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器、争奪2

 目を開けたら、ニコニコと無駄に笑う男が息の掛かるほどの近さで見下ろしていた。


「な、誰だ気持ち悪い!」


 思わず飛び起きると、ベッドに座ったまま男から後退る。やけに体が重くて力が出ない。息が少し上がってしまい、男が心配そうに声を掛けてきた。


「大丈夫ですか?」

「……う…どうなって」


 壁も床も白で統一された見覚えのない広い部屋を見渡し、こちらを覗きこむ男がエノン公国の神官だということに気付き、はっと我に帰った。


「トウコ、トウコは?!」

「ううむ、さすがは若くして傭兵ランクAまで上り詰め、あまつさえ器の力の前に生き残ったレギウスさん。毒に侵されていた体で、それだけ動けるとは」

「俺を知っているのか?そうだ、俺は毒に……」


 傷を確かめようと横腹に手を宛てたところで、傷が癒えていることを思い出した。


「……………トウコが治したのか」

「毒消しは、僕がしましたよ。間に合って良かったです。あなたは死にかけていて……まあ、そのおかげで助かったとも言えますが」


 意味ありげな言葉を聞いた気がしたが、気に留める余裕は無かった。


「トウコは、どこだ?」

「ここにはいません」


 笑みを消したジルシチュールの襟首を掴み上げる。


「どこにいる!?」


 ジルシチュールが、苦しそうに呻く。


「彼女は……混乱の最中に連れ去られてしまいました」

「…二人いた男のどっちにだ?!」

「ええっとですね、そうそう、若くて美形な青年の方でしたか。もう1人の男が、彼のことをガイルと呼んで」


 聞いた途端に焦りが押し寄せる。


「クソッ!」

「あ、待って」


 ベッドから、ふらつきながら立ち上がり、ジルシチュールの制止を振り切りドアを開けた状態で……呆然とした。


 部屋の外には、高い天井。白亜の大理石の床。大きな窓には美しいステンドグラス。だだっ広いホールのようなここを、自分は数度訪れたことがあった。


「ここは、シュデの神殿?」

「一目で分かるのですか?記憶しているとは、あなたはなかなか信心深い方だとお見受け致します」


 感心したように、後ろからジルシチュールが言うが、それどころではない。


「………俺は、公都にいるのか」


 国境にいたはずなのに、馬で5日はかかる公都シュデにいるとなると、あの戦いの後自分はそれだけ眠っていたということだ。


 トウコがガイルに連れ去られて、かなりの日数が経っている。


「トウコ、何てことだクソッ!」


 俺が眠っている間に、そして今もトウコはどんな目に遭っているか考えるだけで、体の底に、どす黒い色が溢れるようだった。


 呆然としていたのは、少しだけ。

 居ても立ってもいられずに走り出そうとしたら、ジルシチュールが俺の腕を掴んだ。


「落ち着きなさい」

「放せ!」


 腕に力を込めて、ジルシチュールを引き摺りながら前へと進んでいたら、気付いた神殿警固の兵が駆け寄ってきて、数人がかりで俺は引き倒されてしまった。


「放せと言っている!」


 怒りに任せて俺が吠えたら、ジルシチュールは困った顔をして説得しようとする。


「まだ体は回復しきっていないんですよ。今は、ゆっくり眠ってたくさん栄養のあるものを食べて」

「ふざけるな!」

「うーん、大丈夫ですって彼女は無事ですよ、多分」

「多分!?」


 這いずる俺の顔を見ながら、どこまでものほほんとした口調のジルシチュールに、神経が逆撫でされるばかりだった。


「ガイルって人、かなりの大怪我を負っているはずです。彼女を連れ去るだけで精一杯だったはず。今頃死んでいるかもしれません」

「なんだと?」

「だから、それほどの怪我人が彼女をどうこうできるはずがないでしょう」


 こちらの気も知らず、あっけらかんと話すジルシチュールの態度が、いちいち勘に触る。。


 這いつくばる床から顔だけを上げて、苛立ちのままに叫んだ。


「そんなの……試してみなきゃわかんないだろうがよ!!」


 …………のちに、冷静になった俺は、この自分の発言に床を転げて恥じ入ることになる。

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