器、去る2
部屋を出て、私はレギウスの後ろを俯き気味に歩く。部屋の前にいた見張りは、私達をじろりと見たが何も言わずに通してくれた。
幾つかの部屋の前を通り、突き当たりの階段を下りる。時折、神官や巫女と出くわしたが、彼らは無言で視線も交わさない。
私の闇の神の気配というものを、神官達は感じ取るそうだが、誰も私を気にかける様子はない。
「術が効いてるようだな」
レギウスが少々不服そうに言う。
これはジルシチュールが私に頬にキスした時に、闇の神の気配を光の神の神力で中和したことによる。
彼が別れ際にそう言っていた。
「ジルシチュールさん、大丈夫なの?」
レギウスの背中に小声で問う。彼一人部屋に残してきたが、もし見つかったらどうするのだろう。
「あの神官一人なら大丈夫だろ。それに……見ろ」
一階の中庭を挟んだ向こう側から灰色の煙が上がっているのが見えた。
厨房だろうか、火が出ている。
気付いた人々が悲鳴を上げて、何人かが火を消そうと水を運んでいる。
「ジルシチュールの仲間が騒ぎを起こして注意を引き付けてくれてる。今のうちに、あいつも俺達も逃げる算段だ」
火事に駆け付ける人々の流れに逆らうようにして出口を目指す。
神殿の出入り口の見張りは火元に向かったらしくいない。そこを抜けた途端に、レギウスが私の手を握り駆け出した。そして、避難を始めた人に紛れて巨大な門をくぐろうとした時だった。
「待て」
いきなり前を行く彼の首に、短剣が宛がわれて歩みを止めた。
「フードを取って顔を見せろ」
ランドが命じて、私達を冷ややかに見ている。短剣をかざす彼の背後には、セリがいた。
じりっと僅かに後退したレギウスは、私の手を引いて背中に隠してくれた。
「聞こえなかったか?」
セリが近付き、私のフードに手を伸ばそうとした。
「ランド!器が逃げたぞ!」
神殿入り口から、ランドの部下の男が叫んで走って来た。その声を合図のように、レギウスが動いた。腰の後ろに隠していた短剣を抜くや、ランドの短剣を弾いた。
「トウコ!」
フードを取られた私は、代わりにセリを突き飛ばすと、レギウスの後ろに回った。私を庇うようにしたレギウスとランドが対峙している。
腰を低くして身構えたランドが彼に飛び掛かる。
心臓を狙う攻撃をかわして、短剣を突き出すレギウスを同じようにかわしたランドが、間髪入れずに次の攻撃に移る。
「レギウス!」
脳裏に瀕死だった彼の姿を思い出し、ぞっとする。
普段は長剣を使う彼が、短剣で戦っている。やはり慣れないのかランドの方が圧している。
跳びすさり、また剣をかわしを繰り返す二人に、セリや男が暗器を放つタイミングを見計らっているが、速い動きに狙いが定まらないようだ。
周りに人々が集まり出したのを見て、レギウスが隙を見て私を連れて、横手に駆けた。
神殿裏の林に馬が繋がれていて、彼が私を押すようにして促した。
「馬に乗れ!そこの左の道を行けば、エノンの人間が手助けするために待っている!」
「待って!レギウスは?」
「俺はいい……先に行け!」
追い付いたランドと斬り結びながら、レギウスが言った。
「い、嫌よ」
「トウコ!?」
戦う彼を、途方に暮れて見守る。
「一人じゃ行かない!レギウスと一緒じゃなきゃ嫌!」
「トウコ……」
鼻先にランドの短剣の切っ先が迫り、レギウスは自分の短剣でそれをなんとか食い止めている。苦しい状況の中、それでも彼はなんだか嬉しそうな顔をしている。
「私、レギウスがいないとダメなの」
「と、トウコ」
「だって、一人じゃ馬に乗れないんだもの!」
よろり、とレギウスは一歩後ろへ下がった。
「……そうだった」




