器、従う3
私がアガネーに乗っ取られていた時間は、20分程度だった。
最初は1、2分だったのに次第に長くなってきている。
アガネーを呼び出す儀式をその内行わなくても、彼女が現れるようになるらしい。
いつか私は眠ったままになって、彼女に体を渡してしまう。
もう怖くはなかった。
目が覚めた時に誰かが死んでいるのを知るのは、こりごりだったから。
「逃げなければ良かった」
窓は外側から板を打ち付けられて閉ざされている。
その隙間から覗くのは、街並みと青い空。
馴染みのない風景に、自分が置き去りにされているような寂しさを感じる。この世界で必要なのは私じゃない。
「どうしてるのかな……」
少しでも私のこと心配してくれてるだろうか。忘れずにいてくれるだろうか。
そうだったら嬉しいな。
「器様、お茶をお持ちしました」
部屋の外から小さな声がして、返事を待つことなく戸が開いた。
金髪を纏めた背の高く美しい巫女が、茶器の盆を両手に入ってきて、そのすぐ後ろを神官らしき男が俯き気味に続く。
興味も無かった私は、二人をちらっと見ただけで、また窓の外に目を向けた。
巫女がテーブルに茶器を置いたら、カップが軽い音を立てた。
「……友人は、約束を破った」
何の前触れもなく神官が、いきなり口を開いた。
訳がわからなかったのは僅かな間。
窓硝子に映る私の背後に立つ神官に、信じられない思いで振り向いた。
「レギ、ウス?」
「遅くなってすまない、う、ま、また凄いの着せられたな」
私を見て顔を赤くした彼は、似合わない白いローブの神官服を脱ぎ捨てた。
「きゃ」
「着てる、着てるからな」
薄手の半袖のシャツと黒のズボンを下に着ていたレギウスは焦ったように、脱いだ神官服を私の胸を隠すように羽織らせてくれた。
「着せるならこっちの衣装をあげて下さい」
「わわっ」
同じように巫女まで服を脱ぎ出して、慌てて止めに入ろうとしたところ、やはり白の上下を着ていたその人は、纏めた髪をほどいて化粧を指で無造作に拭ったら、ジルシチュールだと気付いた。
女装がこんなに合ってるなんて恐るべし。
「ここを出ましょう、お嬢さん」
微笑まれて力が抜ける。
「わ、わたし…」
窓辺に背を預ける私の肩をレギウスが掴んだ。
「何も酷いことはされなかったか?あの男に連れ去られて大丈夫だったか?」
「な、なんとか」
目から涙が溢れるのを見た彼は、ぎりっと歯を食い縛り悔しそうな表情をする。
「泣くようなことをされたのか?!すまない、もっと早く助けたかったのに、こいつと大公に協力を仰ぎに行ったり、ここまで入り込む手筈を整えていたら、こんなに遅くなって……」
話を聞いていた私が、羽織らされた服の袖を握り締めて嗚咽を上げ出すと、レギウスは言葉を途切らせた。
「し、知って?」
「トウコ?」
「わたしが、何をしたか、どんなに……酷いことをしたか、しってしまったの、ね?」
ジルシチュールが、慌てて扉の外を窺っている。
「静かに。声が外に漏れてしまいます」
「トウコ」
肩に置かれた手から離れた私に、レギウスは追うように一歩詰める。彼の話から、ジルシチュールが私の正体を明かしたのを察し、消えてしまいたいと思った。
「ごめん、なさい。わたしのせいで、あなたの仲間は……わたしがいなければ、こんなことには」
怖くて握った服に泣き顔を隠して、でも謝らなければと言葉を紡ぐ。
彼の目を見て、そこに一欠片でも私への憎しみや怒りが浮かんでいたら、きっと私は耐えられない。
レギウスが、黙ったまま私に視線を向けているのを感じる。
「レギウス、あまり時間がありません。早く彼女を」
ジルシチュールが促すが、彼は返事をする代わりに命令した。
「………ジルシチュール、少しの間外にいろ。二人で話がしたい」
「ええ?嫌です、捕まっちゃいます。僕の目眩ましの術にも限界があるんです」
「………………はあ」
溜息とも深呼吸とも分からない息をゆっくりと吐き、レギウスは不機嫌にジルシチュールに言い放った。
「それなら後ろを向け!目を閉じ耳を塞ぎ息もするな、生きていたいなら!」
「いや、息はさせて下さいよ」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ジルシチュールが部屋の隅まで移動して背中を向ける気配がした。
顔を隠していた服を、レギウスが優しくも強引に引き剥がした。
「トウコ、好きだ」




