かしいな。四年前、ゆりとここで再会したんだよな。」
「・・・私も同じこと思ってた。」
「あの時は、何の感動もなくて、
ただ時間が過ぎるのを眺めていただけだった。」
「・・・」
「あの時見る景色と、今見る景色が全然違う。
時間の流れも。・・・自分でびっくりしてるんだ。
これだけ違うものなのかって。」
ゆりは静かに、俊太郎の言葉を聞き入れる。
左手に触れるもの。
その手は大きくて、温かい。
― ・・・私の手を握るこの人は、もう迷いなく真っ直ぐ生きている。
「もうそろそろ行こうか。」
「・・・うん、そうやね。」
「場所は、博多口を抜けた所の広場だ。」
俊太郎は、ゆりの手を握ったまま歩き出す。
「え、ちょっ、俊。」
ゆりは慌てて言い放つ。
「ん?」
「手を繋いだまま行くの?」
「何かおかしいか?」
「・・・お、おかしくはないけど・・・」
ゆりは顔を赤く染めて、言葉を詰まらせる。
― ・・・恥ずかしい。こんな公然の面前で。
行き交う人の波を、俊太郎は縫うようにすり抜けていく。
ぶつかることなく歩いていくその速度は速い。
手を繋いでいる為その速さについていけているが、
人の波を縫って歩いていくにはとても速かった。
俊太郎に手を引かれるまま、ゆりは歩いていった。
コンコースの屋内から、あっという間に博多口の広場に出て行く。
強い日差しが降り注ぎ、ゆりは眩しそうに目を細める。
「おーい!高城ーっ!!」
元気な声が、ゆりと俊太郎に届いた。
開けた広場には、コンコースと同じように多くの人が行き交っていた。
その中で、とびきり手を振る少年がいる。
髪を赤く染めた、Tシャツとジーンズ姿の岸本比呂だった。
そのすぐ傍に、長身で細身の甲斐田卓斗と
坊主頭で肌が良い色に焼けた山崎翔太の姿も見えた。
「あの三人だ。」
俊太郎はゆりを促すように言う。
その三人の少年の元に歩いていくと、
岸本比呂―ヒロは満面の笑みでゆり達を迎えた。
「おはよ~!高城!」
「おはよ。」
「あ、どうも。岸本比呂っす。ヒロと呼んでください!」
ゆりに身体を向け、ヒロは頭を下げる。
それにつられて、ゆりも会釈をする。
「佐川ゆりです。」
「おはようございます。甲斐田卓斗と申します。タクとお呼びください。」
「ぶっ。何だよタク!そのかしこまりは!」
「お前が失礼なだけやろうが。」
「俺は山崎翔太と申します。ショータと呼び捨てしてください。
よろしくお願いします。」
「ショータまで!何だよお前ら!」
「お前が失礼過ぎるだけやろ。」
少年三人のやりとりに、ゆりは思わず笑う。
まじまじとゆりを見つめ、ヒロは納得するように頷く。
「いや、流石というか・・・見習わないとな。」
ヒロの言葉に、タクとショータも深く頷いている。
「リスペクトする、高城。」
「・・・一体何を?」
三人の少年たちの妙な一体感に、俊太郎は首を傾げる。
「こんな綺麗なお姉さんを彼女にできるお前に、だ!」
ヒロの断言に、ゆりと俊太郎は顔を赤く染めた。
「流石としか言い様がない!」
「俺も彼女欲しい!」
「彼女を作って夏を満喫したい!」
「あのなぁ・・・」
「うらやましい!」
「いいなぁ、イケメンは!」
「俺も手を繋いでイチャつきたい!」
止まらない少年たちの主張に、ゆりと俊太郎は顔を見合わせる。
何となく、手を繋いでいるのが気まずくなり、互いにそっと離す。
「まぁ、ヤジるのはこれくらいにして・・・早速スタジオに行こうぜ!」
ヒロの一声で、タクとショータは笑いながら歩き出す。
ゆりと俊太郎は、それに続くように歩き出した。
ヒロは、ゆりと俊太郎に並んで歩いていく。
広場を抜け、オフィス街に差し掛かると、
生暖かい風が煽るように吹き抜けていく。
「ひゃーっ、今日もばりあちぃ。」
Tシャツの胸元をパタパタさせ、
額に浮かぶ汗をハンドタオルで拭いながら、
ヒロは俊太郎に話し掛ける。
「なぁ、高城。『GREATEST』歌ってみたか?
「ああ。カラオケでな。」
「良い曲やったろ?」
「そうだな。何回も聴く度に、良さが分かった。」
それを聞いて、ヒロは嬉しそうに笑う。
「やろ~?『Easter Card』の曲って、何か心にくるっちゃんね~。
聴く度に中毒になるっていうの?
じわじわくるっていうかさ。」
「分かる。それは俺も思った。」
「分かってくれて俺は嬉しいっ」
俊太郎とヒロの会話を、ゆりは静かに聞き入れる。
そんなゆりに目を向け、ヒロは声を掛けた。
「ゆりさん・・・って呼んでいいっすか?」
その問いかけに、ゆりは笑顔で応える。
「どうぞ。」
「ゆりさんは、高城と付き合って長いんですか?」
その質問を聞いていたタクが、ヒロの額をぺしっ、と叩く。
「いてっ」
「すんません。こいつ、ほんと失礼な奴で・・・」
「ふふっ、いいえ。大丈夫です。」
“だって気になるやんか”、と、ぶつぶつ言うヒロを見て、
ゆりは笑わずにはいられなかった。
そんな中、俊太郎は平然と答える。
「4年かな。」
「えっ?」
「え、いや、違っ・・・俊!」
「4年ってことは・・・」
「小学生の時から!?」
ヒロ、タク、ショータ三人たちは、俊太郎の言葉を噛み砕いて驚く。
ゆりは目で訴えるように俊太郎を睨む。
俊太郎はそれを受けて、首を傾げた。
「・・・え?俺何か変な事言ったか?」
「マジかよ・・・」
「俺は今から高城先生と呼ぶ。」
「俺はマスターと呼ばせてもらう。」
「ちょっと待て。一体何がおかしい?」
「おかしくない!」
「ちっともな。」
「高城なら、アリやろ。」
盛り上がる三人の少年たちの様子に、
ゆりは、穴があったら入りたい気持ちになった。
ますます理解不能に陥り、俊太郎は疑問符を頭に浮かべる。
― ・・・『付き合う』の意味、勘違いしてるってば!
その疑問符の答えを、ゆりは心の中で叫ぶ。
ゆりの様子を感じ取って、少年たちが慌てて謝る。
「何かすんません!立ち入った事聞いちゃって!」
「はしゃいで、すみませんでした。」
「俺はアリだと思います。すみませんでした。」
「い、いえ・・・そんなに謝らないで。大丈夫です。」
「・・・何なんだ、一体。」
それから妙な気まずさが支配して、
皆何も喋らず、黙々とスタジオを目指して歩いていった。
『No game area』と、緑のペンキで殴り書きされた文字が、
ゆりの目に入る。
4階建てのビルは年季を感じさせ、所々コンクリートの壁が黒ずんでいる。
“スタジオ”という場所を訪れるのは、ゆり自身初めてだった。
その緊張からなのか、少し動悸の乱れを感じていた。
「・・・おっ。どうやら誰も来てないみたいやな。」
ヒロが扉の前で耳を澄ます。
その後鉄製の両開き扉の取っ手を掴み、開いて中に入る。
ビルの出入り口付近はとても狭く、全員入ると窮屈に感じた。
受付のカウンターには、誰もいない。
その上には、
一本のボールペンと一枚の紙を挟んだバインダーが置かれていた。
「姐さんもいないみたいやし。」
「・・・どうするんだ?」
「ん?いや、これが普通。この間珍しくここにいたからびっくりしたんだ。
紙には、今日予約した人の名前と部屋が書かれてある。
ペンで名前をマルで囲んで・・・入った時間を書いておけば、おっけー。」
慣れた様子でヒロはペンを持ち、
書かれている自分の名前を丸で囲む。
「三階のCスタだよな。」
タクが確認するように言う。
「逆に、Cスタ以外の部屋に入ったことないやん?」
ショータが、バインダーの紙を覗き込みながら言う。
ヒロは、紙をじっと見て言葉をこぼす。
「今日は他の予約入ってないな。俺達だけみたいだ。」
「ちょっとさ、他のスタジオ覗いてみらん?」
「やめとこー。姐さんに怒られっぞ。」
「・・・確かに。あの姐さん、何か恐いもんな。」
三人の少年たちの談義を、俊太郎は苦笑して見守る。
ゆりはその談義に出てきた人物が気になり、尋ねた。
「姐さんって?」
俊太郎はその問い掛けに、一呼吸置いて答える。
「このスタジオの管理者。」
「高城―っ、ゆりさーん、行きますよーっ!」
いつの間にか、ヒロが階段の所で手を振っている。
タクとショータは先に、階段を上り始めていた。
呼び掛けに応じるように、俊太郎は階段に向かって歩こうとする。
「俊、トイレはどこ?」
そのゆりの言葉に振り向き、俊太郎は一階の廊下を指差す。
「その廊下の突き当りにあるよ。」
「先に行ってて。三階よね?」
「ああ。ドアにCって書いてあるから分かると思う。」
「うん。」
言われた通りに、ゆりは一階のスタジオに繋がる廊下を歩いていく。
それを、俊太郎はしばらく見送っていたが、
目を離してヒロ達の後を追う。
視線が外れて、気配が無くなったのを感じ、
ゆりは深く息をついた。
廊下の突き当たりに、
W.C.の文字が表記されたプラスチックのプレートがある。
それを目にして、一気に身体が重くなる。
― ・・・何だか気分が悪い。
さっきまで大丈夫だったのに・・・
そのプレートの横にあるドアを開け、ゆりはよろけながら入っていく。
中は狭く、一箇所の洗面台と洋式トイレが設置されていた。
ゆりは倒れこむように洗面台にしがみつき、呼吸を乱す。
煩い動悸に耐え、
洗面台の上にある一枚鏡に映るものを見る。
― ひどい顔。
なんて顔してるの、私。
気持ち悪い。
唇は白く、干上がった魚のように生気がない。
自力で立っていられなくなり、壁に背をつけて寄りかかる。
強い眩暈で、意識が朦朧とした。
― ・・・
・・・
・・・・・・
そのまま意識が飛ぶ。
ゆりは項垂れ、身体がずるずると床に落ちていった。
*
こぽこぽ・・・
液体が落ちる音。
最初にそれが耳に入る。
香ばしい珈琲のにおい。
次にはそれを感じる。
ゆりは、ゆっくりまぶたを上げた。
天井に淡く光る蛍光灯。
視界がぼやけている為、眼鏡を掛けていないのに気付く。
状況を把握しようと身体を起こそうとしたが、
非常にだるく、難しかった。
仕方なく頭を左向きに動かすと、ぼんやり眼鏡の輪郭を捉える。
手を伸ばし、それを取ると装着した。
今度は右向きに頭を動かす。
すると、背中を向けて椅子に座る女の姿が目に入った。
木のテーブルに置かれた大きな緑のマグカップ。
それを手に取り、
立ちのぼる湯気に息を吹きかけながら口に含んでいる。
新緑を思わせるような髪の色。
ノースリーブであらわになっている腕に見える、
花の模様を思わせるタトゥー。
ゆりはその女に釘付けになった。
雰囲気。
後ろ姿でも、それを感じ取れた。
まだ記憶に新しい、無為の闇。
― ・・・何で・・・
あの女が、なぜここに・・・?
夢・・・じゃない・・・よね?
ゆりの視線に気づき、女は振り向く。
目が合い、一気に緊張した。
「・・・・・・」
身体がだるいのもあったが、
漆黒の闇のような瞳に囚われ、ゆりは一ミリも動けなかった。
言葉も出ない。
女は立ち上がり、ゆりの元に歩いてくる。
ゆりはどうすることも出来ず、只々漆黒の瞳を見つめる。
「・・・貧血だね。鉄分不足。」
女は短く告げる、
声音は、鳥肌が立つくらいに魅惑的だった。
ゆりの顔を覗き込むように近づき、
観察するかの如く目を向ける。
「・・・ねぇ、あんたさ。どっかで会った事ある?」
その言葉は、ゆりの背筋を凍らせた。
“蛇に睨まれた蛙”。
今、そのことわざが一致する心境だった。
「その目。見た事あるんだよね・・・」
「・・・勘違いだと、思います。」
ようやく絞り出た声。
震えそうになるのを、必死で抑えた。
身動きとれない程、異常に重く感じる身体が非常にもどかしく思えた。
女はゆりの様子を、じっと窺う。
その執拗な視線に、ゆりはどうする事も出来ず、耐える。
品定めするかのような時間が過ぎた後、
女は興が削がれた様子で背を向け、テーブルに歩いていく。
椅子に座るかと思いきや、言葉を投げてくる。
「どうする?鉄分補給できる栄養ドリンクとサプリあるけど。飲む?」
意外な内容だった。
ゆりは、女から放たれた言葉を受け入れるか迷った。
ごく普通の、気の利いた心遣い。
それを受け入れていいものか、葛藤する。
「あいつに知らせた方がいいなら、このまま呼びに行くけど。」
― ・・・あいつ?
あいつとは・・・俊太郎の事?
ゆりは益々、女の心境が掴めなかった。
「あんたが倒れてから10分経つ。
もうそろそろ心配してやって来る頃だね。
・・・心配かけたくなかったら、飲んでいけば?」
まるで、こちらの心境を把握しているような言葉に、
ゆりは心を動かされた。
さっきまで恐ろしく重かった身体が、今なら起こせる気がした。
ゆっくり身体を起こし、ゆりはしっかり言葉を返す。
「・・・ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきます。」
女はちら、とゆりに目を向ける。
表情が少し緩んだように見えた。
「そう。安心しな。お金は取らないから。」
女はテーブルから、給湯室と思われる小部屋に歩いていく。
それと同時に、ようやく状況把握する余裕が生まれ、
ゆりはこの部屋を見渡した。
まず目に入ったのは、
テーブル上にある大きな緑色のマグカップとノートパソコン。
開かれた画面には、
分割されてこの建物の廊下、受付などの場所が映し出されている。
そして、壁付けのギタースタンドに掛けられたエレキギター。
ワンルームのような空間が広がる。
自分が寝ていた場所は、簡易ベッドの上だった。
女が小部屋から、栄養ドリンク、
水の入ったグラスとタブレットケースを手に持って出てくる。
それをテーブルに置き、女はゆりに目を向けた。
「こっちに座りな。」
促された場所は、テーブルの椅子。
さっき女が座っていた椅子の向かい側である。
ゆりは素直に簡易ベッドから降りて、従うようにそこへ歩いていく。
「・・・あなたは、ここの管理者ですか?」
椅子に座りながら問いかけるゆりに、女も椅子に座りながら小さく頷く。
「ほとんど趣味に近いね。管理者というよりアーティストだ。」
女はマグカップを手に取り、コーヒーを口に含む。
テーブルに置かれた栄養ドリンクを見つめた後、
ゆりはそれを手に取って蓋を開ける。
意を決するように、一気に飲み干した。
「音楽に付き合っている時間が、一番の至福だね。」
ハスキーボイスに乗せられた、微かな感情。
それを感じ取り、ゆりは改めて女を見据える。
―・・・この人・・・
「それ、飲むのは4錠だ。」
女が、タブレットケースに目を向けて言う。
「女は厄介だね。鉄分不足はお互い様。」
ゆりはその言葉を聞き入れ、タブレットケースを見つめる。
市販で売られている、一般的な物と変わりない。
躊躇いなくそれを手に取って開け、数錠ある中の4錠を取る。
女は、行方を静かに見守っている。
グラスには、三分の一程度の水が注がれていた。
「女は、厄介ですよね。」
ゆりは小さく笑いながら、錠剤を口に含み、
グラスを手に取って水を飲み干した。
―この人は、私を試している。
どんどんどん!
《『結女衣』!》
俊太郎の声だった。
焦りを感じさせる声音と、ドアを激しく叩く音。
その訪れに、ゆりは一気に安堵を覚えた。
「・・・お迎えが来たね。」
呆れ気味で言うと、女は立ち上がって部屋の出入り口ドアに歩いていく。
女がドアを開けた瞬間、詰め寄るように俊太郎が現れた。
「『結女衣』!俺の連れを見てないか・・・」
言いかけた言葉が、ゆりの姿を目にした途端に止まる。
女は小さく息を漏らして言った。
「・・・よく、私がここにいるのが分かったね。」
俊太郎はゆりから目を離さずに答える。
「・・・ドアから、電気の光が漏れてたからな。」
「その連れとやらは、この通りここにいるけど。」
女は、二人の見つめ合う空間を遮らないように道を開ける。
ゆりは椅子から立ち上がり、申し訳なさそうに言った。
「・・・心配かけてごめんなさい。
気分が悪くてトイレで倒れたんよ。この方が介抱してくれて・・・」
「・・・え?」
「過保護にも程があるね。」
俊太郎はこの上なく目を見開いて、女を見据えた。
その驚き様を目の当たりにし、女は呆れたように言葉を吐く。
「自分の家で倒れた人間を、黙って見過ごすわけにはいかないだろ。」
そしてゆりに目を向け、言葉を投げる。
「続きは外でやってほしいけどね。」
ゆりは深く頭を下げた。
「・・・はい。本当にありがとうございました。」
俊太郎は複雑な表情を浮かべている。
ゆりは歩いていき、部屋を出て行く。
女はそれを見届け、部屋のドアを閉めた。
廊下で、沈黙する二人の男女。
今二人の間に生まれるものは、計り知れない。
「・・・ゆり。もう大丈夫なのか?」
ぽつりと、俊太郎が切り出す。
ゆりは応えるように頷いた。
「・・・うん。もう大丈夫。
俊は、あの人と知り合いなの?」
その問いに、俊太郎は言葉を詰まらせた。
真っ直ぐに向けられるその眼差しに、ふぅ、と息をつく。
「・・・ああ。あいつは『あちら側』の人間だ。
俺が本城に雇われる前に少し、な。
偶然ここで再会した時は驚いた。
まさかこんな所にいるとは思わなくてさ。」
「・・・そうだったんやね。」
「・・・・・・」
俊太郎がゆりに向ける眼差しは、とても感慨深い。
「・・・ゆり。」
「・・・ん?」
俊太郎が言いかけた時、がちゃん、と部屋のドアが開く。
「これ。忘れ物。」
女が顔を出し、手に持っている物をゆりに差し出す。
差し出されたそれは、ゆりのハンドバッグだった。
「・・・すみません。ありがとうございます。」
お礼を言って、ゆりはそれを受け取る。
「お幸せに。」
何の感情も乗せずに、女はハスキーボイスを置いてドアを閉めた。
「・・・・・・」
二人は再び沈黙する。
しかし、俊太郎の言いかけた言葉が気になり、
ゆりから言葉を発した。
「・・・で?さっきの言いかけたのって?」
「・・・・・・」
俊太郎は俯き、考え込んでいる。
ゆりはその時間を待つのが、もどかしく思えた。
「・・・俊?」
「俺に隠している事を、話してもらえるか?」
その問いかけは、とても深く、重く感じた。
ゆりは俊太郎を凝視する。
「・・・隠している事?」
「ああ。心当たりあるよな?」
追求に近い。
鼓動の波打つ衝動が身体に伝わり、足が震える。
「・・・・・・」
言葉が返せず、立ち尽くす。
ゆりの尋常じゃない様子に、俊太郎は幾分和らげて伝える。
「責めてるわけじゃない。ただ・・・なぜ隠す必要がある?」
「・・・・・・」
ゆりは、俊太郎の眼差しに耐えられず、俯く。
― ・・・どうしよう。
このまま素直に答えるべき?
・・・どうして・・・
・・・どうして、『力』が発動しないの?
「あいつと何を話した?
もし、あいつと普通に会話が出来たなら、それは存在を認めた人間だけ。
初対面の、しかも『こちら側』の人間に、まともに話す奴じゃない。」
―・・・あの人。
そうか。やっぱり・・・
分かってたんやね。私が誰なのか。
何も答えないゆりに、俊太郎は構わず問い続ける。
「あいつと会った事があるのか?もしそうだとしたら、どうやって?
『あちら側』の人間に会う機会があるとしたら、
それは『仕事』の時。・・・なぜその機会が生まれた?」
追求が、核心に迫る。
―“どうして『力』が発動しない”?
・・・違う。
いつの間に私は、『力』のせいにしてたの?
『力』は関係ない。
・・・私の考え方に問題があったんだ。
ゆりは俯かせた顔を、ゆっくり上げる。
その目には強い光が灯り、揺るがない確信が表れていた。
― どんな道を辿ることになっても・・・
導いていけばいい。
私の、見極めた道を。
To be continued・・・