器、従う
男は、ランドと名乗った。
何も聞いてはこなかったが、私の様子からガイルに酷い目に合わされたと推測して憐れんでいるみたいだった。
うん、確かに酷い目に合った。
「神官長様は、お前を呼び寄せた御方だ。あの方は、呼び寄せることができたから帰すこともできると仰っていた」
「………そう」
アンムートとエノン公国の国境は封鎖をされている。私達はエノンを出て、他国を迂回し遠回りをしてアンムートへ行く。
後から追い付いた二人の部下と私、ランドで馬に乗り商人を装っている。その為、鞍の後ろには商人が売買する品物を入れた箱が乗っている。
部下達がランドに話しているのを聞いたが、ガイルと彼らは刃を交えはしたが、私が見えなくなると彼は反対方向へと姿を消したそうだ。
体力が戻っているなら、そのままどこかで無事でいたらいいと思う……のは、やっぱり私が甘いのだろうな。
ランドの視線に振り向いて、私は皮肉に笑ってみせた。
「それを聞いて私が喜ぶと思った?ねえ、元の世界に帰してもらうには、私はどのくらいの人を殺したらいいのかな?」
「………………」
この人に言っても仕方ないことだ。でも、この世界に来て、私はとても辛くて苦しいことを経験した。これくらい言いたくもなる。
「………あなたのせいで仲間が3人死んだ」
今まで無言だった女が後ろからポツリと言った。思ったよりも、胸にその言葉が刺さった。
「セリ」
もう一人の男が咎めるように彼女の名を呼んだが、セリは私を激しく睨み付けたままだ。
「邪悪な神、あなたが来てからおかしくなった。仲間は死に、ガイルは私達を裏切った……どうしてこんな女なんかに」
涙すら浮かべて彼女が私に向ける憎しみに、なんだと思った。
ガイルは仲間なんかいないと言ったけど、少なくともこの女性はガイルを慕っているのは明らかだ。
バカなガイル、見渡せば差し伸べる手はあったというのに。
「さっさと務めを果たして、どこへでもいなくなればいいのよ。いえ、消えてしまえばいい」
一方的な恨みだ。私だって、元の世界に帰りたいというのに…
「あなたなど器に過ぎない。いずれ神に心も消されてしまうんだわ」
「セリ、もうよせ」
ランドが短く制止の声を上げた。セリは、私が憎くてたまらないのだろう、それでも鬱憤を晴らすように悪意のある言葉を口から流す。
「早くいなくなれ」
無視しようと思っていたのに、あまりな言いように怒りと悔しさが堪えられなかった。
「………るさい」
呟きを聞いたランドが、馬を止めた。彼を押し退けるようにして、私はセリを睨んだ。
「だったら!最初から私を召喚なんてしなければ良かったのよ!私がこの世界に望んで来たと思ってるの?よくも勝手なことを!」
「そんなこと知らないわ!」
セリの隣の男が、だるそうに頭を掻いている。
「もう嫌だ!いい加減私を放っといてよ!どうして皆私を捕まえようとするの!」
仲間が死んだのも、ガイルがおかしくなったのも私の意思じゃない。それなのに、なぜこんなにも責められないといけないのか!
「私だって誰も殺したくなんてなかった!どうして……」
そのせいで悪夢を視て、好きな人にも距離を置いて、これ以上どうしろと言うのか。
「いい加減に」
「「うるさい!」」
止めようとする男に、セリと私は同時に叫んだ。呆れ顔の男がランドに目を向ける。
肩を押し退けるようにしてがなる私の襟首を掴んで、しばらくやり取りを見ていたランドだったが、空いている手で拳を作ったと思ったら、私の鳩尾に衝撃が走った。
息が詰まり、意識が落ちる。
悲しくて悔しい。
私はこうやって都合のよいように操られ、利用されて搾取され続けるんだ。
アンムートにエノンに、神官長もランドもセリもガイルも、おそらくジルシチュールも私を人として扱っていない。私を一人の唯の人間として尊重してくれない。
心を見ようとしてくれない。
たった一人いたけれど、今の私には会いに行く自由さえない。
所詮、私は器。
いつか神に心まで乗っ取られたら、もう私には何も残らない。
逃げなければ、まだ気持ちも楽だったのかな。




