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瘋癲  作者: 碓氷青
2/8

2-1

 目が覚めると、曖昧に光る何かが僕をずっと照らしていた。僕はどうやら眠っていたらしい。

 ――ここのところは大学に行かずに、毎晩、二十二時を過ぎたくらいに家を出ては、翌朝の六時くらいまで、居酒屋やバーを渡り歩いていた。僕には友人がいないから、いつも一人でカウンター席に腰を下ろすと、煙草を吹かしながら、好んで甘い酒を呑むのであった。カウンター席で呑んでいても、誰一人として僕に話しかける人間はいないから、僕は静かに厨房の方を眺めながら、無為に過ぎる時間の上を揺蕩い続けていた。

 ――そう云えば、ついこの間、久しぶりに邦画を観た。その映画はおそろしく退屈で、途中で観るのを止めようかと何度も思ったが、女優の裸体が美しかったから、結局最後まで観続けていた。

 劇中に、「みんなから忘れ去られたときに、本当の意味で『消える』のだと思う」と云ったニュアンスの言葉があった。何度も聞いたことがあるような言葉であったから、さしあたって大きな感動はなかったが、淪落の淵に沈んでいる僕自身に重なるような気がして、巻き戻して三回くらい、その言葉を聴いた。そして、折に触れて反芻している。

 ――どうやら、僕はとあるバーの前で意識を失いかけていたようで、通りかかった女が僕を介抱してくれていたらしかった。僕はその女に「大丈夫です」とだけ云って、立ち上がると、不調でないことを装うために、煙草を一本咥えて先端に火を点けた。

 女は「セッタなんですね」と云い、ポケットにあった、黄色い煙草の箱から取り出した一本の煙草を口に咥えて、「火をお借りしてもよろしいですか」と僕に訊ねた。僕は頷いて、ポケットに戻したライターを探っていると、女は唐突に、僕の方へと顔を近づけるや否や、彼女の口に咥えられた煙草の先端を、僕の口に咥えられた煙草の先端に擦りつけて、火を移した。

 煙を吐き出す彼女の姿を、僕は呆然と眺めていた。


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