2話 大岩、木っ端みじん
(人間は1000年前に戦争で滅びたって……ええええ、マジかーい)
それは驚きだ。
元いた世界の法則でしか今は考えられないけれど。
戦争をきっかけに特定の人種だけが滅びるといえば、限られた理由しか思いつかない。
「それって、人間が他の種族に滅ぼされたってことなのかな?」
「ほえ? うーんと、どうして滅んじゃったのかはよくわかんないです! 詳しいことは、ババ様の持ってる巻物に書いてありますよお! 私は人間が活躍する巻しか読んでなくて……」
「あー、それは気持ち分かるよー。私も続き物の本、自分が気になったやつしか読まない。なんなら最終巻だけ読んじゃうわ」
「えへへー、おそろいうれしいですー」
メリリカは頷きつつも、どうしたものかと考えた。
「人間が滅びた世界に来ちゃったとはねえ……」
エルフの女の子は、大真面目な顔でうんうんと頷いている。
でも、その伝承がどこまで本当のなのかはわからない。
特定の種族だけが絶滅することはありえるとしても。
まさか人間がって気持ちが拭えない。
(人間って環境適応能力、結構高かったと思うんだけどなあ)
「生き残りぐらいいるんじゃないの?」
メリリカが尋ねると、エルフは勢いよく頷いた。
「はい! 私もずっとそうだったらいいなあって思ってたんです!! だから、こうして生き残りの人間さんに出会えて本当にうれしいですーーっ!」
「あーそっか、そうなっちゃうかー。そうだよねえー」
要するに、メリリカがその生き残りの人間ということになってしまうのだ。
「でもこんな田舎の村に、伝説の人間さんが来てくれるなんて感激ですー! 是非村のみんなにあって下さい! ババ様にも紹介しなくちゃ!」
「巻物見せてもらえるかな?」
「はい! きっとババ様喜びますよお! 巻物にサインしてほしいって言うかもしれません!」
「オーケーオーケー、サインなら慣れてるからね。いくらでもしてあげる」
(ババ様って人なら詳しいことを知ってそうだな)
「そのババ様のところに案内して欲しいんだけど、お願いできる?」
「もちろんですー! あ、でも……」
エルフの少女はしょげたように俯いた。
「ババ様はいま、村の人たちと山に向かっちゃいました」
「山? ピクニックとか?」
「違います、岩を削る方法をみんなに指導してくれるんです!」
「岩を削る……」
炭鉱ということだろうか。
「実は10日前に大きな落石があって、山の狩場に行く道が塞がっちゃったんです。だからそれを削ろうってことになって!」
「ええええ。岩を削るってどういうこと!?」
(道を塞ぐほどの巨大な岩なんだよね?)
それを削ってどうにかするなんて難しいんじゃないだろうかと、メリリカは小首を傾げた。
「もっとこう……どかーんとやっちゃったほうがいいんじゃないの? 削るって大変でしょ?」
「どかーん? なんですか、それ?」
「あー。そっか、魔法使えないんだったっけ」
前の世界では、そういうことがあったとき、魔女たちが依頼を受けて魔法で爆破していたのだ。
人間がいなくなった世界というのが本当であれば、そういうことも出来ないわけだし。
「その道が通れないと、迂回して危険な区域を通るしかなくて大変なんです。だからみんなで協力して岩をなんとかするんです」
「お、おう……」
それってものすごく大変な作業ではないだろうか。
「エルフは力が弱いので、落石があると、毎回削るのに数ヶ月かかっちゃうんですよお。村の人がその作業に駆り出されちゃうせいで、畑の人手も足りなくて……。困ったものです、はぁ……」
「ふうん……」
困った、という単語を聞いた瞬間、メリリカはピクリと動きを止めた。
(困ってるのかあ。そうかあ。私ならなんとかできちゃうよなあ……)
体の内側がもぞもぞとしてくるあの感覚がやってくる。
(いや、でも、私はそれが原因で死んだんだし、自重しないと……)
そう思ったのに、気づいたらこう言っていた。
「落石の現場まで案内してくれる? ちょっと様子を見てみたいんだ」
◇◇◇
エルフの女の子と一緒に山の中に入って、しばらく歩いていると……。
(ん? この黄色い岩って……)
「ねえ、これ――」
少女に話しかけようとした直後、木々の向こうから気合いの入った声が聞こえてきた。
「みなのものー! 精神を統一し、集中するのだ!! さもなければ怪我をするぞー!」
「はいっ、ババ様っ!!」
岩の周りと取り囲んだエルフたちが、真剣な顔でノミを振るっている。
その後ろには腰の曲がったおばあさんが、勇ましく杖を振り回していた。
「心を一つにー!」
「この岩を、親の仇だと思ってー!!」
カンカンカンカン。
音を響かせながら、エルフたちが岩を削ろうと頑張っている。
だけどその結果といえば大岩の表面が、ちょっと削れるくらいで……。
(これじゃあ何ヶ月もかかっちゃうなあ……。エルフたち、すごく困ってるみたいだしなあ……。助けたら、私が好きなあの言葉言ってくれるんじゃないか……?)
そう思うと、ますます体の中から、あのむずむずが沸き起こってくる。
ものすごい下心とともに。
(手助けがしたいっ。うーん、どうしてもしたいっ!)
我慢できず、メリリカは口を開いた。
「みなさん! その岩から離れてー!」
「え!?」
その瞬間、エルフたちが一斉にメリリカを見た。
「な、なんだ、そなたは……」
「いいから早く! 危ないので!!」
「わ、わ、もしかしてまた落石が来るの!?」
ひとりの言葉に、エルフたちが慌ててそこを離れる。
落石がくるわけじゃないんだけど、まあいい。
メリリカは岩の前に手を翳すと、一気に魔力をそこへ集中させて、解き放った。
「よいしょ、っと」
どおん!! という地響きの音。
もうもうと上がる砂煙を前に、エルフたちが震え上がっている。
「きゃー!? なに、いまのは何ー!?」
「天変地異じゃー!! 神の御怒りじゃ!!」
「いえいえ、違いますよ。安心してください」
逃げ惑うエルフたちに向かって、メリリカは胸を張ってみせた。
晴れていく砂煙。
やがて視界が明瞭になるにつれて、エルフたちはあんぐりと口を開けることになった。
「え……い、岩が消えた!?」
「ど、どういうことなの!?」
跡形もなく消え去った巨大な岩と、すっかり開けた道。
その前に立って、メリリカはふふんと笑顔を浮かべた。
「岩を消すぐらい朝飯前です。だって私、最強魔女なので」
もし少しでも「先が気になる」「面白そうだ」と思ってくださいましたら、
下記評価ボタンより評価、またブクマ登録をよろしくお願いします……!