器、もがく
忍び寄る気配に、手元近くの剣を掴むと突き出した。
「っ……」
「足音も立てずに近付くんじゃない」
切っ先に、喉を仰け反らせているジルシチュールから剣を引く。やはり使いなれた長剣の方が扱いやすい。
「はは、これは失礼」
抱えているトウコの傍で、膝を付いて彼女の寝顔をじっと見つめるジルシチュールに、イラッとする。
他の男が彼女の無防備な寝顔を見ているだけで気分が悪いなんて、自分でも驚きだ。互いの気持ちが通じ合ったことで、独占したい欲が出ている。
起こさないように、トウコを抱き直して顔を懐で隠すようにした。
「…………うーん、困りましたね」
気にした様子はなく、ジルシチュールは顎に手を当てて何事かを考える素振りを見せた。
「どうした?」
「………………」
答えずに、おもむろにトウコの頭に軽く手で触れた彼は目を瞑った。
集中している様子を、俺は黙って見ていた。
「………………かなり侵食が進んでいますね」
珍しく深刻な表情に、ただならぬ事だと感じた。
「可哀想に。ずっと器としての儀式を受け続けていたのでしょうね」
「どういうことだ?」
誤魔化されないように、ジルシチュールの目を射ぬくように見る。
「闇の女神の気配が強く表れている。このまま放っておけば、やがて彼女の自我は消えて、この肉体はアガネーの完全なる器としてしか意味をなさないでしょう」
「まさか」
「う……ん」
抱き締める腕に力が入り、トウコが眉をしかめて小さく呻いた。
「間もなく自分が消えてしまうこと、きっと彼女も理解しているはずです。さぞ怖いでしょうに」
消える?この体はあっても、トウコではなくなるというのか。
ずっと苦しんでいたのに、これ以上どうして彼女が辛い思いをしなければならないのか。
安心したように眠るトウコが、あまりに痛ましい。
「ジルシチュール、何か手だてはないのか?」
トウコの髪を撫でる神官に他意はなく、ただただ労るような仕草に咎める気も起きずに、彼の言葉を根気よく待った。
焚き火の向かいには、エノンの者達が仮眠を取っていて静かだった。
見張りの二人は、やや離れた木の上に潜んでいる。
彼らにも聞こえているかもしれないが、隠すことはしない。大公とジルシチュールの協力を得るために、隠し事はしないのが前提だからだ。
「レギウス、どうしてトウコは治癒の力が使えると思いますか?」
「それは邪神の器だから……」
「闇の女神は、死と破壊の神。生命に関わる治癒を使うのは真逆のことです」
言われて、ハッとする。
「そうか、そういうことか」
「トウコを助ける術は、きっとあるはずです」
難しい表情のまま、ジルシチュールは噛み締めるように呟いた。




