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梶井基次郎の「櫻の樹の下には」という作品には削除された一節がある。――それにしても、俺が毎晩家へ帰ってゆくとき、暗のなかへ思ひ浮かんで来る、剃刀の刃が、空を飛ぶ蝮のやうに、俺の頸動脈へ噛みついて来るのは何時だろう。これは洒落ではないのだが、その刃には、EVER READY(さあ、何時なりと)と書いてあるのさ。――
彼のように、透徹した「絶望への情熱」(「闇の絵巻」梶井基次郎)を持たない僕は、堪らない不安や悲しみで、心も体も破れそうになった夜には、夜の闇を緩衝として、歩きなれた道を歩くともなく歩き続けることにしていた。ぼろぼろと零れる涙のせいで途方に暮れてしまったら、路傍に蹲って涙が止まるのを、静かに待った。それでも心が静まらなければ、フルニトラゼパムを服用して眠った。僕は、僕自身の「生」が、その深奥から漸進的に壊れてゆくのを、自覚的に認めていた。それが、僕にとっては堪らなく幸せだったのだ。
時折、僕は、とある二人に宛てて手紙を書くことがあった。――あと少しだけ、時間をください。あと少しだけ、待っていてください。臆病でごめんなさい。――
今では、もう手紙を書くことすらままならなくなった。手が痙攣してしまって、ペンを持つ手が云うことを聞かなくなってしまったためである。
試しにペンを握ってみたが、やはりだめだった。僕は布団に身を埋めた。
目を瞑った。薄れゆく意識のなかで、二人のことを追憶することにした。――