少女出会う3
「………起きてます?」
「…………………………………」
寝言、だろうか?
体を起こして、閉じた瞼をじっと見つめる。
しばらく見ていたら瞼がピクピク動き、口端が緩みかけている。
この人!
ばっ、と飛び掛かり、彼の脇の下を擽ってやる。
「あ、ぶは、ははははははは!!」
身を捩りながら笑い、男が涙目でこちらを見る。
そこで、今起こしたのは間違いだったと気付いた。
「ひゃあ!み、見ないで!」
彼の意識が無いから、勇気を出してこんな姿になっていたのだ。見られたら死ぬ!
慌てて手で体を隠して後ろを向く。
「はは、俺の寝込みを襲ったんだろう?」
「え、えええ?!」
そんな風に言われて、泣き声になる。
痴女だと思われているなら、穴を掘って身を隠そう。
「…なんてな、暖めてくれただけだろう?ほら、見ないようにしているから着ろよ」
可笑しそうに言われて、ムッとなる。
「酷い………」
「泣くな泣くな、俺は恩人には義理堅いつもりだ。悪いようにはしない」
目を瞑ったままヘラヘラ笑う男を睨みながら、急いで服を着る。火のおこし方がわからなかったので、乾かすこともできず湿ったままで、肌に貼り付いて気持ち悪い。
男も背を向けて、袖を通さずに肩に上着を羽織る。
「ここはどこだ?」
苦労して設営した簡易テントらしきものは、天井は高いが縦横3メートルぐらいしかない。横転していた補給物資の馬車から拝借した、野営用のテントらしき一部でできた周りを覆う布に触れて、男が出入り口を探している。
「さっきの場所からあまり離れていない。あ、あなたを移動させるのが大変で」
聞いているのかどうか、男は笑みを引っ込め、バサリと布を払って外を窺った。
「……………どうして、俺だけ生きている?」
テントのある小さな丘のすぐ下には、変わらず屍と血で彩られた大地が広がっていた。
ふらりと外へ歩き出した男の背を見送る。
男の目には、見える範囲全てに血みどろになった屍が映っていることだろう。生きている者はいない。誰も動かない、息吹を感じない。
ひどく静かだ。雨は、いつの間にか止んだ。
立ち竦む男は沈黙していたが、いきなり丘を駆け下りていった。
叫んでいるのは、仲間の名だろう。
長い裾を捲り上げて、後をゆっくりと下りていく。
男は仲間らしき屍を見つめていた。
泥に足を取られながら、それを見守る。
彼は四肢を失った仲間の屍に手を伸ばし、額に指で触れて別れの言葉を告げた。
それに倣い、俯き目を伏せる。いつまでもそうしていようと思ったが、肩を掴まれ目を開ける。
男に無言で腕を引っ張られ、折り重なる屍の陰に誘導される。
「きゃっ」
一体の屍の虚ろな瞳と目が合い、耐えていた恐怖が綻び小さく悲鳴を上げかける。
すると、口元を大きな手で塞がれて無理やりしゃがまされる。
「全滅か」
隠れた屍の向かい側で別の男の声がした。
「アンムートの兵までとは……やはり早計だったのでは」
「皇帝陛下に何と申し上げたら」
話し声を聞いていた男が、目の前に4本指を立てた。人数だろう。
頷き、じっとして聞き耳を立てる。その内の一人の声に、聞き覚えがあった。
「別に俺達のせいじゃないだろうが。失敗した奴らは死んでるんだ。で、あの女も死んだわけじゃないんだろ?」
ビクリ、と肩が跳ねてしまい、口を塞ぐ男がこちらをちらりと見る。
「死んでないだろう。あの娘には……」
「だったら女捜して皇帝に突き出せば済むだろうが。今回は調教不足だったが…ん?」
「どうした?」
急に話し声が止んで怪訝に思っていたら、傍の男が片腕を下ろして帯刀した剣の柄に手を掛けていた。
ドスッ
向かい側から剣が突き立てられたのか、屍がぐらりと揺れた。
「…………気のせいか」
呟いて、男達の足音が次第に遠ざかって行った。
長いことそのままでいたが、ようやく口を塞いでいた手が緩んだので、ほうっと安堵の溜め息をついた。
ふと見ると、彼がまだ剣の柄を握っているのに気付いた。
「………あんた、名はトウコだったな。俺はレギウスだ」
ヒヤリと首に宛がわれた剣の無機質な冷たさを感じ、思わず顔を上向かす。
後頭部に、レギウスと名乗った男の呼吸がかかる。乱れの無い呼吸に、彼の傭兵としての馴れのようなものを察する。
「さて、知ってることを話してもらおうか」




