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DARKNESS GLITTER  作者: 伝記 かんな
7/15

絡み合う糸

繋がる心の先に、新たな試練が生まれる。

未来の光を護る為に、その『世界』に足を踏み入れるが・・・

その先に待っていた事象とは。



                  7


火曜日の午後7時頃。

ゆりは仕事を終え、博多区にある実家の佐川家に向かった。

一週間に一回の頻度で、実家に帰っていた。


【一週間に一回は実家に顔を出す。】


ときの家に住むと決まった時に、それがゆりの母と交わした条件である。

ゆりの父の『佐川させん 達郎たつろう』は転勤で、単身赴任中である。

建設会社の営業で、各地を飛び回っている。

顔を合わせる機会が少ないが、

福岡に帰ってくる時は必ずゆりは会いに行っている。

温厚で人を包み込む性格。

ゆりはそんな父親が大好きだ。

母親の『佐川 まり』は家を守る主婦。

達郎が仕事で飛び回れるのは、

このまりがいるからだとゆりは思う。

芯が強く、筋を通す女性。

ゆりはそんな母親を、心から尊敬している。


佐川家はJR笹原駅から徒歩で約10分。

5階建ての某マンションで、4階の角部屋にある。


「おかえり。」


玄関のドアが開き、まりが笑顔でゆりを出迎えた。


「ただいま、お母さん。」


ゆりも笑顔で応える。

家の中に入ると、小さく息をついた。


―・・・やっぱり、家は落ち着くなぁ。


リビングに行くと、

液晶テレビの前に置かれた紺色のL字ソファーに座る。

テレビの電源は消えている。

ソファーに座ると、

いつも目に入るのがローボードに置かれた写真立てだった。

家族4人が写っている。

10年前に家族旅行した時に撮った写真だった。

まりはこの写真が気に入っているらしく、ずっと飾ってある。

そしてその隣にもう一つの写真立てがある。

ゆりの5歳上の兄、『佐川させん まなぶ』。

二年前に結婚して、実家を出て行った。

先月に子供が生まれ、学一家の家族写真が飾られていた。


― ・・・兄貴元気かな・・・

  奥さんと姪っ子にも会いたいかも。


リビング中に、いい匂いが漂う。

堪らずゆりは呟いた。


「お腹空いた・・・」


「ゆり、お皿出してくれる~?」


「は~い。」


ゆりは素直に立ち上がる。

キッチンに行くと、微笑んでいるまりがいた。


「・・・え?どうしたん?」


「ふふ。別に。何かあんた最近、良い子になったなぁと思って。」


「・・・何それ。今まで問題児やったみたいな言い方やね。」


ゆりは少しむくれながら、キッチンボードから小皿を取り出す。

鍋にかけたガスの火を止め、まりはお玉を取る。


「大人になったんやねぇと思って。

 ・・・そういえば、話題の男の子とはうまくいってると?」


その問いかけに、ゆりは動揺する。


「・・・関係ないでしょ。」


「あるわよ~。

 女はねぇ、恋一つで元気になったり落ち込んだり、

 忙しいんだから。」


「・・・」


「聞かせてよ。と~っても気になる。」


「もう、うるさい。すぐ聞きたがる。」


ゆりは逃げるように、小皿をダイニングテーブルに持っていく。

そこにはすでに、胡瓜とトマトのサラダと

湯がいたトウモロコシが置いてあった。

まりは、そんな娘の姿に笑わずにはいられなかった。


「ゆりは意外と奥手やね。」


「ほっといて。」


まりはお玉で筑前煮をすくい、大皿に盛り付ける。

そしてそれをダイニングテーブルに持っていくと、真ん中に置く。

大皿の料理に、ゆりは目を輝かせた。

筑前煮はゆりの大好物である。

鶏肉、人参、ごぼう、こんにゃく、干し椎茸、里芋を

だし汁で煮込み、醤油と砂糖などの調味料で味付けした郷土料理。

時季外れだが、ゆりが家に帰ってくる時、

まりはいつもゆりの大好物を用意して食卓に並べる。

筑前煮は特に大好物なので、ゆりはそれに釘付けになった。


「美味しそう・・・」


「お味噌汁とご飯も持ってって。」


「は~い。」


ゆりは嬉しそうに、再びキッチンへ行く。

二人は話しながら食卓の準備をする。

和やかに過ぎる時間。

ゆりは家族と過ごす時間を大切に思うようになっていた。

ときの家に住む前は、

この時間を素直に受け入れられない自分がいた。

なぜかは分からない。

だが、ゆりはその理由を知った。

全ては、ある少年のお陰。


『当たり前の幸せ』。


それが、当たり前じゃない事を知った。

自分がどんなに恵まれているかも。


「さ、食べよっか。いただきます。」


「いただきます!」


二人は手をわせて、箸を持つ。

ゆりは味噌汁椀を持ち、少しすする。


「美味し~い。」


「あら、嬉しい。」


サラダを小皿に取りながら、まりは笑う。


「お母さんは元気にしとる?」


味噌汁椀を置き、小皿に筑前煮を取りながらゆりは答える。


「うん。すごく元気。」


「私からも会いに行かないとね・・・お父さんにも。」


【『佐川』の名前を残したい。】


名字が母方なのは、そのまりの強い意志があったからだ。

達郎は、そんな彼女の意志を快く受け入れた。

その由縁を、ゆりはとても感銘している。


「いつもおばあちゃんの凄さを実感してる。

 私なんか到底敵わない。」


「ふふ・・・私は何も言えないわね。才能ないから。」


「それ、おばあちゃんも言ってた。」


「ふふっ。」


二人は笑い合う。

筑前煮の里芋を口に運び、噛み締めながらゆりは言った。


「・・・お母さん。」


「ん?」


「・・・筑前煮、美味しいよ。」


「な~に?改まって。照れるやないの。」


まりは微笑みながら、ゆりを見つめる。

ゆりはそれ以上何も言わず、食事を進める。

黙々と食事を進める娘に、母は言葉をかけた。


「・・・いつでも帰ってきなさい。」


娘は母を見つめる。

胸に熱いものがわきあがった。

涙が出そうになるのを堪え、ぽつりと言葉を紡いだ。


「・・・ありがとう。お母さん。」



翌朝。

ゆりは佐川家を出た。

いつも実家に帰った時は、泊まってから直接出勤していた。

しかし今回は事前に休みを取り、違う場所に向かう予定だった。

『SHALLYA』で『オウル』と待ち合わせをしていたのだ。


― ・・・俊、ごめんね。


ゆりは俊太郎に、この事情を話していない。

話せば必ず介入してくるのが分かったからだ。


― この件は、巻き込みたくない。

  いや、これからもずっと。

  『力』を使う事象を遠ざけたい。



とある某ファーストフードの店内で、大量のポテトを頬張る男がいた。

飲み物のコーラは特大サイズ。

ポテトも特大サイズが3個。

トレーに全部出されて、その容器がテーブルに転がっている。

山盛りのポテト以外の食べ物は、見当たらない。

その異様な光景を、カップルや親子が怖いもの見たさで気にしている。

当の本人はその視線に構わず、それを鷲掴みにして

食事を堪能していた。

男は20代前半に見える。

頬に走る一本の傷。

右耳に、大黒天のピアスが鎮座する如く光る。

テーブルに置かれていたスマホが、バイブレーションで小刻みに動く。

ポテトの油でべとべとになった手をナプキンで丁寧に拭き取った後、

スマホを取る。

画面を見て、男は指でスワイプさせた。

スマホを耳に宛がい、面倒くさそうに話す。


「何や~?今大事な食事中やってんのに~。

 後にしてくれや~。」


《相変わらずな奴だなぁ、お前は。緊張感なさすぎ。》


「今ポテトが安いんや。ぎょうさん食べれるのも今のうちなんやで。

 早く揚げたて食わな失礼やろ~。」


《知るか。・・・お前、稼いでるだろ。

 もっと身体に良いやつ食べろよ。》


「ポテトを馬鹿にせんといてや。俺にとって最高の御馳走やで。

 ・・・俺の稼いだ金はぜーんぶ弟のもんや。知っとるやろ。」


《・・・ああ。》


「言わせんでくれや~。」


《すまない。》


「で~?こんな時間に何や?珍しい。」


《・・・大きな仕事がある。》


「おお。俺みたいな三流でもいけるやつか?」


《・・・分からん。》


「何やそれ。持ちかけておいてそれはあんまりや。」


《本城が関わっている。》


『本城』の単語に、男は敏感に反応した。

あるメイドの姿を頭の中によぎらせ、歓喜の身震いをする。


「またか!・・・前の件からまだちょっと肩の調子が悪いんやで。

 あまり気が進まへんけど~。

 仕事じゃなくて、個人的にメイドさんには会いたいけど。」


《いや、違う。》


「はぁ?」


《目標は本城じゃない。

 今度本城が、『相田あいだグループ』と業務提携する。

 情報によれば、相田と本城は旧知の仲で、

 相田の社長息子と本城の御令嬢は内密で婚約しているらしい。

 本城大和が死んで、急遽その縁談が進んだという。

 来週の日曜日にその正式な発表をするらしい。》


「・・・ほぉ。で?」


《そのパーティーに来賓する、国の大物が目標だ。

 臓器売買の根源だと言っていい。

 ・・・依頼の詳細は、お前からの返答次第だ。どうする?》


「・・・・・・」


男の双眸には強い光が灯っている。

口の端が吊り上がり、言葉を紡ぐ。


「・・・おもろそうやな。パーティーか。

 俺もおめかしせんでええか~?」


《・・・依頼を受けるんだな?》


「当たり前やろ。そんなおもろそうな依頼、断るわけないやろ。」


《・・・分かった。》


「メイドさんに会えるかなぁ。俺、ほんまに惚れてもうたかもしれん。」


《知らん。

 ・・・今回の依頼は大きすぎて、各同業者も手をつけない。

 それでもやるんだな?》


「俺はやるで。おもろそうや。」


《・・・噂になっている情報がある。》


「噂?」


《『結女衣』が動くらしい。》


「・・・誰や?」


《お前とは比べ物にならない、一流だ。》


男は唸る。


「一流のお出ましか!それはますます楽しみやなぁ!

 挨拶しとかんとなぁ。」


《・・・大丈夫か?》


「大丈夫や。もし俺に何かあっても困らないようにしとる。

 三流の意地見せたるで~。」


《・・・今夜依頼を話す。》


男は電話の主から待ち合わせの時間を聞き、通話を切った。

目の前にある大量ポテトを見つめ、男は笑う。

特大サイズのコーラを手に取って飲むと、食事を再開した。


                 *


午後7時半頃。

大豪邸の豪華な鉄製の門扉の前に立つ、一人の女性がいた。

横髪を縦に緩く巻き、淡い紫色のミモレ丈ワンピースを身にまとっている。

目元が優しい、大きな二重の目は大豪邸に真っ直ぐ向けられていた。

女性はゆっくり歩いていくと、門扉の横にあるインターホンを鳴らす。

しばらくして、応答があった。


『・・・はい。どちら様ですか?』


「こんばんは、『早苗』です。お嬢様とお会いしたいのですが。」


そう告げた後、しばらくの間が空く。

女性― 『早苗』は静かに時を待った。


― ・・・『オウル』さんのメイクは凄い。

  自然に別人になれる力がある。


『早苗』― ゆりはふと、そう思った。

門扉が、音を立てて自動で開いていく。

その奥から、初老の執事が歩いてくるのが見えた。


「こんばんは。」


『早苗』は挨拶をすると、その執事に向かって丁寧に頭を垂れる。

執事は『早苗』の前に立つと、お辞儀をして静かに告げる。


「よくお越し頂きました。『早苗』様。ご案内致します。」


「少し早く参りましたが、大丈夫でしょうか?」


「はい。すぐにお通しするように承っております。」 


初老の執事― 葛西は先導するように歩き出す。

『早苗』はその後ろに付いて歩き出す。

後方から、門扉が緩やかに閉じていく音が聞こえた。

二人は屋敷の正面玄関ではなく、裏手の勝手口へ回り込んでいく。


「・・・『早苗』様。」


ぽつりと葛西が話しかける。


「・・・はい。」


「どうか、時間の許す限り・・・

 お嬢様のお話を拝聴してください。」


その切なる願いの言葉に、『早苗』は静かに頷く。


「・・・私では役不足かもしれませんが、そのつもりでいます。」


二人は勝手口から屋敷内に入る。

入ってすぐの所に、一人のメイドがいた。

背筋が綺麗に伸び、厳かな表情を浮かべる淑女。


「よくお越しくださいました。」


葛西と同様に、メイド― 萩野はお辞儀をする。


「どうぞこちらへ。」


そう言って葛西は再び歩き出す。

屋敷の廊下は人気が無く、静かだった。


― ・・・葛西さんも、萩野さんも・・・

  ひどく疲れている様子だ。


紳士と淑女には、以前の覇気がなかった。

前を歩いている葛西の背中が、とても小さく見えた。

葛西はある部屋の扉の前に立つ。

それは、『早苗』が見覚えのある扉だった。

葛西は、こんこんこん、と三回ノックをする。


「お嬢様。『早苗』様がお越しになられました。」


その一声に、すぐ部屋から応答がくる。


《どうぞ。》


葛西は扉を開ける。

頭を垂れ、扉の側に立つ。

『早苗』は促されるまま部屋に入った。


「会いたかった・・・!『早苗』さん!」


部屋の主の声音は、とても明るかった。

しかし、『早苗』はその声の主を目にして、胸を痛める。


「お嬢様・・・少しお痩せになりましたね。」


声の主―茜は、そう言われても嬉しそうに笑う。


「そうかしら?最近忙しくてあまり食べてないからかな・・・

 さぁ、ここに座って。」


茜は部屋にあるアンティーク調のテーブルに、『早苗』を促す。

『早苗』は静かにそのテーブルの椅子に腰を下ろした。

『早苗』は小さく微笑み、自らも向かい合うように椅子に腰を下ろした。


「来てくれて本当にありがとう。

 ・・・ごめんなさい。わがままなお願いを聞いてもらって。」


『早苗』は微笑んで首を横に振る。


「私もお嬢様に会えて嬉しいです。」


その言葉に、茜は顔を綻ばせた。


「・・・あのね。『早苗』さんに報告があるの。

 私ね、実は小さい頃から決められた婚約相手がいるの。

 お父様の友人で、相田様というのだけど・・・その方のご子息。

 来週の日曜日、正式に婚約するの。」


『早苗』は静かに茜の話を聞く。


「・・・正直ね、この前の身勝手な行動も・・・

 この事が受け入れられなかったのが原因の一つだったの。

 ・・・私には片思いの人がいたから。」


その言葉に、『早苗』は俯く。


「でもね。きっぱりフラれちゃったから・・・

 婚約を前向きに考えるようになったの。

 その事だけじゃなくて、本城グループが生き残る手段でもあったから。

 ・・・今、私はお父様のように人を引っ張る力も動かす力もない。

 みんなを路頭に迷わせたくないの。・・・力をつけて、

 みんなを引っ張れるようにならないとね。」


茜の目に灯る光は、とても力強かった。

『早苗』はその目を真っ直ぐに受け止める。


「相田様はとても良い方なの。お父様が亡くなってからずっと

 支えてくださって・・・

 『本城』の名前を残してくれる事も約束して頂いた。

 その方のご子息なら、きっと良い方だろうなって思うの。

 小さい頃一度お会いした以来、その方とは顔を合わせてないけどね。

 ・・・最近どんな方だろうって、考えるようになったの。

 優しい方だといいな。」


絶えず茜は笑顔を崩さなかった。

『早苗』はただ、話に耳を傾ける。


「結婚は私が高校を卒業してからかな。

 勉強をたくさんしないとね。みんなを引っ張れるようになりたいから。

 ・・・婚約発表のパーティーは、東京のホテルで行われるの。

 国に携わる方もいらっしゃるそうで・・・ちょっと気が引けて。

 だから、もし良ければ・・・傍にいてくれないかしら。

 いてくれるだけでとても心強い。」


茜は頭を下げる。


「パーティーの間だけでいいの。

 ・・・お願いします。『早苗』さん。」


肩が小刻みに震えていた。

それを察し、『早苗』は優しい声音で言う。


「・・・頭を上げてください、お嬢様。」


その言葉に、茜は素直に顔を上げる。


「私が今日、ここに参りましたのはお嬢様のお傍にいる事は勿論、

 婚約パーティーの件の事を話に参りました。

 ・・・同業者が、その国に携わる方の命を奪いにきます。」


茜の顔が青ざめる。


「え・・・?『多岐川たきがわ』様を?」


「はい。お嬢様は私がお護り致します。

 この話は、心に留めておいてください。」


「・・・はい。」


顔を青ざめさせていたが、『早苗』の言葉に茜は顔を綻ばせる。


「・・・ありがとう。お言葉に甘えます。

 こんな事言える立場じゃないけど、『早苗』さんも気をつけて。

 互いに無事じゃないと嫌よ。」


「・・・はい。」


「・・・ねぇ。一緒に食事しましょう。

 用意させているの。いいでしょ?」


『早苗』は頷く。

そして互いに笑い合う。

二人の心は通い合っていた。

嵐の前の、ささやかな晩餐。

静かに、和やかに時間は過ぎていった。



午後10時を回った頃。

ゆりはときの家に帰り着いた。


「ただい・・・」


“ま”を言い終われず、ゆりは目を見開く。

待ち構えるように、玄関に俊太郎が立っていたのだ。

ゆりは変な動機を感じながら、言葉を投げる。


「・・・ど、どうしたと?お出迎えなんて。」


ゆりの問い掛けに、俊太郎は何も返答しない。

ただ、じっとゆりを見据える。

しばらく見つめ合う時間が過ぎる。

無言の重圧に耐えるゆり。

俊太郎はようやく、ぽつりと言葉をこぼす。


「・・・おかえり。」


「・・・ただいま。」


「・・・帰ってくるの、遅くないか?」


「・・・別にいいやろうもん。大人ですから。」


「・・・食べてきたのか?」


「・・・うん。おばあちゃんに連絡してたと思うけど。」


「誰と?」


俊太郎は刺すような視線を送る。

ゆりは内心、気が気じゃなかったが平静を装う。


「誰とでもいいやろ。」


「蔵野って男とか?」


意外な名前が出て、ゆりは驚く。

俊太郎の心情を感じ取り、我慢できず噴き出した。


「え、なに。嫉妬してるん?」


俊太郎もゆりの言葉が意外だったのか、つられるように笑う。


「え、これって嫉妬なのか?」


「私が聞いとるっちゃけど。」


「いや、こんな気持ちになったの初めてでさ。・・・そうだよな。

 これって嫉妬なんだよな。」


妙に自分で納得している俊太郎を見て、ゆりは笑った。


「ちょっと懐かしい友人と食事してきただけ。

 蔵野さんとは、あれ以来プライベートでは会ってないから。」


「・・・そうか。まぁ、それならいいけど。」


俊太郎は、複雑そうな表情を浮かべながら廊下を歩いていく。

ゆりは靴を脱いで、その後を追う。

俊太郎の後ろ姿に、ゆりは心をくすぐられた。

駆け寄って、そっと腕を取る。


「・・・変だけど、何か嬉しいもんやね。ありがと。」


俊太郎はゆりの行動と言葉に、目を見開いた。


「・・・嫉妬されて嬉しいって、おかしくないか?」


ゆりは笑うだけで、何も言葉を返さなかった。

俊太郎は首を傾げるが、

ゆりの嬉しそうな様子を見て自然に笑顔になる。

階段を上っている途中で、俊太郎が言った。


「・・・ゆり。」


「ん?」


「めいっぱい抱きしめていい?」


そのお願いに、ゆりは我に返ったかのように俊太郎から離れた。

そして、先に階段を上っていく。


「あ、おい。ちょっと。」


俊太郎は慌ててその後を追う。


「すぐ調子に乗るんやから・・・」


「乗るだろ~。寄ってこられたら。」


「はいはい。」


「はいはい、て・・・何か扱い雑だな。」


階段を上り、ゆりは自分の部屋の前まで行くと、

立ち止まって俊太郎の方に振り向く。

俊太郎も足を止め、ゆりと向かい合う。


「・・・・・・いいよ。」


恥ずかしそうに顔を俯かせながら、ゆりは言葉をこぼした。

その意味を理解し、俊太郎はいたずらっぽく微笑む。


「え?何が?」


「・・・・・・だから、どうぞ。」


「意味が分からない。」


俊太郎の意地悪さに、ゆりは頬を膨らませた。

眼鏡を外し、手持ちの鞄をその場に置くと、

顔を真っ赤にさせて、両腕を広げる。

それを見て、俊太郎は満面の笑みを浮かべた。

ゆりの元に歩いていくと、身体を包み込むように両腕を回す。

そして、ぎゅっ、と抱きしめた。

それと同時に広げた両腕を俊太郎に回し、ゆりも抱きつく。

胸板に顔を押し付つけるように、力を込めた。

まぶたを閉じ、小さく呟く。


「・・・・・・足りない。」


その声音は、微かに震えていた。

その呟きを聞き入れ、俊太郎は抱きしめる力を強くする。

しばらくの間、二人はそのまま抱き合っていた。

小さく震えるゆりの身体に、俊太郎は気づいた。


「・・・どうした?何かあったのか?」


その優しい問い掛けに、ゆりは何も答えなかった。

その代わりに、俊太郎に回した両腕の力がさらに強くなる。

ゆりの様子を感じ取り、俊太郎はそれ以上何も言わなかった。


その夜、

二人の身体は繋がり、深い闇の静けさに溶け込む。

誰にも、その時間を知られることなく。


                 *


日曜日早朝。

某大学病院のCCU(心臓血管疾患集中治療室)に

深く眠り続ける一人の少年がいた。

複数のカテーテルに繋がれ、酸素マスクから小さな呼吸が聞こえる。

その少年を見守る一人の男。

男は、静かに語り掛けた。


「・・・ほな、兄ちゃん行ってくるで。もう少しの辛抱や。」


紡がれた言葉と、見守る瞳は優しく温かい。

男はCCUから出て行く。

出ると同時に、表情は変わった。

身に纏うものは、殺気。

風を切るように歩いていく。

鋭い目に宿る強い光。

男の足取りは、全てを蹴散らすかのようだった。



同時刻。

某ホテルの一室。


閉めたカーテンの隙間から、朝日の光が漏れている。

女はゆっくり、ベッドから起き上がった。

ドレッサーの前には黒のスーツケースが置かれ、

ベッドの傍らにはギターのハードケースが立て掛けられている。

女は片手で迷彩柄のような髪をかき上げ、ベッドから降りた。

身に着けているのは、濃い緑のタンクトップとパンツ。

あらわにする左腕には、黒い蓮のタトゥーが刻まれていた。

ゆっくりテーブルに歩み寄る。

テーブルにはコップ一杯の水と煙草、

そしてスマホが置かれている。

女はコップを手に取り、一気に飲み干す。

空になったコップをテーブルに置き、ギターケースに目を向けた。

その双眸には、何の色も浮かんでいない

それに近づき、両手で持ち抱える。

ベッドの上に置くと、ダイヤルを回し鍵のロックを外す。

金具のボタンをスライドさせ、蓋を開けた。

中に入っているのは、ギターではない。

ばらばらになったパーツを、女は慣れた手つきで組み立てていく。

出来上がったのは、ボルトアクションの狩猟用ライフル。

何の感動も、何の感情もなく、女はそれを扱う。



エグゼクティブフロアでは、パーティーの身支度が行われていた。

茜は、鮮やかな深紅のエンスパイアラインドレスに身を包む。

髪を後ろにまとめ、

身に付けられた装飾品は華やかな印象を引き立たせている。

その茜の傍に立つ『早苗』は、紫色のミモレ丈ドレスに身を包み、

装飾品は控えめに身に付けている。

茜と同じく髪を後ろでまとめ、清楚な印象を受ける。

その二人の元に、紳士と青年が歩いてくる。

紳士のオールバックの髪は、白髪に近い。

紺色のスーツに、シルクのポケットチーフ。

洗練された身のこなしと、

顔に刻まれた皺は、貫禄を感じさせた。


「おはよう、茜さん。」


紳士は微笑んで、茜に挨拶をする。

茜は丁寧に頭を垂れ、微笑む。


「相田様。おはようございます。」


「いや、とても美しい。沙織さんの生き写しだね。」


そう言われて、茜は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「ありがとうございます。」


「本城も、あなたが成長する度にそう思っていただろう。

 ・・・これからは私の事をもっと頼ってくれ。いいね?」


「・・・はい。」


「私の倅を改めて紹介するよ。」


紳士の後ろで控えるようにして立っていた青年が、茜に向き合う。

青年はフォーマルスーツを身に纏う。

お辞儀をして、柔らかな表情で言葉を紡ぐ。


「初めまして、茜さん。隆祐りゅうすけと申します。」


「初めまして。本城茜です。」


茜もお辞儀をする。

互いに目を合わせると、照れたように微笑み合う。

その雰囲気を感じ取り、『早苗』は優しく見守っていた。


― ・・・この二人は護らないといけない。

  この出逢いと縁は、御令嬢の道を光に導く。

  そして、今後の未来の為にも。



相田あいだ 正克まさかつ』。


日本の医薬品産業に改革的な旋風を巻き起こし、

世界にその名を広めた人物である。

彼の研究と論文が認められ、国の支援を受け『相田製薬工業』を設立。

主に遺伝子疾患に重点を置き、新薬を開発している。


多岐川たきがわ 秀仁ひでひと』。


厚生労働省、厚生労働副大臣。

『相田製薬工業』の支援の柱となる人物である。

医学博士の称号を持つ彼は、画期的な先進医療を打ち出している。

世界水準の低い日本の医薬品産業に力を注ぎ、日々政策を模索。

その行動力と積極的な改革に、国民からの信頼も厚かった。



午前11時半頃。


パーティーに来賓する客の車が、次々に到着していた。

その中から降り立つ一人の紳士。

滲み出る貫禄は、迎え入れるホテルマン達を気づかせた。

その数人が、急いで出迎える。

紳士を護るように、取り囲むスーツの男達がいた。

その数は10人。

男達は、紳士のSPセキュリティ ポリスだった。

SP達の中に、一人の淑女が紳士の背後にいる。

凛とした表情と、隙のない足取り。

紳士と同じく、重ねた年齢を感じさせない趣だった。

白髪を後ろでまとめ、

見事な鳳凰の刺繍が施されたチャイナドレスを身に纏っている。



バンケットフロア(大宴会場)では、

サーブされた飲み物や軽食を取り、来賓客が会話を楽しんでいた。

会場入り口付近で、

茜と隆祐がレシービングライン(立礼)を行っている。

『早苗』はその二人の後ろで、控えるように立っていた。


「多岐川様。」


隆祐が声を上げる。

紳士―多岐川は茜と隆祐の元に歩いていくと、にこやかに笑う。


「二人とも、この度はおめでとう。実に喜ばしい。」


「ありがとうございます。」


二人は多岐川に向かい、丁寧に頭を垂れる。

『早苗』はその行方を見守っていた。

ふと、多岐川の後ろに控える男達を見る。

その中にいる一人の淑女に目を留めた時、

この上なく目を見開いた。


― ・・・おばあちゃん・・・!!


チャイナドレスを身に纏う淑女。

紛れもなく、ゆりの祖母― ときだった。

『早苗』は淑女から視線を外す。


― なんで・・・?

  どうしておばあちゃんがここに・・・?


動揺の波を必死に抑える。

淑女は『早苗』に気づいていた。

しかし、視線を『早苗』に向ける事はなかった。

茜、隆祐二人と会話を交わし終えると、

多岐川は会場内に入っていく。

その後をすぐ追う淑女。

SP達は、多岐川の周りにつく者、会場内の警備につく者と

二手に分かれた。


「隆祐様、茜様。パーティーを開始致します。

 どうぞ中にお入りください。」


ホテルの黒服が、二人を促す。

隆祐と茜が会場に入ると、来賓客達は拍手で迎えた。

二人はその拍手の中を歩いていく。

明るい表情を浮かべ、微笑みを見せる茜。

隆祐も笑顔でその拍手に応えた。

『早苗』は少し離れた所から、二人の後を追う。

淑女は『早苗』を見つめていた。

その視線に、『早苗』は気づく。

今度は淑女と目を合わせる。

それは一瞬の出来事で、『早苗』はすぐに視線を外した。


― おばあちゃんは、私に気づいてる。

  ・・・私の『先読み』では、

  おばあちゃんの存在は見えなかったのに・・・

  力が及ばない何かがあるの・・・?


祖母ときに聞きたい事が沢山あった。

『早苗』は息を整え、深呼吸する。


― ・・・今は集中しよう。


そう言い聞かせ、『早苗』は二人の後を追った。

フロアのステージには、相田が待ち構えていた。

隆祐と茜はそのステージに上がる。

中央にあるマイクスタンドのマイクを取り、

相田は来賓客に向けて言葉を紡ぐ。


「本日は、ご多忙のところ恐れ入ります。

 この度、親交深い多岐川秀仁様にお立ち会い頂き、

 この場を借りて、正式に相田隆祐と本城茜の婚約を致します。

 未熟者の二人ではございますが、どうかよろしくお願い致します。」


隆祐と茜は、深くお辞儀をする。

会場は温かい拍手で包まれた。

黒服に促され、多岐川がステージに上がる。

相田は多岐川に向かって頭を垂れ、マイクを手渡す。

多岐川が、会場の来賓客に身体を向けようとした時だった。


― ・・・!


『早苗』は動く。

しかしその前に、動いた者がいた。

多岐川はその者に腕を引っ張られ、身を崩す。

来賓客達と相田達は、何が起こったのか理解できなかった。

SP達もその出来事に戸惑った。

次の瞬間、銃弾が壁にめり込む。

空を切ったその場所は、多岐川が立っていた所だった。


「銃撃だ!!!」


誰かが大きな声を上げる。


その一声は、会場の空気を変えた。


悲鳴を上げて逃げ惑う者が、

会場を抜け出そうと入り口に目掛けてなだれ込む。

SP達が懐から拳銃を取り出し、

多岐川のいるステージに駆けつける。


「来てはいけない!」


淑女が言い放つ。

しかしそれを無視して、

多岐川に付いていた5人のSP達はステージに上がり、

弾丸が飛んできた方向に目掛けて構える。

その方向は、会場の天井だった。

その一人が、糸が切れたように倒れる。

また一人。

ときは唇を噛む。

倒れたSPの眉間に1発の弾痕。

いずれも正確に撃ち込まれている。

それを目の当たりにして、多岐川の顔が青ざめる。

相田と隆祐、茜も凍りついた。

倒れた仲間を見て、SP達は顔を険しくさせる。

警備についていたSP達は、その光景を目にして動けずにいた。

その中、『早苗』は素早くステージに上がる。

皆が凍りつく間の、一瞬の行動だった。

ステージに残されたSP達は多岐川の前に立ち、

盾になりながら銃撃する。

その音は凄まじい。

大きな耳鳴りが襲った。


「『早苗』さん!」


茜は『早苗』にすがりつく。

『早苗』は言い聞かせるように告げる。


「この隙に会場から出てください。

 標的とされるのはあなた方ではありません。今なら抜け出せます。」


相田と隆祐は素直に聞き入れる。

隆祐は茜の手を取り、なだめるように言った。


「行こう。あなたは僕が護る。」


力強い言葉に、茜は涙ぐみながら頷いた。

『早苗』は三人を護るように先導する。

様子を窺いながらステージを下りる。

三人は頭を低くさせて、入り口に向かう。

もうすでに、ほとんどの人間が会場から抜け出していた。

三人が無事会場から出て行くのを見届けると、

『早苗』はステージに向き直る。

凄まじい銃撃の音は止んでいた。

ステージにいたSP全員が、床に倒れている。

『早苗』は多岐川とときに目を向けた。

その時、再びときは動く。

多岐川を引き寄せ、伏せる。

壁に弾丸がめり込む。

いずれも多岐川のいる場所の空を切る。

銃撃に、音がないのが不気味だった。

多岐川は腰を抜かし、ときに引っ張られるままだった。

残されたSPたちは、外部に応援要請し、

どうする事もできず見守るしかなかった。


「おーおー、戦場やなぁ。」


緊迫する空間に、間の抜けた声が入り込む。

その声を聞き、身震いをした。

『早苗』は声のした方向を見る。

声の主は満面の笑みを浮かべている。


「メイドさん!ご機嫌うるわしゅ~!」


男―『道頓堀』は、とても嬉しそうに言う。


「会いたかったで~。おめかしして綺麗やなぁ。

 せやけど~、個人的にメイド服の方がええなぁ~。」


『早苗』は『道頓堀』を睨みつける。

対照的に『道頓堀』はのんびり言った。


「そんな怖い顔せんといてぇや。

 ・・・まぁ、そんなメイドさんもごっつぅええけど。」


多岐川を狙った、3回目の銃撃。

それも空を切り、壁にめり込む。

その光景を見て、『道頓堀』は感嘆する。


「・・・あの綺麗なばあさん誰や?神業やなぁ。

 メイドさん知り合いか~?」


「・・・・・・」


「おお、大丈夫やで。浮気はせぇへん。

 ・・・メイドさんと再戦したいところやけどなぁ。

 俺も三流やけどプロなんや。

 あっちが目標やさかい、行かせてもらうわ。」


「そうはさせない。」


「・・・うーん、なるほど。邪魔するなら再戦出来るなぁ。

 メイドさん頭ええわ。」


『道頓堀』の目に強い光が宿る。

殺気を感じ、『早苗』は身構える。


「俺は意外とクールなんやで。

 この会場は俺の『力』で孤立させとる。

 一流さんも、オマケで入れとるけどな。

 外部の邪魔は出来ひん。

 ・・・どーや?惚れてもうたか?」


笑いながらそう言った後、『道頓堀』は動いた。

駆け出した先は、多岐川とときのいるステージ。

『早苗』は後を追う。

SP達が『道頓堀』の行動に反応し、立ち塞がった。

拳銃を取り出し、『道頓堀』に構える者もいた。


「容赦せぇへんで。覚悟しぃや。」


『道頓堀』は胸元からサバイバルナイフを取り出す。

SPとの交戦が始まった。

『早苗』は、『道頓堀』に隙が生まれる瞬間を窺う。

しかしその隙が生まれる間もなく、『道頓堀』はSP達を無力化させていく。

サバイバルナイフが首元を確実に切り裂く。

『道頓堀』の恐ろしく速い動きに、SP達は戸惑いを隠せなかった。

たまらず銃撃するが、その弾は空を切る。

恐ろしく速いナイフさばき。

そして踏み込みの強さ。

『早苗』は強く嫌悪する。


― 許せない。

  伝統ある拳法を、命を奪う為に活用するなんて。


ほとばしる血潮。

その真ん中に立つ台風の目。

SP達は、その豪風に倒れていく。

『早苗』は考えを切り替えた。

ステージに目を向けると、二人の姿が見えなかった。

交戦から離れ、『早苗』はステージに向かう。

ステージに上がって見回すと、

多岐川とときは、ステージの袖に隠れるようにいた。

『早苗』は、二人の元に行こうとしたその時。

後ろから恐ろしく鋭い視線を感じ、注意深く振り向く。

そこに立っていたのは、一人の若い女。

その女の目を見て、『早苗』は背筋が凍りつく。

深い闇。

何も灯らない瞳。

女― 『結女衣』は、全身黒のボディスーツを身に纏っていた。

防弾ベストを羽織っており、狩猟用ライフルを背負っている。

右手には拳銃が握られていた。


「・・・弾が当たらない相手なんて、久しぶりね。

 近距離ならどうかしら。」


『結女衣』は感動もなく呟く。

淑女は『早苗』の前に出て、女と向き合う。


「下がっていなさい。」


― おばあちゃん!


心の中で、ゆりが叫ぶ。

『早苗』はそれを抑えて、告げる。


「あなたは多岐川様の傍にいてください。」


淑女は首を横に振る。


「お前さんでは、この者を受け止めきれない。」


そう言葉を放つと、淑女は手で『早苗』を後ろに突き飛ばす。

その不意打ちを避けられず、多岐川のいる場所へ倒れ込む。

『結女衣』は素早く拳銃を構え、連続して銃撃する。

その音はなく、空を切って壁にめり込む音だけが響いた。

銃撃の音がしないのは、非常に不気味だった。

拳銃にも、ライフルにも、サプレッサー(抑制器)は装着されていない。


― さっきも音がなかった。

  SP達の拳銃は、かなり大きい音がして耳鳴りが凄かったのに。


「一流さんの別名は、『サイレントキラー』や。

 音を消す、恐ろしい『力』を使って目標を沈黙させる。」


のんびりした声が横から聞こえ、

『早苗』はすぐさま身構えた。

『道頓堀』は、『結女衣』と淑女の交戦を眺めている。

ステージの下には、息絶えたSPが天を仰いでいた。

銃撃を避け、淑女はふわりと『結女衣』の懐に入り込む。

その流れに乗り、発勁を繰り出す。

それを『結女衣』は紙一重で避ける。


「・・・面倒ね。」


短く言葉を吐き出すと、

『結女衣』は拳銃をホルスターに直し、構えた。

片足を鋭く突き出す。

それは淑女の脇腹をかすめる。

攻防は、どちらも引けを取らなかった。


「俺たちも楽しもうで~。」


その言葉に、『早苗』は険しい顔になる。


「そんな顔せんといてや。可愛い顔が台無しやで~。」


「・・・・・・。」


『早苗』は多岐川の前に立ち、『道頓堀』を見据える。

『道頓堀』は両腕を構え、笑みを浮かべる。

その挑発に、『早苗』は黙っていなかった。

ステージで繰り広げられる、二つの死闘。

それを、狙われた張本人は震えながら見守った。


「・・・埒があかないね。」


ハスキーボイスがこぼれる。

淑女は静かに対峙する。


「思い出したおとぎ話があるけど・・・

 『リウ 玉玲ユーリン』ってあんたの事?」


その名前に、淑女は小さく笑った。


「あなたのような若い人に知られているなんて、不思議だね。」


「現実に生きてるとは思わなかった。」


「ほほっ。」


「当たってる?」


「・・・そうだね。その名前は当たってるよ。」


「じゃあ・・・」


『結女衣』は、ちら、と『早苗』に目を向ける。


「あの女は『劉 玉玲』の弟子?」


そう問いかけられた後、淑女は、はっとした。

『結女衣』はホルスターから拳銃を素早く取り出し、構える。

銃口は、『早苗』に向けられていた。

指が、トリガー(引き金)に掛けられる瞬間、

淑女の掌底が打ち込まれる。

それは、拳銃を構えた『結女衣』の手に命中する。

その衝撃で、拳銃が手から離れ床に落ちる。

そして次の掌底で、『結女衣』の身体を突き落とした。


淑女は違和感を覚える。

手応えがなかったのだ。

まるで、倒されるのを望んだかのように。


床に倒された『結女衣』の動きは素早かった。

息絶えたSPの身体の横に落ちていた拳銃を取り、構える

それは音もなく銃撃された。


弾丸は空を切り、命中する。


『早苗』はそれに気づいた。

振り返る。

すると、眉間に弾丸を受け、絶命した多岐川の姿が目に飛び込んだ。


「・・・あーあ。先越されてもうたなぁ。」


残念そうに『道頓堀』が呟く。

『早苗』はその、あっという間の出来事に言葉を失う。

一発の銃撃が、死闘の幕引きとなった。

『結女衣』は自分の拳銃を拾い、音もなく去っていく。

その後を追おうとした『早苗』を、淑女は止めた。

目で訴える『早苗』。

その目を受け止め、見つめ返す淑女。


「もう少しメイドさんと一緒にいたかったけど~。幕引きやな。

 ほな、また会おうで。今度個人的に連絡先教えてな~。」


名残惜しそうに言い、『道頓堀』もこの場を去っていく。

『早苗』は淑女に制され、ただ呆然と立ち尽くした。


二つの嵐が去り、時間軸が戻る。

残されたのは、惨劇。

そして、絶望。

その中に立つ、二つの光。

幕引きと共に、新たな幕開けを導く。


                 *


『劉 玉玲』


その名は、『あちら側』で伝説の『護り屋』として語られていた。

実情を知る者は、少ない。

ゆりはその伝説を、その本人から聞く事になる。



            ・・・To be continued





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― 新着の感想 ―
[良い点] 筑前煮キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!! 久しぶりに実家にかえったときって、特に「ああ〜……」って感じですよね!!(*´`*) 懐かしい感じ、落ち着く感じ。 その中に時の流れを感じるものが…
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