器、争奪
レギウスとガイル、私の前にいる男。
お互い身構えているが、最初の攻撃対象をどちらにするか考えているように動かない。
「……………」
でもそれは、ほんの少しの時間だった。
いきなりガイルがレギウスを見るや、彼に暗器を放った。
「く」
背中を反らして避けたら、そこを男が小太刀で脇腹を狙う。 レギウスが剣でそれを防いでいたら、背後に回ったガイルが背中に斬りかかる。
「あ、レギウス!」
「くそ!」
かすったのか痛みを堪えるように歯を喰い縛り、距離を保とうと横に移動しようとしたら、二人同時の攻撃に遭う。
私はよくわからないけれど、レギウスはかなり強いんじゃないだろうか。
二人の攻撃を避けたり、剣で防いだりと目で追い付けない俊敏な動きは素人目にも凄いと感じる。
けれど、ガイルと男も同じくらい強かった。そんな二人が一斉にレギウスに攻撃を集中させたら、劣勢になるのは……
避けきれなかった暗器が、彼の横腹に刺さった。
「ぐう!」
「きゃあ!」
唸った彼が片手で刺さった暗器を抜くと、白いシャツにじわりと赤く染みが浮かんだ。
レギウスは、まだ立っていて、傷口に片手を宛てて彼らに剣を構えたまま後ろに下がった。
「トウコ、逃げ、ろっ」
苦しそうな呼吸で、彼が敵を見据えたままで私に叫ぶ。
「…………」
「トウ…!?」
ふらつく体に、レギウスが悪態をついて、抜いて転がっている暗器に目を向けた。
「………毒か」
みるみる顔色が悪くなり、体のバランスが保てず、ふらふらしながら立っているだけの彼に冷たいものが背中を伝うようだった。
そして頭も冷えていく。
ガイルが止めを刺そうと彼に歩み寄るのを見た時、自然に体が動いた。
「やめて!!」
どうやってレギウスの傍に来たのかわからないぐらい必死だった。気が付いたら私は彼を背にして両手を広げていた。
「やめて!」
きっ、とガイルを勢いよく睨むと、思わぬことに傷付いた瞳が私を映した。
ガイルが、まばたきをした時には、それは怒りに変わっていて、小太刀が私に向かって突き出された。
だが背後から私のお腹に腕が伸びて体を後ろに引かれて、小太刀は空振りした。
「あっ」
力を使い尽くしたように、レギウスはそのまま私諸とも仰向けに倒れた。
「レギウス!レギウス!」
倒れたまま、彼の傷口に手を宛がう。
「いいから……逃げろ」
薄く目を開けて、私の肩を押す彼に首を振る。
「よせ、ガイル!」
男の声に振り向けば、私に振り下ろそうとするガイルの小太刀を男が防いでいるところだった。
「娘を傷付けようとするなぞ正気か?」
そう言いつつ、男とガイルが斬り結ぶのを背後に見て、その間にレギウスの傷を治癒する。
「………ト、ウコ…にげ」
おかしい。傷を治したのに、レギウスの顔色は益々悪くなる一方だった。
「そいつは助からないぞ、トウコ。お前には毒まで消せない」
ガイルの冷たい笑い声に、目の前が暗くなるようだった。
レギウスは聞いているのかどうか私に何度も「逃げろ」と呟いている。
「いやだ、置いていけるわけない」
彼の胸にしがみついていたら、レギウスが吐く息に乗せて言った。
「友人、だろう?」
危なくなったら、私を見捨てて逃げてと約束したこと。彼は、立場が逆でも通用すると思っているのか。
「………………好きだよ」
ギュッと彼の頭を抱く。
「ト……」
「好きだよ、レギウス」
毒のせいか微かに震える手が、私の背中を抱き締めた。
冷たくなった手に触れられただけで、色んな感情が沸き上がり、涙がとめどもなく溢れて止まない。
レギウス。あなたの方こそ、どうして私を捨てて逃げなかったの?
傭兵の彼が、不利な状況を見誤るわけがない。
どうして命を危険に晒してまで、私を追い掛けて来たの?
約束したのに……!
やがて、レギウスの手は私の背中を滑り、草むらに落ちると動かなくなった。
「死なないで」
願いを口にした時、肩に鋭い痛みが走った。
「ガイル!」
つうっと腕や背中を流れる感触が血だと分かり、衝撃で息が詰まる。
ぐらり、と視界が回る。
「暴走が始まる!」
男の緊迫した声が、私の記憶に残る最後だった。
その後のことは覚えていない。




