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器、争奪3

 

 神殿の祭壇奥は数段高くなっていて、そこには一体の女神像が祀られていた。


 幼児の背丈ほどの大きさの女神像はクリーム色の石を彫ったもので、足元まで髪を垂らし、両手を組み、微笑みを湛えている姿は光の女神のイメージを体現したものだ。


 祭壇の足元に膝を付き、手を組み祈りを捧げる。

 悔しいが、今の俺には祈ることしかできない。


 冷静さを欠き神殿を飛び出そうとした俺は、ジルシチュールのおっとり且つ、しつこい説得と雰囲気に呑まれ、ようやく落ち着きを取り戻した(あと自分のぶっとんだ発言が恥ずかしくなって)


 曰く、シュデの神官長である彼の………


「どこを探したらいいか、あなたは分かりますか?」と

「彼女に付けておいた印を頼りに探索中ですから、じきに居場所は分かります」と

「僕は、あなたの疑問に答えられますよ」と、更に…

「彼女が気を許したあなたが、僕達の力になってくれるなら、エノン公国は全面的にあなたを援助しますよ」


 ……の言葉に、怪我を負ってしまったことを踏まえて、自らの実力の限界を感じて従うことにしたのだ。


「神官長。言うのが遅くなったが、助けてくれたことに感謝する」


 俺の横に立っている彼に、組んでいた手を解き頭を下げて礼を言うと、ジルシチュールは驚いたようだった。


「レギウスさん、思っていたより礼儀正しい方ですね。僕は傭兵だと聞いたから、もっとこう……武骨で粗野な方かと」


 まあ洗練されているとは言えないな、平民出だからな。


「それはどうも。で?色々と教えてくれるんだろ」

「…………レギウスさん、あなた彼女を愛しているんですか?」


 いきなり踏み込んだ問いに、言葉に詰まる。


「っ……………それを聞いてどうする?」

「先程の彼女を心配して我を忘れた行動……聞くまでもないとは思いますが、これから我々と彼女に関わるなら相応の覚悟がいるかと……今ならまた元の暮らしに戻れますよ?」


 にこやかな微笑みの下、話すことは脅迫と変わらない。いや、試しているのだ。俺がどれだけ俺を差し出せるか。


「…………トウコは、毎夜うなされる。夢の中でずっと誰かにあやまっている」

「……………」

「笑った後に、笑ったことを後悔する」

「そう、ですか」

「俺はただ………」


 考える。

 あの時、トウコに言われた通り逃げることもできた。だが、思った通り俺にはできなかった。


 守りたいと、思ったからだ。トウコの全てを守りたいと。


 お人好しだけで命は懸けない。この気持ちと衝動の見返りすら俺は期待していない。


 とんだ最悪な出会いだ。


「…………俺はトウコが心から笑う顔が見たい。ただ、それだけだ」


 あの血みどろの戦場で、トウコに会ったのが俺の人生の最悪。

 俺はもう以前の俺には戻れない。


 それは、2度目に死にかけた時よく分かった。

 自分が死ぬことよりも、彼女を守りきれないことが苦しかった。


「あんた達がトウコを救うのに力を貸してくれるというのなら、俺は従う。覚悟なら、できてる」


 立ち上がり、真っ直ぐにジルシチュールの目を見て言えば、彼は頬を掻いて神官らしい慈愛の微笑みを浮かべた。


「ねえレギウスさん。それは愛っていうんですよ」


 かあっと顔に熱が集まるのを自覚して、誤魔化す為に女神像に顔を向けた。


「べ、別にそれに当て嵌めなくても」

「ふふ、良い言葉なのに。想いを伝える一番分かりやすい言葉だと思いますけどねえ」

「う……」


 意識を失う間際、トウコの想いを耳にした。


『好きだよ、レギウス』と。


 耳に吹き込むように囁かれた言葉に、嬉しくて胸の奥が揺さぶられるようだった。

 たったそれだけの短い言葉に、俺はどこかで救われたのだ。


 だったら、同じように彼女も欲しがってくれるのだろうか?


 次にトウコに会った時、俺は欲張ってもいいのだろうか。




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