少女の依頼2
「おい、聞いたか?アンムートもこちらの兵も全滅したってよ」
「何だって!?ほんとか?」
店に飛び込んで来た男が、知り合いを見つけて大声で報せるものだから、店中の者達が一斉に振り返った。
「何でそんなことになった?」
「本当に皆死んだのか?」
飛び込んで来た男が、周りを囲まれて質問攻めに合っているのを尻目に、俺は向かいに座ってパンを弄る少女を見ていた。食欲が出ないのか(当然か)、パンを指でちびちびと小さく千切って、緩慢な動きで、もそもそと口に運ぶ。
無表情で一目で無理に食べてるのがわかる。
「死体を見たが、何か大きな力で同時に殺されたような」
「んなわけあるか」
男達の話に、トウコは顔は向けないが、聞き耳を立てている。
その指が微かに震えているのを見つめる。
異世界から来たという少女。信じたわけではないが、彼女は何かを知っていて、何かを隠している。
からかう素振りでカマをかけて、反応を確かめてみて信じられそうなことは2つだ。
彼女に俺への悪意は無いこと。
アンムートの手先ではなく、追われていること。
なぜ追われているか問えば、トウコはわからないと言ったが、可能性としては彼女の特別な能力のせいではないだろうか。
「……その力は、生まれつきか?異世界の人間とやらは、皆そういう力を持っているのか?」
俺は先程目の前で見せられたトウコの能力に、まだ驚いている。やっぱり夢を見ているのかと思ったのだ。
俺にからかわれてバカにされたと思った彼女は、なんと俺の手を血が滲むまで噛みやがった!
馬が暴れた拍子に、間違えて強く噛んでしまったと弁解する彼女に殺意が……いや、俺は大人だ。あんな子どもにいちいちムキになったりしない!
……と思いつつ、剣の柄に手を掛けながらトウコをギロッと睨むと、彼女は慌てて手を伸ばし、噛んだ俺の手に触れた。
何をするのかと思ったら、触れた所が暖かく感じ直ぐに彼女の手が離れた。噛んだ傷は、跡形もなく無くなっていたのだ。
「生まれつきではないの。私は普通の人間だった。ただ、この世界に来る過程で……私の体に少しばかり変化が起きるらしくって」
目を反らしたトウコは、たどたどしくゆっくりと話し、丁寧語やタメ口が混ざっている。その喋り方は、言葉を覚えたての子どものようだ。
魔法など、物語にしか出てこない想像の産物だと思っていた。
トウコの能力を魔法と呼んでいいのか分からないが、実際にこの目で見たら、少しぐらいは信じてもいい気がする。
「変化というのは、こうした力が使えるような体になるということか?」
「………そう、です……と言っても、私が使えるのは傷を治す力ぐらいだけど」
瀕死の俺の傷を治癒したのだ、それだけでも大したものだろう。
「あんたは、それが原因で追われているのか?」
「…………わからないです」
トウコが、スープを一口二口啜り、湿った唇を手拭きでそっと拭う。その自然な仕種が、育ちの良さを物語る。
「あんたは、追われていることから助けて欲しくて、俺を助けた……そういうことか?」
「……まあ、そういうことです」
「…………………………………」
含みのある言い方は、拙い喋り方のせいだけではないようだ。
面倒だな。
これは関わらない方がいいと、勘が告げる。傭兵という危険な職業柄、長年培った勘を俺は大事にしている。この勘で、何度も危機を切り抜けて来たのだから。そう、つい先日もそれで即死を免れて今生きている。
食事を残したトウコと店を出て、外に繋いだ馬を引き歩く。街は、戦場から近いせいもあり、人の出入りは少なく閑散としていた。避難したり、他へ移って行った者もいるのだろう。
戦いに赴く前に来た時は、傭兵達でごった返していたというのに。
「………もう皆いないのか」
親友というほどではないが顔馴染みで、会えば酒を酌み交わしたりする仲間、戦いの最中では連携を組むこともあった信頼する仲間……彼らを全て失った。いつかは、そんなこともあるだろうと覚悟していた。だから悲しいが、運命だと納得もしている。
ただ……訳のわからないままに死んだ彼らの気持ちを思うと悔しくてたまらないが。
トウコは、俺の後ろを無言で歩いている。ちらりと見やれば、俺の顔色を窺うように見返してくる。特に声も掛けずに、さっさと歩けば、傷んで抉れた石畳の道に転びそうになりながらも、早足になって必死で付いてくる。
「………………ったく」
垣間見た、すがりつくような表情は、まるで捨てられた子猫だ。
目的の淡い黄色い壁の宿に着くと、受付に声を掛ける。
「レギウスだ。預けていた荷を返してくれ」
「あ、あんた、生きていたのかい!」
宿の主人が俺を見て驚いている。前、荷物を預けてこの宿を出た時と違い、鎧は着ていないし服も着替えている。これで帯刀していなければ、ただの平民にしか見えないはずだが俺を覚えていたようだ。
それを問えば、「傭兵の中でも、あんたは有名だからね」と主人は答えた。
そうか、覚えていたのは、顔がイケメンだからではないらしいクソ。
荷を受け取り中を確認していると、主人は俺の後ろにいるトウコを好奇の目でじろじろ見ている。
エノン公国では、黒髪黒目は、あまり見ない色合いだから珍しいのだ。遠くの地域は知らないが、この国やアンムートでは、金髪や銀髪に碧眼や青目が殆どで、俺も銀髪に青目をしている。
主人の目から庇うように、彼女の背中を押して宿の外へ出る。
荷物から銀貨を5枚出し、トウコの白い手に握らす。
「命を助けてくれた礼だ」
物言いたげな彼女に、そう告げると馬の手綱を馬止めからほどく。
「トウコ」
すっ、とその肩に手を置いて諭す。
「俺はあんたに服や食事に金も提供したし、追われるあんたをここまで守って連れてきた。命を助けてくれた義理は返した。これ以上の世話は割に合わないんだ」
「ちょ、待って待って!」
「更に助けろと言うんなら、報酬が発生するが、あんたは何ももっていないだろう?」
「怪我したら治すから!」
「怪我をするリスクが高いということだろ?」
ヒラリと、馬の背に乗る俺に、トウコが唇を引き結び睨み付けてきた。
「だったら!私の体で払うのはどうよ!!」
「………………………………」
通りすがりの人が、ギョッとした様子で振り返る。
どや顔の彼女から顔を背けて、額に手を置く。
「……………………い、嫌だね。あんた、まだ子供だろ、俺はガキに手を出すほど餓えてないし、手を出すぐらいなら、大人のお姉さん達に相手してもらうから結構だ!っていうか、意味分かって言ってんのか?」
ぐらついたのは認める。
確かにトウコは胸も並にはあってメッチャ柔らかくて、綺麗で良い体つきをしていた。顔だって美しい。だが、まだ少女の可憐なあどけなさが残る顔を見ると、俺などに安売りしていいはずがない。
「私、今年で20だから!大人だから!」
「………へ、なに?!俺と一つ違いだと!?」
驚いていると、今度はトウコが目を見開く。
「おっさんかと思ってた」
「う、うっせぇ!!髭剃る暇無かったんだよ!!」
ショックを受けつつ、馬の鐙を蹴った。
「あ!レギウス!」
「気を付けろよ」
馬に乗った俺は、振り返ることなく彼女を置いて行った。
「レギウス!わ、私、一人になっちゃうよお」
泣き声が背後から聴こえたが、気付かないフリをした。
ここでほだされるほど、俺は甘い世界に生きてきたわけじゃない。
「これでいい」
そうやって、煩わしいものを少しずつ棄てて、俺は生きてきたのだから。




