消えない灯
事件から一ヶ月が経ち、ゆりと『瞬』にはある変化が生じていた。
心に灯る、小さな熱。それは力強く根付き、やがて大きな情熱に成長する。
しかし、互いに想い合う心が葛藤を生み、すれ違いが起こる。
5
あの一件から一ヶ月が過ぎた。
季節は初夏を迎え、じっとりと汗をかく日々が続いている。
時刻は午後12時前。
海星高校では、一学期最後のホームルームが行われていた。
カーテンを閉めて外気と遮断し、
冷房を稼働している教室でも若干汗ばむ程だった。
無造作な髪を、汗を拭うようにかきあげる少年。
大きな二重の瞳は、ある席に向いていた。
その席には誰も座っていない。
― ・・・茜はあれから学校を休んでいる。
担任の話では、体調不良で休学するとの事だ。
事実はきっと、対応に追われているのだろう。
メディアでは、『本城グループ会長・心筋梗塞で死亡』と報道されていた。
『河凪 正巳』は、会社の利益を着服していたという容疑がかけられ、
逮捕されたという。
・・・情報操作しなければ収拾がつかない程、
事態は多方面に広がっていたのだろう。
「よし、今から成績表を渡すぞ。名前を呼ばれた者から取りに来てくれ。」
『成績表』の言葉に、教室中の生徒は思い思いの声を上げる。
担任が次々に名前を呼び出しては、一言声をかけながら成績表を渡していく。
その中身を見て、喜んでいる者もいれば、落胆している者・・・
少年は、眺めるようにその光景を見ていた。
「高城!」
担任が、少年の名前を呼ぶ。
少年― 高城俊太郎は席を立ち、教壇へ歩いていく。
担任は成績表を差し出し、俊太郎を一瞥する。
その顔には笑みが浮かんでいた。
「よく頑張ったな。」
担任は短く告げる。
俊太郎は会釈して成績表を受け取り、自分の席に戻っていく。
席に着くと、俊太郎は成績表を広げた。
「うわっ!!マジか!?すげぇ!オール5なんて、初めて見た!!」
俊太郎の後ろの席から、声が上がった。
その一声で、歓声が上がり、騒然となった。
俊太郎は、すぐさま後ろを振り返る。
そこには、少し髪を茶色に染めた男子生徒が、
満面の笑みを浮かべていた。
「こら岸本!静かにせんか!!」
担任の喝が飛び、生徒たちは静まった。
男子生徒― 『岸本』は、こそっ、と自分の成績表を俊太郎に見せる。
「ひでぇだろ?見事なオール2!・・・それに比べて、高城はすげぇな。」
「・・・・・・」
俊太郎は言葉を返さず、正面を向いたままだった。
無視されても、岸本は言葉をかけるのをやめない。
「高城さぁ。みんなから、すげぇ興味を持たれてんの知ってるか?
話しかけたくても出来ないでいるんだ。何かオーラっていうの?
近寄りがたいっていうかさ。」
「・・・・・・」
俊太郎は返事する事無く、前を向いたままだった。
「なぁ。そんだけすげぇっちゃけんさ。ちょっとはじけてみたらどうよ?
すぐに人気者になるぜ~。お前イケメンやしさ。」
担任が次々と成績表を渡しているのを、俊太郎は眺めている。
何も返事をしない俊太郎の肩に、岸本は手を、ぽんっ、と置く。
「俺とダチにならねーか?」
置かれた手を、俊太郎は容赦なく払い落とす。
「・・・断る。」
岸本は顔を輝かせた。
「かっけぇ!ばりクールだなお前!俺さぁ、ずっとお前と喋りたかったんだよ。」
― 喋った内にならんだろうが。
俊太郎は心の中で、そう思った。
「成績表ももらったし、これから遊びに行こうぜ!夏休みだろ?
・・・まさか、『遊んでる暇はない』とか言うんじゃないだろうなぁ?」
一方的で強引な岸本に、俊太郎は、ふぅ、と息をついて言う。
「・・・やめとけよ。俺と絡んでも、何も面白くないから。」
「おっ!いいねぇ。お前が言うと様になるなぁ。」
意気揚々とする岸本に、俊太郎は何とも言えない心情に陥る。
― ・・・変な奴だ。
それが岸本の第一印象だった。
成績表を渡し終えた担任が、声を上げる。
「明日から夏休みだが、その夏休みこそ、今後の進路に左右すると思え。
一年生だからといって、油断していると後で後悔するぞ。
夏期講習を受けたい者は、ホームルーム終了後、私の所に集まるように。
以上で終わる。起立!」
教室の皆が、一斉に席を立つ。
「礼!」
担任の掛け声の後、皆お辞儀をする。
その後、解放されたように空気が和む。
俊太郎は机の中に入れていた筆記用具を鞄に入れて、教室から出る。
その後を追うように、岸本も鞄を持って出ていく。
早足で歩く俊太郎に、小走り気味で横に並ぶ岸本。
俊太郎は、岸本を一瞥する。
岸本は、にっ、と笑いながら言葉をかける。
「なぁ、高城。バンドやらねーか?
お前のルックスだったら、すげぇ様になるだろうし。」
「・・・悪いが、興味ない。」
「ま、考えておいてくれよ。今俺含めて三人いるっちゃけどさ、
肝心のボーカルがいなくてさぁ。・・・ほら、これ!」
岸本は何かを、俊太郎に差し出す。
俊太郎はその勢いに負けて、立ち止まる。
差し出された物は、小さな紙切れだった。
それには、電話番号とメールアドレスが書かれてあった。
「気が向いたら連絡してくれ。そいじゃーな!」
岸本はそう言って、爽やかに去っていった。
俊太郎は、呆気に取られて見送る。
― ・・・何だ、一体。
渡された紙切れを、しばらく見つめる。
ふぅ、と息をつき、それを胸ポケットに入れると、
ゆっくり歩き出した。
*
海星高校は、博多駅から徒歩約10分にある。
電車に乗る為、俊太郎は博多駅に向かった。
容赦なく太陽の光が降り注ぐ。
額から汗が伝うのを感じた。
熱気溢れる雑踏の中を歩いていきながら、ふと思う。
― ・・・ゆりの所に寄ってみようかな。
博多駅からゆりの職場までは、目と鼻の先だった。
― 《『瞬』の彼女?》
・・・茜に言われた時は即答したが・・・。
“ゆりにとって俺の存在は何なのか?”
・・・彼女が幸せなら、俺はそれでいい。
こんな身体だしな・・・。
自分の境遇は普通じゃないし、経歴も詐称している。
“彼女がもし、想う男がいるなら?”
あれから、そればかり考えている。
“彼女にふさわしい男が現れたら?”
・・・俺は祝福するのか?いや、しなければならない。
博多駅の雑踏を縫うように歩き、大手家電量販店を目指す。
― ・・・俺は彼女と、一緒に歩く資格はない。
これから先、俺は『力』を全く使わないという自信がない。
彼女を護るために、俺は『力』を使うだろう。
危険な目に遭っている彼女を、傍観することはできない。
大手家電量販店に到着し、俊太郎はそのビルを見上げた。
― ・・・俺は彼女の傍にいられたら、それでいい。
*
『あかい堂書店』の事務所兼休憩所。
ロッカーが壁際に並び、
真ん中には簡易テーブルとパイプ椅子がある。
その部屋の端に、小さなデスク。
デスクには、書類やノートパソコンが置かれている。
狭い炊事場には、給湯器と簡易コンロが設置されていた。
ゆりはパイプ椅子に座り、
作って持ってきた弁当を簡易テーブルに広げて食べていた。
卵焼きを箸で掴み、口に運ぶ。
店内と通じるドアが、がちゃん、と開く。
「お疲れ様。」
入ってきたのは、30代前半の男だった。
長身で、中肉中背。スーツがよく似合っていた。
髪は、遊び過ぎずセットされていて、好印象を受ける。
「お疲れ様です、店長。」
ゆりはその青年に挨拶をする。
青年は笑みを浮かべると、デスクに歩いていき、椅子に座る。
― 『蔵野 恵吾』。
この『あかい書店』の店長。
「佐川さん。食事中に悪いけど、ちょっといいか?」
ノートパソコンを操作しながら、青年― 蔵野はゆりを呼ぶ。
箸を置き、ゆりは蔵野の元に行く。
蔵野は画面を指差して言う。
「来週の棚卸しで、この棚のレイアウトを変えようと思っているのだが、
君が考えてくれないか?」
「・・・はい、分かりました。」
「この前、君が考えてくれたレイアウトはとてもいいよ。
お陰で、本の売れ行きが良くなった。感謝しているよ。」
ゆりは、恐縮するように会釈する。
蔵野は椅子から立ち上がった。
「休憩中すまなかった。それじゃあ、よろしく頼むよ。」
「はい。」
「あ、それと・・・これ。」
蔵野は胸ポケットから、小さな紙切れをゆりに渡す。
「・・・僕のプライベートの連絡先。
今度食事にでも行かないか?」
その意味を理解し、ゆりは戸惑った表情を浮かべる。
ゆりの様子に、蔵野は優しく笑う。
「突然すぎたかな?・・・すまない。
無理にとは言わないよ。・・・じゃあ。」
颯爽と蔵野は去っていく。
ゆりは、手渡されたその小さな紙切れを見つめた。
― 『蔵野 恵吾』が、私に好意を抱いている事。
そして、このアクションが起こる事。
『先読み』で分かってはいた。
でも、いざ、こうして面と向かって言われると・・・
分かっていても動揺する。
・・・どうしよう・・・
放心気味で、ゆりはテーブルに戻り、椅子に座る。
食べかけの弁当を見ながら、思いふける。
― ・・・俊太郎。
私にとって彼は家族で、かけがえのない存在。
・・・でも本当に、家族として?
多分、私は少なからず彼を異性として見ている。
この気持ちは、はっきりしない。
家族同然で、一緒に過ごしてきたせいやろうか?
食欲が失せて、ゆりは箸を直す。
― 『本城 茜』の件では・・・
彼が、彼女を護る姿を見て、なぜか安心した。
・・・その感情ってなんだろう?
弁当箱の蓋を閉め、弁当包みで覆う。
― 彼が幸せになるなら、私は何でもする。
その気持ちははっきりしている。
彼が、他の誰と共に歩んでも、それが彼の望むものなら最高だ。
この先、私といたらきっと彼は『力』を使う事になる。
そうならない為に・・・私は彼を突き放した方がいいのかもしれない。
小さい紙切れを握りしめ、ゆりは俯いた。
― ・・・彼の『幸せ』は何?
*
「ただいま~。」
午後7時を過ぎた頃、ゆりは帰宅する。
廊下を歩いていき、居間に直行した。
「・・・おかえり~。」
居間では俊太郎が、
Tシャツとハーフパンツ姿でくつろぎながらテレビを見ていた。
ゆりはその姿を見て、息をつく。
それから自分の部屋に向かう。
それを確認した後、俊太郎は小さく息をつく。
― ・・・結局会わずに帰ってきてしまった。
何か、考えていたら会いづらくなった。
・・・俺らしくない。
ゆりは階段を昇り、自分の部屋に入る。
バッグを机に置き、
部屋着に着替える為カッターシャツのボタンを外す。
シャツを脱いだ拍子に、小さな紙切れが畳にひらりと落ちる。
それに気づき、ゆりは拾う。
連絡先が書いてある紙切れ。
― ・・・蔵野さんはすごくいい人だ。
前向きに考えても、この人なら私を大事にしてくれるだろう。
ゆりは紙切れを机の上に置き、着替え出す。
― ・・・不思議だ。
自分の事になると、『先読み』があまり発動しない。
・・・でも、それがある意味嬉しい。
見たくないものもある。
部屋着に着替え終わった後、ゆりは部屋を出て一階に下りていく。
再び居間に行くと、俊太郎の姿はなかった。
台所の方で物音が聞こえる。
ゆりは台所に足を運んだ。
すると、俊太郎がガスコンロの前に立ち、
鍋に火をかけていた。
テーブルには、大量のマカロニサラダが置かれている。
「・・・俊が作ったと?」
この光景に驚いて、ゆりは尋ねる。
目線を鍋に向けたまま、俊太郎は答えた。
「・・・味の保障はできないけど。」
「ううん、すごい!美味しそう!何か手伝う事ある?」
「それじゃ、小皿と箸持っていってくれ。もうすぐばあさんも帰ってくるし。」
「は~い!」
ゆりは嬉しそうに、小皿と箸を居間に持っていく。
居間のちゃぶ台に配置していると、玄関の方で音がした。
ゆりはすぐに廊下に出て、出迎える。
「おかえり、おばあちゃん。」
帰ってきた家の主―ときは微笑む。
「ただいま、ゆり。・・・おや?何かいいにおいがするね。」
「俊太郎が作ってくれたんよ!」
「ほぉ。それは楽しみだねぇ。」
ときとゆりは居間に向かう。
すると、ちゃぶ台にはマカロニサラダと肉じゃがが置かれていた。
俊太郎が台所から、
ご飯を装った茶碗と味噌汁椀三組をお盆に乗せて運んでいる。
「おかえり、ばあさん。晩メシの用意できてるよ。」
「ただいま。おお~、これはすごいねぇ。」
「早く食べよ!」
「はいはい、少し待っとくれよ。
手くらい洗わせておくれ。」
ときは居間を出ていく。
ゆりはちゃぶ台に並ぶ食卓に、目を輝かせて見つめている。
その様子を見て、俊太郎は小さく笑う。
「そんなに嬉しいか?」
「うん。俊太郎の手料理なんて初めてやもん。」
「夏休みに入ったし、これから作れる時に作るよ。」
「そっか、夏休みに入ったんだっけ。
あ、そういえば成績表もらったっちゃろ?見せてよ。」
「・・・見ても面白くないと思うが・・・」
俊太郎はそう言って、居間から去る。
そしてしばらくして、成績表を持った俊太郎がそれをゆりに手渡す。
ゆりは受け取るなり、それを開く。
目にして驚愕した。
部屋着に着替えてきたときが、居間に戻ってくる。
ゆりは、たまらずときに言う。
「おばあちゃん!オール5だって!!
高校になってもそれってどういう事~?信じらんない・・・」
俊太郎は、ゆりの反応に噴き出す。
「そんなに騒ぐ事ないだろ~?珍しくないって。」
「・・・それ、他の人に言っちゃ駄目やけんね。」
「まぁまぁ。せっかく俊太郎が作ってくれたご飯が冷めるよ。」
「・・・・それもそうやね。」
ゆりはちゃぶ台を見て、素直に腰を下ろす。
俊太郎とときも、それに続く。
「それでは・・・いただきます!」
箸を持って、味噌汁椀に手を出すゆり。
ときも味噌汁の椀を持ち、すする。
「・・・美味しい!」
「うん。美味しいね。」
二人の反応に、俊太郎は満足げに笑う。
「まだ作れるやつ少ないから、これから覚えていくけど・・・」
「充分だよ。ありがとう、俊太郎。」
「これから楽しみやね!」
三人が囲んだ食卓は、和やかに過ぎていく。
それはこの四年間変わらない時間だった。
一日の出来事を、談笑しながら食事をする。
― ・・・私の至福の時間。
これがずっと続けばいいのにと、いつも思っている。
でも、・・・この時間はいつか途絶える。
それがどういう形で迎えるのか、全く分からない。
食事が終わり、ゆりは食器を重ねて炊事場に持っていこうとする。
それを、俊太郎は制して言う。
「後片付けは俺がするからいいよ。明日も仕事だろ?
ばあさんもいいから。ゆっくり休んでくれ。」
そう言われて、ゆりとときは顔を見合わせて笑う。
「どうしたんだろうねぇ。」
「ほんと。俊、やけに気を遣ってない?」
「・・・二人とも失礼だな。こういう日があってもいいだろ~?
日頃感謝してるお礼をしたかっただけなのに。」
俊太郎は笑いながら、手際よく食器を重ねて台所に運んでいく。
その姿を見送り、ゆりは首を傾げる。
「・・・やっぱり、何か変よね?おばあちゃん。」
「ほっ、ほっ・・・そうだねぇ。」
ときも立ち上がり、腰をとんとん叩きながらゆりに言う。
「・・・ゆり。内に秘めたる炎を閉ざす事、試練の幕開けと成り、
反して炎を盛んにする事、道に光を灯すされど新たな試練の幕開けと成る。
・・・それを心に留めておく事だ。」
「・・・え?」
「若者たちの事に口を出すのは、野暮だからねぇ・・・
それじゃあ、おやすみ。」
居間から出ていく祖母を、ゆりは言葉を掛けずに見送った。
その後を追うように、ゆりは祖母の言葉を考えながら、
自分の部屋に戻ろうと二階に上がる。
廊下を歩いていると、ある部屋の前の障子に目を向けた。
そこは、生前ゆりの祖父が使っていた部屋だったが、
今は俊太郎の部屋になっている。
― ・・・おばあちゃんは、私の行く先を見守ってくれている。
ゆりは、ふぅ、と息をつき、障子から目を離した。
*
午後11時を過ぎた頃。
ゆりは風呂に入った後、鏡台の前に座って髪をとかしていた。
この部屋にエアコンはない為、窓を開けて扇風機を回していた。
網戸の向こう側から、蝉の声が聞こえている。
とんとん、と障子から音がした。
ゆりは障子の方に目を向ける。
「・・・ゆり、ちょっといいか?」
その低い声に、ゆりは大きく動揺した。
迷ったが、障子を開けようとして立ち上がる。
歩いていくと、息を整えてゆりはゆっくり障子を開けた。
「・・・どうしたの?」
俊太郎は神妙な面持ちで立っていた。
「・・・入ってもいいか?」
「・・・うん。」
ゆりは必死で動揺を隠しながら、座布団を畳に二つ置く。
俊太郎はゆっくり部屋に入り、
用意された座布団の上に、静かに座る。
ゆりは障子を閉める。
その後、向かい合うように置いた座布団に座る。
しばらく目を合わさず、沈黙の時間が過ぎる。
今この空間で向かい合う二人の心情は、計り知れない。
扇風機の音が、部屋を支配していた。
ゆりはそれに耐えきれなくなって、言葉を紡ぐ。
「・・・ま、毎日暑いわね~・・・」
「・・・そうだな。」
「・・・ちょっと風、強めよっか?」
ゆりは膝を付きながら、扇風機に移動する。
そして、かちっ、と“強”ボタンを押す。
その拍子に、何かがふわりと舞った。
それは、俊太郎の前にひらりと落ちる。
それを手にする俊太郎。
ゆりはそれを見て、はっとする。
俊太郎が手にしたそれは、ある小さな紙切れ。
それを奪う間もなく、ゆりは見守るしかなかった。
ゆりは何て言おうか迷う。
葛藤をしていると、俊太郎はその紙切れを見つめながら言った。
「・・・へぇ。さては男からか?流石ゆりだな。」
その言葉に、ゆりは衝撃を受ける。
そして次に紡がれる言葉は、ゆりの胸を貫いた。
「やるなぁ。で、その男ってどんな奴だ?」
俊太郎はからかうような感じで、にやにやしている。
ゆりは瞬き一つ出来なかった。
ぱく、と口を開けたが、空気が漏れる。
言葉が出なかった。
「まぁ、ゆりに声をかける男に変な奴はいないと思う。
付き合ってみたら?」
「・・・う・・・」
ようやく出た声。
その声と同時に、ゆりは立ち上がっていた。
「うるさいわね!!そんなの俊に関係ないでしょ!?
そんなの言われなくたって、蔵野さんはとてもいい人よ!」
堰を切ったように出た言葉。
それと憤り。
そんな様子を、俊太郎は表情変えずに見守っていた。
「・・・ふぅん。蔵野っていうんだ、そいつ。」
ゆりは動揺の波にさらわれる。
弁解するような眼差しで、俊太郎を見つめる。
「・・・べ、別に付き合おうとか、そんな事・・・」
「いいじゃないか?」
俊太郎は微笑む。
「俺はいいと思う。俺は応援す・・・」
ぱしん、と音が響く。
それで、俊太郎の言葉が止まった。
ゆりが、俊太郎の頬を叩いたのだ。
ゆりの表情は、憤りと、苛立ちが入り交じって歪んでいる。
「うるさいって言ってるやろ!?
・・・何よ!話したい事はそれだけ!?」
俊太郎はゆっくり顔を、ゆりに向ける。
目と目が合う。
俊太郎の表情にも憤りが浮かんでいた。
「俺は正しいと思って言ったんだ!!」
「だから、勝手に私の幸せを決めないで、って言ってるの!!」
ゆりは真っ直ぐに言葉をぶつける。
俊太郎も揺らぐ事無くゆりを見る。
ぶつかる視線。
俊太郎の表情に彩る色。
その表情を目の当たりにして、
ゆりは痛いくらいに鼓動が強く鳴るのを感じる。
「・・・お前の幸せは何だ?」
低い声が、さらに低く響く。
ゆりは胸の中で荒れ狂う焦燥に耐え、俊太郎を見据える。
見透かそうとするその瞳に囚われ、言葉が見つからなかった。
「・・・答えによっては、俺はこの家から出て行く。」
その言葉が、容赦なく胸を貫く。
口を開いて言葉を絞り出そうとするが、声が出ない。
俊太郎は、幾分声音を和らげて言った。
「・・・出て行く事になったとしても、俺はお前を護る。
そう決めたから。
俺にとって、ゆりは命の恩人だ。大事な存在だ。
・・・それは言っておくべきだと思ったから。
・・・お前の幸せは?」
二度目の問いかけ。
ゆりは真っ直ぐに俊太郎を見つめる。
荒れ狂う焦燥が、次第に凪に変わり、疑問が浮かび出す。
その疑問を、ゆりは堰を切ったように吐き出す。
「・・・恩人って何?
私は別にあんたを助けた覚えは無い。
大事な存在って?
それはどういう意味で言ったの?
答えによって出て行くって何よ?何でそうなるわけ?
勝手に決めていかないでよ・・・」
ゆりの表情は、疑問を吐き出していくにつれて曇っていく。
「・・・どうして、いなくなるわけよ・・・」
頬に涙が伝う。
嗚咽が出る。
止まらなくなった。
俊太郎は、その様子に戸惑う。
「・・・おい、ゆり・・・」
「うぅ・・・」
「・・・何、泣いてるんだよ。泣く事ないだろ?」
「・・・出て行く、なんて、言う、からっ・・・」
嗚咽が混じって、言葉が途切れる。
ゆりは俯く。
嗚咽を繰り返して、ただ泣く。
俊太郎は迷った。
ゆりに手を伸ばそうとしたが、それを躊躇う。
俊太郎は、ぐっ、と拳を作って言った。
「・・・悪かった。もう出て行くなんて言わない。」
「・・・・・・」
「・・・それじゃ、俺は寝るよ。おやすみ。」
「・・・・・・」
俊太郎は立ち上がり、きびすを返す。
障子を開け、部屋を去っていった。
扇風機の風で、ゆりの髪が靡く。
風と共に、嗚咽が部屋に残された。
*
一週間が経ったある日。
午後10時を過ぎた頃、ゆりはまだ、『あかい書店』にいた。
月に一回の棚卸の日は、いつも残業である。
これを機会にレイアウトを見直し、総入れ替えする事もある。
何人か従業員が残っていたが、9時を過ぎたところで、
ゆり唯一人になった。
それは、蔵野に言われた業務が終わらなかった為だった。
ゆりは黙々と本を揃え、棚に置いていく。
冷房は効いていたが、夏場というのもあって汗が滲んでいた。
「ご苦労様。」
蔵野がゆりの元に現れる。
ゆりは作業をしながら会釈をする。
「・・・うん、良いと思うよ。手間をかけさせて悪かったね。」
「いえ・・・私も、ここのレイアウトがずっと気になっていましたから
・・・すっきりしました。」
ゆりは小さく笑う。
蔵野も微笑んだ後、缶ジュースを差し出す。
「少し休憩した方がいいよ。」
「あ、すみません。ありがとうございます・・・」
ゆりは手を止めて、差し出された缶ジュースを受け取った。
それはオレンジ100%で、ゆりの最も好きなジュースだった。
有難く思い、缶の蓋を開けて飲む。
蔵野は缶コーヒーで、同じく蓋を開けて飲む。
飲み干した後、ゆりは大きく息を付いた。
「生き返りました!」
「ははっ。合間の一服は最高だよな。」
「お陰で頑張れそうです。あともう少しで終わると思います。」
「そうか。ありがとう。
・・・全部飲んだかな?もらうよ。」
「あ、はい!ありがとうございました!」
蔵野は笑いながら、空になった缶を受け取り、去っていく。
ゆりはそれを見送ると、作業を再開する。
― ・・・あれから俊太郎とは、気まずい。
互いに何も触れずに、話す事を避けている。
ゆりはため息をついた後、気を取り直すかのように仕事をする。
作業が終わったのは、11時を過ぎた頃だった。
「大変お疲れ様。・・・うん。よく頑張ったね。」
棚を眺め、蔵野は労いの言葉をかける。
ゆりは会釈した後、完成したレイアウトを眺める。
「これで様子を見て、改善が必要ならいつでも言ってください。」
「そうだね。本当に遅くまですまなかったね。」
「いえ。それでは失礼します。」
「・・・あ、ちょっと待って。」
行こうとしたゆりを、蔵野が止める。
「・・・はい?」
「もし良ければなんだけど・・・今から食事に行かないか?」
蔵野の申し出に、ゆりは少し迷ったが答えた。
「・・・はい。」
蔵野はゆりの様子を察して笑う。
「ご馳走するよ。今日の労いをしたくってね。」
― ・・・きちんと返事をしなければ。
このままだと失礼だ。
ゆりと蔵野は店を出て、駐車場に向かう。
蔵野の愛車は、ドイツ産の高級車。
ゆりはふと、四年前の事を思い出した。
― そういえば、白崎直が乗っていたのも高級車。
確かに、車は社会的地位を示す必須ステータスだと聞く。
良い車、良い時計・・・
私は、変なのかもしれない。
そんなの目にちらつかせても、私は惹かれない。
「深夜まで経営しているダイニングがあってね。そこに予約取ってあるんだ。」
軽快に車を走らせながら、蔵野は言った。
ゆりは車窓に目を向ける。
流れる景色を眺め、気持ちを落ち着かせていった。
蔵野は車のコンポに電源を入れる。
綺麗な旋律が、社内に流れ出す。
「・・・ピアノが好きでね。」
車内に響き渡る、宝石のような音色。
ゆりはその美しい音で、緊張が解けた。
「ピアノが流れている中で、本を読むのが僕の至高の時間だ。
僕にとって、本と音楽は無くてはならないものだよ。」
「・・・私も同じです。」
蔵野は微笑む。
ゆりも微笑んだ。
「この曲知っているかな?」
「はい。ドビュッシーの『月の光』、・・・ですよね。」
「そう。」
それから二人は何も話さなかった。
空間に溢れる、淡い光の音色を味わうように。
*
蔵野とゆりが車で移動している頃。
俊太郎は居間でテレビを見ていた。
ちらっと、時計に目を向ける。
時計の針は11時半を指していた。
「ゆりは遅いねぇ。」
ときが、居間に顔を出す。
俊太郎は再びテレビに目を向けた。
「棚卸だろ。」
「ふむ・・・それにしても遅すぎる気がしてなぁ。」
ときはそう言い残して、去っていく。
テレビの電源を消し、俊太郎は畳に寝転がった。
両手を頭の後ろで組み、天井を見つめる。
― ・・・ばあさんの言う通りだ。
今まで棚卸で、こんなに遅くはならなかった。
ふう、と息をつく。
― ・・・俺が気にする事じゃない、か。
*
中央区六本松。
二人を乗せた車は、とある高層ビルの屋内駐車場に入っていく。
蔵野とゆりは車から降りて、通用口にあるエレベーターに乗った。
上昇し、21階の所で停まる。
ドアが開くと、静かで落ち着いたフロアが目に飛び込む。
足元には、真紅の絨毯が敷かれている。
ゆりは、この優雅なフロアに圧倒された。
そこに構える店。
店の入り口付近に、看板が立ててある。
看板には、『starlight』という文字が書かれていた。
蔵野は先導するように、その店に入る。
その後を、ゆりは歩いていく。
「いらっしゃいませ。」
一人のウェイターが出迎える。
蔵野はそのウェイターに言葉をかける。
店内は、落ち着いた空気が漂っていた。
バーカウンターにはカップルが語り合っている。
「蔵野様、お待ち致しておりました。ご案内致します。」
ウェイターは物腰柔らかく先導する。
テーブル席からさらに奥へ行くと、個室になっていた。
ウェイターが個室のドアを開ける。
蔵野がゆりをにこやかに促す。
ゆりは戸惑い気味で個室に入った。
「・・・わぁ・・・」
ゆりは素直に感嘆の声を上げた。
個室の窓は、パノラマ画像のように夜景が広がる。
ネオンが、夜空に輝く星のようだった。
その夜景を引き立たせるように、照度は控えめに落としてあった。
個室に置かれたテーブルは一つ。
その真ん中には、キャンドルが灯されていた。
椅子が向かい合うように二つ。
ゆりはしばらく、この個室の素晴らしさに呆然と立ち尽くした。
「どうぞ、お客様。」
ウェイターが微笑んで、ゆりに椅子へと促す。
ゆりは我に返り、促されるまま椅子に座った。
そして向かい側に、蔵野が座る。
「それでは、ご予約頂いていたコースを始めさせていただきます。
ごゆっくりお楽しみください。」
ウェイターは優雅にお辞儀をして、静かに個室を去っていく。
それを見送った後、ゆりは堪らず喋り出す。
「・・・店長!こんな良い所で食事なんて、割に合いません!」
ゆりの慌てぶりに、蔵野は満足げに笑う。
「交際を申し込もうとしている相手に、
男としてこの場を提供したかったんだ。
・・・でもあんまり畏まらないでくれ。この時間を楽しもう。」
濁さずはっきり伝える蔵野に、ゆりは敬服する。
「・・・分かりました。堪能させてもらいます。」
蔵野は優しい眼差しで、ゆりを見る。
「この時間を迎えられて、僕は嬉しいよ。」
ゆりはその言葉に、胸が苦しくなった。
― ・・・この人はなぜ、私なんかに好意を抱いたのだろう?
それから、二人は食事を堪能しながら会話を楽しんだ。
時には夜景を眺め、静かに過ごす。
ゆりはこの時間が、とても心地よかった。
慌ただしい日常から解放され、心が洗われるようだった。
コースが終了し、食器が下げられてワイングラスだけがテーブルに残る。
蔵野のワイングラスには、口当たりの良いジュースが注がれている。
普段あまり酒を嗜まないゆりは、少しずつ赤ワインを口に含んでいった。
「佐川さん。」
「・・・はい。」
「少しはリフレッシュできたかな?」
「・・・え?」
「ここ最近、塞ぎ込んでいたみたいだったから・・・
少しでも気が晴れたらいいなと思ってね。」
蔵野の気遣いに、ゆりは申し訳なく思った。
「・・・すみません。」
「いや、謝らないでくれ。
僕もこの食事の誘いは強引かなと思っていたから。」
ゆりは相槌を打つように微笑む。
蔵野は微笑んだ後、真剣な表情になった。
その表情は、ゆりの鼓動を波打たせる。
― この表情。
・・・そうだ。
俊太郎。
俊太郎もこの表情をする。
「・・・佐川さん。」
ゆりは顔を俯かせ、蔵野をまともに見られなかった。
「・・・好きです。付き合ってください。」
揺るがない声音。
ゆりはゆっくり顔を上げる。
蔵野の真摯な瞳に、ゆりは吸い込まれる。
― ・・・このまま、流れる?
流れて、この人と一緒に歩く?
そう考えた瞬間に、激動の波が心を乱す。
― ・・・私は・・・
・・・私は・・・・・・!!
ゆりは、がたん、と席を立った。
「・・・ごめんなさい。ごめんなさい、蔵野さん。
私には勿体ないくらいの、最高の申し出です。本当に嬉しいです。
でも・・・あなたと交際はできません。」
ゆりは深く頭を下げる。
蔵野はそんなゆりを、静かに見つめる。
頭を下げたまま、ゆりは言い続ける。
「蔵野さんには、私よりももっとふさわしい女の人がいます。
私のような変人じゃなくて、もっと素敵な女性が。
・・・本当に、ごめんなさい・・・!」
「・・・・・・」
空間が静寂に包まれる。
その静寂に耐え、ゆりは頭を下げたまま動かなかった。
「・・・顔を上げてくれないか。」
蔵野がぽつりと言葉をこぼす。
その言葉で、ようやくゆりは顔を上げた。
「・・・君はなぜ自分を卑下する?
君は素晴らしい女性だよ。だから惹かれた。ただそれだけだ。
好きになるのに、理屈が必要か?」
ゆりは蔵野の言葉を受け止めながら、息を整えて答える。
「・・・私は、あなたとは歩けません。」
蔵野は椅子から腰を上げる。
ゆりの前に立ち、静かに言う。
「・・・聞かせてくれないか?
度々、店に顔を出していた男の子。あの子は誰だ?」
ゆりは瞬き一つできなかった。
蔵野の言葉から、俊太郎の事が出るとは思わなかったのだ。
「あの子を見る君の目は・・・家族を見る目じゃない。
異性として見つめる目。君が想っているのはその子だろう?」
「・・・蔵野さん・・・」
「違うかい?」
ゆりは顔を俯かせた。
「・・・はい。」
「・・・そうか。」
蔵野は笑う。
「君なりに、僕を傷つけないように言葉を選んでくれたみたいだけど・・・
逆効果だったね。」
「・・・すみません・・・。
私、本当に何て言ったらいいか・・・」
「君の本音が聞けて良かった。・・・座らないか?」
椅子に促す蔵野に、ゆりは素直に従う。
「・・・かないませんね。蔵野さんには。」
「君が、嘘をつくのが下手なのが分かって、さらに好きになったよ。」
ゆりは、恥ずかしい気持ちで一杯になった。
ワイングラスのジュースを飲み干し、蔵野は和やかに言葉をかける。
「今夜は楽しかったよ。君の事が少しだけ分かった。
友人としても、君と付き合えると確信が持てたし。」
ゆりは唯々、目の前にいる青年に敬服する。
― この人は・・・とんでもない器の持ち主かもしれない。
「さぁ、帰ろうか。遅くまで付き合ってもらってありがとう。
家まで送らせてもらうよ。」
蔵野は笑みを絶やさなかった。
ゆりは改めて、目の前にいる青年が上司で幸せだと、
感じたのだった。
*
ゆりが家に帰り着いた時刻は、深夜2時過ぎだった。
照明をつけず、居間に歩いていく。
酒を飲んだせいか、水が飲みたくて台所に行き、冷蔵庫を開ける。
すると、ラップがかけられた皿が目に入る。
― ・・・晩御飯は、冷やし中華だったとかいな。
もしかして、私の分?
・・・しまった。
食べて帰る事を連絡してなかった。
ゆりは、500mlペットボトルのミネラルウォーターを取り出す。
蓋を開け、飲む。
半分くらい飲み干し、息をつく。
蓋を閉め、冷蔵庫に戻す。
きびすを返して居間に行くと、人影があった。
ゆりは、かなり驚いた。
「・・・俊太郎?」
背の高いシルエットを見て、ゆりは声をかける。
鼓動が、聞こえるのではないかと思う程、強く鳴っている。
「・・・ばあさん、心配してたよ。」
低い声が、さらに低い。
ゆりは、震えそうになる手を必死で抑える。
「・・・ごめんなさい。連絡するのを忘れてた。」
俊太郎が歩み寄ってくる。
ゆりは、びくっ、として身構えた。
俊太郎はゆりの横を通り過ぎ、台所へ行く。
その行動に、ゆりは首を傾げた。
ばたん。
・・・ざぁー・・・
ゆりはその音が気になり、台所へ行く。
俊太郎は何かをゴミ箱に捨てて、皿を洗っている。
何を捨てたのか気になり、ゆりはゴミ箱を開ける。
「・・・ちょっと、俊!?」
それは、さっき冷蔵庫で見た冷やし中華だった。
ゴミ箱の中で、無残な姿になっていた。
「捨てる事ないやろ!?」
「食ってきたんだろ?じゃあこれは用済みだ。別におかしくない。」
俊太郎は洗い終え、居間に戻っていく。
ゆりは俊太郎の行動に納得がいかず、追いかける。
「・・・俊!」
ゆりは呼び止める。
それに応じたのか、俊太郎は居間の真ん中で立ち止まる。
ゆりの方を振り返り、ぽつりと言った。
「ゆり、酒飲んできただろ?酒のにおいがする。」
「・・・え、ああ・・・飲んできたけど・・・」
「美味いものも食ってきたんだろ?」
「・・・うん・・・」
「なぁ、ゆり。」
ゆりは俊太郎を見つめる。
俊太郎もゆりを見つめて、言った。
「蔵野って奴の事、好きになれ。」
最初、ゆりは何を言われているのか分からなかった。
「・・・え?」
「普通に食事して、酒を飲める相手。今までにいたか?
同性でもいなかっただろ。
そこまで心を許せる相手なら、俺は祝福する。」
「・・・俊、何を言って・・・」
俊太郎は微笑んだ。
「お疲れ様。明日も仕事だろ?早く休めよ。おやすみ。」
そう言って、俊太郎は居間から出て行く。
ゆりは何も言い返せなかった。
呆然と、俊太郎の後ろ姿を見送る。
視界がぼやけた。
何だろう、とゆりは手で頬を触る。
無意識に涙が伝っていた。
止め処なく、ぽろぽろと落ちる。
次には、胸が苦しくなっていた。
あまりにも苦しすぎて、立っていられなかった。
ゆりはその場で膝をつく。
嗚咽する。
両手で顔を覆った。
― ・・・ひどいよ・・・俊・・・
・・・どうしてそんな事言うのよ?
居間に嗚咽の声が響く。
涙は、どんどん溢れ出す。
ゆりの溢れる涙は止まらなかった。
それは、夜が明ける前まで続いたのだった。
*
朝方。
俊太郎は目を覚まして、洗面所に向かった。
顔を洗い、タオルで拭き取ると、小さく息をつく。
― ・・・俺は最低だよな。
洗面所の鏡で、自分の顔を見る。
― でも、これでいい。
俺みたいな奴より、ずっといい。
ゆりを、本当に幸せにできる。
俊太郎は、居間に向かった。
朝御飯は基本、三人揃って食べていた。
それが一日の始まりだった。
居間に入ると、ちゃぶ台にはご飯と味噌汁、そして佃煮が置いてある。
「おはよう、俊太郎。」
台所にいた、ときが顔を出す。
「おはよう、ばあさん。」
「・・・ゆりは結局帰ってこなかったねぇ。」
「・・・え?いや、2時頃帰ってきてたけど・・・」
「おや、そうなのかい?でも部屋に行ったらゆりはいなかったよ。」
「・・・・・・」
俊太郎は、いつもゆりが座る場所を見つめる。
ときは焼いた鮭を乗せた皿を運び、ちゃぶ台に置く。
「それじゃあもう出かけたのかな?
仕事は9時からなのにねぇ。早出かな?」
ときは腰を下ろす。
それにつられるように、俊太郎も自分が座っている場所に腰を下ろす。
一つ空いた場所。
俊太郎は視線を逸らし、手を合わせた。
「・・・いただきます。」
その頃。
ゆりは職場の近くのファストフード店にいた。
コーヒーとハンバーガーを頼み、窓際の席に座って外を眺めている。
居間で泣き明かした後、風呂に入り、一睡もせず家を出た。
泣き過ぎて、腫れた目を隠すように化粧を濃くして、
いつもの赤縁眼鏡ではなく銀縁眼鏡をかけていた。
目線を、袋に包まれたハンバーガーに移す。
― ・・・俊太郎と合わせる顔がなかった。
と、いうより怖かった。
・・・私はこんなに弱かったのか。
袋に包まれたままのハンバーガーを見つめる。
― 俊太郎は、私の幸せを願っている。
コーヒーを少し口に含む。
苦い味が、口の中に広がった。
― ・・・でもね、俊。
私はね、そんなの決めてほしくない。
幸せに感じる事なんて、みんな違うんよ。
例え、それが正しかったとしても。
ゆりは、ぎゅ、とまぶたを閉じた。
また涙が出そうになるのを堪える。
― 気づいたんよ。
蔵野さんから告白されて、気づいてしまった。
私の歩く道に、俊太郎がいないのは・・・
考えられない。
既に冷めたハンバーガーを手に取る。
袋を広げて、かぶりついた。
― ごめんね、俊。
私って自分勝手よね。
あなたが願った私の幸せは、本当に、
私を大切に考えてくれているからなんよね。
でも・・・
私は・・・
私は・・・・・・
午前7時頃。
ゆりは早くに、職場の『あかい書店』に出向いた。
休憩室のドアを開けると、デスクトップの所に蔵野が座っていた。
ゆりは、背筋を伸ばす。
「・・・おはようございます。」
声をかけると、蔵野は立ち上がってゆりに笑いかける。
「おはよう。・・・昨日は遅くまで悪かったね。」
「そんな・・・こちらこそご馳走になって、
本当にありがとうございました。」
「・・・どうした?目が腫れているみたいだが。」
内心動揺したが、ゆりは平静を装う。
「慣れないお酒、飲んじゃいましたから・・・」
「ははっ、そうか。・・・また誘ってもいいかな?
今度は気軽に居酒屋でも。」
ゆりは、微笑んで答えた。
「はい。」
その応答に安心するように、蔵野は息をつく。
「良かった。ちょっと強引だったから嫌われたかなと思ってね。」
ゆりは蔵野の言葉に、小さく笑う。
ゆりの笑顔につられて、蔵野も笑った。
夕方5時頃。
ゆりは頭痛と身体のだるさを感じ、吐き気を覚えていた。
「佐川さん、大丈夫?」
ゆりの様子に気づき、
『河内 美津子』が心配そうに声をかけてきた。
この『あかい書店』で、長い年月働いているパートの中年女性で、
正社員のゆりが頼りにする一人である。
温和な性格と面倒見の良さから、皆に慕われている。
「・・・はい・・・」
「・・・大丈夫じゃなさそうね。
昨日残業で頑張ったんだから、今日は早く上がったら?」
普通なら断るところだったが、
尋常じゃない具合の悪さに、ゆりは素直に頷いた。
「・・・すみません。そうさせてもらいます。」
「店長は外に出てるから、私から言っておくわよ。」
「ありがとうございます、河内さん。」
「いーのいーの。頑張り屋さんには、少し気を抜く事が必要よ。」
美津子は、にか、と笑う。
ゆりは申し訳なさそうに頭を下げた。
休憩室を通り、女子更衣室に入る。
制服を着替えるのも大変なくらいに、意識が朦朧としていた。
眩暈がして、身体全体から汗が吹き出ていた。
― ・・・どうしよう・・・
家に、帰りたくないし・・・
どこか、ないかな・・・
何とか着替えて、ゆりは裏口から出て行く。
ふらつく足で、博多駅に向かう。
この時間は人の行き交いが激しく、界隈はにぎやかだった。
人の会話が、ゆりには雑音のように聞こえた。
それが、吐き気を倍増させる。
はぁ、はぁ、と息を切らす。
どんっ、と、
反対から来た通行人とぶつかる。
ゆりはその拍子で、大きくよろけた。
こける、とゆりは思った。
しかし、
片腕を掴んで引っ張る者がいた。
― ・・・誰・・・?
その人物の顔を見ようとしたら、視界が遮断される。
ゆりはそのまま気を失った。
*
ブーン・・・
― ・・・・・・
何の音・・・?
・・・・・・扇風機・・・?
・・・額が・・・冷たい。
・・・タオル?
ゆりは鉛のように重い手を、額に持っていく。
すると、湿らせたタオルが手に触れる。
― ・・・私、どうなったんやろ・・・
重いまぶたを、ようやく上げる。
目に飛び込んできたのは、見慣れた天井。
― ・・・私の部屋?
ゆりは朦朧とする中、自分の状況に戸惑う。
― ・・・私、帰るところだったよね・・・
・・・すごく頭痛くて・・・気分悪くて・・・それから・・・
「・・・起きたか?」
よく知っている低い声。
ゆりは声がした方向に、顔を向ける。
そこには、心配そうに自分を覗き込む俊太郎がいた。
ゆりはようやく、
自分が自分の部屋のベッドに寝かされている事に気づく。
俊太郎が目の前にいる事と状況に、動揺しながら呟く。
「・・・私、何で自分の部屋に・・・」
俊太郎は、囁くように言葉をかける。
「・・・俺が連れて帰った。」
「・・・」
「・・・朝からずっと、ゆりの傍にいた。」
「・・・え?」
俊太郎は真っ直ぐにゆりを見つめる。
「・・・ごめん。俺はこれからも『力』を使うと思う。
ゆりを護る為に。
使わないとは、断言できない。
俺はそれでいいんだ。」
真摯な眼差しに、ゆりは動揺を鎮めて見つめ返す。
「・・・俊にはね、『力』を使わない人生を歩いてほしいんよ。
それを見守るのが私の幸せ。
俊が普通に成長して、幸せに生きているならそれでいい。
私の為に時間を止めないで。」
「・・・俺の成長?」
「そう。俊と暮らし始めてからの四年間、
それを見守る事が出来て、とても幸せだった。
俊は俊の道を行けばいいんよ。私は私の道を行く。」
「・・・俺の道?」
「そう。」
俊太郎は顔を俯かせ、しばらく沈黙する。
ゆりはその姿を、母親のように温かく見守る。
「・・・ゆり。」
「ん?」
「ありがとう。」
ゆりは笑う。
「何それ。どうしたと?」
「ゆりの気持ちは、俺よりも大きい。
やっぱゆりって、すごいよな。」
俊太郎は顔を上げる。
その瞳に宿る光。
その光が、ゆりの心に、ちくっ、と差し込む。
それを感じ取ると共に、差し込んだ痛みに乱された。
「・・・え・・・?何?」
「・・・」
「俊太郎?」
「・・・」
見つめ合う。
俊太郎の目に宿る光。
ゆりの目に映るその影。
「・・・ゆり。俺はゆりの事を、大事な存在だと感じている。大好きだ。」
その言葉に、ゆりは大きな衝撃を受ける。
俊太郎の目に宿る、光の意味を知ったからだ。
「ゆりが俺の事を、そう考えてくれているなら・・・
もう遠慮も我慢もしない。」
ゆりは、俊太郎の言葉の一つ一つに鼓動を早くさせる。
「大好きだ、ゆり。今伝えるべきだと思ったから・・・
こんな気持ちになったのは、初めてだ。」
「えっと・・・」
ゆりは、この上なく顔を紅潮させる。
かける言葉も見つからず、言い淀む。
「困るよな。分かってる。でも、もう抑えない。気を遣わない。」
俊太郎は笑う。
その笑みは、ゆりの心を乱す。
激しく鳴る鼓動に耐えきれず、俊太郎から目を逸らす。
「俺は自分勝手だと思う。ごめん。でも、伝えたかったんだ。」
― ・・・
私の本心を・・・伝えるべき?
伝えていいの?
・・・どうしよう・・・
・・・どうしたらいいと?
ゆりは大きく深呼吸して、
自分に掛けてあったタオルケットを頭から被った。
その行動に、俊太郎は噴き出す。
「ははっ。何だそれは~、可愛いな。」
― 可愛いとか言うなっ!!
ゆりは思いっきり、心の中で叫んだ。
俊太郎は微笑みながら立ち上がって、言葉をかける。
「少し待っていてくれ。今から、お粥作ってくる。」
俊太郎は部屋を去っていく。
それを確認した後、ゆりは大きく息をついた。
― ・・・俊太郎。
私もね、あなたの事好き。大好き。
・・・でも、でもね。
視界がぼやける。
涙が零れた。
― このまま、あなたの想いに応えるべきか、
あなたの将来の為に、引き下がるべきか・・・
伝えるべきか、迷ってる。
*
30分くらい経って、再びゆりの部屋に俊太郎が訪れる。
小さめの土鍋と、水が入ったグラスを乗せたお盆を、机に置く。
「食べれそうか?」
ゆりの様子を窺いながら、俊太郎は椅子に腰を下ろす。
ゆりは、俊太郎から目を逸らして答える。
「・・・うん、何とか。ありがとう。・・・お水からもらっていい?」
ゆりは上半身を、ゆっくり起こす。
発熱してまだ熱が下がっていないのか、だるさを覚えた。
俊太郎はグラスを、ゆりに渡す。
グラスに注がれた液体を見て、
ゆりは急に、喉が渇いている事に気づく。
“渇望”の語源の如く、それを一気に飲み干した。
素晴らしい早さで空になったグラスを俊太郎に渡し、
ゆりは土鍋に目を向ける。
「・・・俊太郎がお粥作るなんて・・・信じられない。」
「すげぇだろ。」
得意げに俊太郎はお盆を持ち、ゆりの膝の上に置く。
土鍋の蓋を開けると、白い湯気が、ほわっ、と立ち上る。
「・・・美味しそう。」
「美味しいぞ。」
お粥には、卵がとろりと掛かっていた。
「絶妙・・・」
ゆりの反応に、俊太郎は満足している。
れんげでお粥をすくい、呑水に移す。
白いお粥と卵が絡んでいるのを見て、食欲が湧いてくる。
それを少しれんげに乗せ、口に運んだ。
「・・・美味しい。」
心から、言葉がぽろりと出る。
「食べられるだけでいいから。そしてまた寝る事だな。」
「・・・うん。ありがと。」
俊太郎の優しさと温かさに、ゆりは胸を熱くした。
「・・・俊。」
「ん?」
「・・・俊は将来、どうしたいって考えてる?」
その問いかけに、俊太郎は間を置いて答える。
「さぁな。とりあえず今、したかった事をしてる感じかな。
将来どうしたいとか、考えた事ないかもな。」
「・・・」
「俺さ、普通の人生ってのがよく分からないんだよな。
まっとうな生き方してきてないし。
ゆりの考えている普通の人生って、何なんだ?」
真っ直ぐな眼差しを向けられ、ゆりはどう答えていいか戸惑った。
― 確かにそうなのかもしれない。
私の考えていた俊太郎の幸せは、自分勝手な思い込みなのか・・・
でも。
俊太郎の『力』。
これを切り離す事が出来れば、彼にとって幸せな人生になるはず。
私が行こうとしている道に、その幸せは得られない。
「俊。」
「ん?」
「私もあなたが好きよ。大好き。」
「・・・え?」
「これはずっと、これからも変わらない。あなたがどんな道を行っても。
でもね、私が行こうとしている道に、
あなたがどう関わるのか・・・とても心配なんよ。見えてこない。」
「・・・・・・」
「あなたが『力』を使わない道と、私が行く道が交わる絵が、見えてこない。」
「・・・ゆり。」
「いくら考えても、見えてこなくて・・・」
「なぁ。」
「・・・ん?何?」
「ゆり。さっき今、何て言った?」
「え?だからね、あなたが『力』を使わない道と・・・」
「違う。その前の前。さらっと言ったよな?」
「・・・・・・」
ゆりはしばらく考える。
俊太郎に目を向けると、
とてもとても、きらきらした目をしてゆりを見ていた。
その様子に、首を傾げながらゆりは考え込む。
― ・・・・・・
ゆりは次第に、自分の言った言葉を思い出す。
― ・・・ん・・・?
ちょっと待って。
私、なんかとんでもない事を、さらっとこぼした、かも。
「・・・あ。」
ゆりは完全に思い出し、鼓動が波立つのを感じた。
「やだ。今のなし。」
「なし!?」
俊太郎は全力で訴える。
「なし、じゃないだろ?
なし、じゃないよな?!」
「なし!今のなし!!」
もはや、何のやりとりが行われているか不明だった。
「せ・・・せっかくのお粥冷めちゃうから、話終わり!」
ゆりは素晴らしい勢いで、お粥を口に運び出す。
俊太郎は、じっ、とゆりを見つめる。
その目に、今までにない強い光が宿る。
ゆりは俊太郎の様子にお構い無しに、お粥を食する。
熱いのも気にしなかった。
全部平らげ、ゆりはお盆を俊太郎に返す。
「美味しかった。ありがとう、俊。
俊の言われた通り、もう寝るから。」
俊太郎は何も言葉を発する事無く、それを受け取り、お盆を机の上に置く。
ゆりは、静かになった俊太郎に目を向ける。
俊太郎の目に宿る、強い光。
その光を見た時、金縛りにあったかのような感覚に陥る。
俊太郎の表情に浮かぶ色。
今までにない、濃くて深い激情。
ゆりはそれから、目を逸らす事を許されなかった。
「ゆり、少しは熱下がった?」
急に俊太郎から言葉が漏れ、ゆりは慌て気味に答える。
「う、うん。」
「ちょっと測らせろ。」
えっ、とゆりが言う前に、俊太郎は行動に移っていた。
大きな手がゆりの額に置かれる。
ゆりはびっくりして、身構えた。
「だ、大丈夫よ。うん。沢山食べたし、もう寝るから・・・」
「手じゃ熱は測れないよな・・・」
俊太郎の行動に隙はない。
顔が近づく。
ゆりは逃れようとするが、それを俊太郎は許さない。
俊太郎の額が、ゆりの額に触れる。
大きな黒曜の瞳が、ゆりの瞳を捕らえる。
あまりにも近すぎて、
ゆりは息をする事も、まともに出来なかった。
「ゆりは・・・」
ぽつりと零れる俊太郎の声は、低く囁く程度に響く。
「・・・どうしたい?」
「・・・ど・・・・・どう・・・したい・?」
ゆりは失神しそうだった。
「・・・好き合っている者同士が、する事ってなんだろう。」
「・・・ちょ・・と・・・俊・・・」
俊太郎の大きな両手が、ゆりの両頬をふわりと挟む。
その手はとても温かく、優しい。
「答えはもう分かるよな・・・」
「待って・・・何のこと・・よ」
「まだはぐらかすのか?」
「ち、違う・・・・・・なんでこんな事に・・・」
「ゆりが俺の事好きっていうことが?」
「いや・・・だから・・・・・・その・・・・・・」
「俺は、もう遠慮しないって言ったよな。」
「・・・」
「俺が今、何を思ってるのか分かるよな?」
「・・・」
「分かるよな?」
「分かる・・よ。」
「ゆりは俺とどうしたい?」
「・・・・・・」
ゆりは俊太郎の追求に耐えきれず、ぎゅっと目を閉じる。
そんなゆりを、俊太郎は窺うように見守る。
「俺、もう待てないんだけど。」
「・・・ごめん、俊、私の負けです。」
ようやく搾り出たゆりの言葉に、俊太郎は噴き出して笑った。
「ははっ。」
「・・・俊の・・・好きにしてください・・・・・・」
「こっちこそ、ごめん。つい悪戯したくなってさ。」
俊太郎は両腕をふわりとゆりに回し、ぎゅっと抱きしめた。
「続きは、ゆりの熱が下がってからな。」
「・・・馬鹿!」
俊太郎が、普段通りの雰囲気に戻ったのに気づき、
ゆりはその両腕から逃れる。
「病人をからかうな!」
「いや、本気だったけど。
でも、あまりにもゆりが可愛くてさ・・・」
指摘され、ゆりは顔を真っ赤にする。
「あんたには、遠慮が必要だって気づいた!」
「もう遅い。我慢も遠慮もしない。」
不適な笑みを浮かべ、俊太郎はゆりの頭に手を置く。
「おやすみ。ゆり。」
「・・・おやすみ。」
ゆりは睨みながらも、言葉を返した。
俊太郎は立ち上がり、お盆を持つ。
「ゆっくり休めよ。ここんとこ忙しかったのもあって身体が疲れてたんだ。」
じゃあ、と言葉を残して、俊太郎は部屋から去っていった。
風のような爽やかな去り方に、ゆりはしばらく放心状態に陥る。
そして、俊太郎の激情を思い出し、自らの身体を抱き締める。
初めて向き合う、女としての一面にゆりは深いため息をついた。
激しく鳴り止まない鼓動が、支配する。
眠れない夜を過ごす事になったのは、言うまでもない。
To be continued・・・