少女の依頼
「今の奴らアンムートの手の者のようだが、話に出ていた女は、あんたのことか?」
「………そう、です」
「あんた何者だ?そんな格好でこんな所になぜいる?」
「それは…」
鋭い目付きで、こちらを射るように見る男から目を反らす。雨上がりの湿った風に、耐え難い腐臭が漂う。
「俺は確かに瀕死だったはずだ。それなのに今なぜ俺とあんただけ無傷で生きている?」
鼻と口を片手で覆って黙っていると、レギウスは苛立ったようだ。肩に置かれた手に力が込められ、首に宛がう刀身を脅すように角度を変えて煌めかせる。
「………っう」
「答えろ。なぜ黙っている?」
「ぐ、う……え」
「おい?」
一瞬小さく頭を振りかぶり、せりあがった胃の中身を地面に吐いた。
「おうええええおおっ」
驚いたレギウスが首から剣を放してくれたので、身を屈ませてゲロゲロする。
「…………」
「うええええろろお」
人前で恥ずかしいとか思っても制御できない衝動に身を任せて、胃の中を空っぽにして、ようやく涙目でふらりと顔を上げる。
「……はあ、はあ、さ、さっき何て?」
「………まあ、それが普通の反応だな」
顔は蒼白で、死んだ目をしているだろう自覚はある。レギウスは、さっきの冷たい態度から扱いに困ったような顔をして私を見ていた。
「さっきの奴らのこともあるし、場所を変えるか」
独り呟いてから、「取り敢えず一つだけ知りたいのだが」と確認をとった。
「あんたは、俺の味方で間違いないな?」
「敵なら……助けたりしないでしょ?」
「ああ………わかった」
頷きながらそう返すと、納得したのかレギウスはこちらの腕を掴むと歩き出した。
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私の名は、矢上透子。この世界とは違う世界からやって来た。
アンムート大皇国が、古代に失われたはずの召喚魔法を研究開発して実行した結果、私が召喚されたのだ。
ただの普通の女の子にすぎない私を。
訳のわからないままに、アンムートで言葉や最低限の生活の仕方を習わされて2ヶ月が過ぎた。
それから……説明もないまま、あの戦場に連れ出されて……
「何の為に?」
「わからないんです」
「…………………」
私はレギウスと共に一番近い街を目指していた。
森を抜けた途中に小さな村があり、そこでレギウスは村人に声を掛けると、私の着ている黒のドレスと交換で一般の女性用の服を三枚ほど見繕ってくれた。何でも私が着せられていた物は、高価な素材で出来ているらしく、村人に喜ばれたらしい。売れば良い値段で買い取ってもらえるそうだ。
「さすがにそのドレスは悪目立ちしすぎだ」
「悪?」
ふわりとして裾幅に余裕を持たせて動きやすいズボンに膝上までのチュニックのような服に着替えた私を、レギウスは観察するように頭の先から足(靴はバレエシューズみたいな踵の低い靴を履いている)まで流れるように見て、人の悪い笑みを見せた。
「何でもない」
そう言って、今度はどこに隠していたのか銅貨を一枚取り出して馬を一頭借り上げた。
私には彼の精神が理解できない。
仲間が死に弔うこともできず、ましてあんなに多くの死体を見た後なのに、笑みを浮かべることができるだなんて。
馴れ、だろうか。傭兵だと言う彼は、今までも同じような光景を見続けて、それが日常になっているのだろうか。
そうだとして、それを私は理解できないが、憐れには思わない。
私は、だからこそ彼を助けたのだから。
馬に乗れない私に驚き、彼は私を自分の前に乗せて手綱を操る。
整備された道を馬に乗って進む。
アンムートの者が私を捜しているなら、迂回路を通った方が安全ではと聞いたら、尚のこと人通りの多い道を通った方が良いと彼に言われた。
そうして、馬上でぽつりぽつりと自分の身の上を話している。
簡単に今までの経緯を話すと、一通り黙って聞いていたが、ふっと息を吹き出した。
「異世界から来ただと?そんな馬鹿な話、俺が信じるとでも思うか?」
「レギウスさん!」
「さんは、いらない。はは、そもそもそれが本当だとして、アンムートの奴らも何が目的だったんだ?」
後ろを振り向いて、きっ、と睨み付けようとしたら、額に彼の鼻先がぶつかった。
「ふがっ、おい前を向いてろ!揺れてぶつかるだろ、色々」
「うう……何よ」
「見た所、あんたの体はどこもかしこも柔らかくて筋肉は付いていないし、剣を握ったことのない綺麗な指をしている。戦闘経験も無いだろうに、奴らがあんたを戦力で呼んだとは考えにくい」
「み、見た、やっぱり見た?!」
私の問いに、しらばっくれたレギウスは、低い声で続ける。
「それとも、あんた皇帝の相手でもしていたのか?」
「あ、相手?」
「そう、夜伽の」
バカにして!
カッとなった私は、手綱を引く彼の手に噛み付いた。
「ふがいいい(酷い)!」
「いでででで、よせ、やめろ!」
私の頭をもう片方の手で掴んで引き離そうとするレギウスと、噛み付いたままの私が馬上でバタバタしていたら、馬は一声いななくと一気に街道を駆けて街を目指してくれた。




