少女の日常2
「まだ捕まらぬか?」
「はい、申し訳ございません」
苛立たしげな神官長の問いに、ランドは膝を付いて返事を返した。
「実験は敵を駆逐はしたが、こちら側も全滅して失敗。その上、器は未だ逃亡中とはどういうことだ」
「部下達が後を追跡中です。しかし、移動が速いことから徒歩ではなく、馬での移動かと思われます」
ランドの言葉に、神官長は首を捻った。
「あの器は、馬には乗れぬはずだが?」
「ええ、協力者がいるかと」
「もしやガイルとやらか?」
ピクリとその名に反応したランドだったが、無表情を崩さずにそれを否定した。
「違うと思われます。他の……腕が立つ男だと」
「奴の裏切りにも気付か無かった貴様の言葉など信用できるか。ガイルも行方不明なのだろう?」
「はい」
ランドを見下ろしていた神官長は、彼に背を向け祭壇に向いた。
「他国に利用されるのは避けねばならない。皇帝陛下も憂慮しておられる。速やかに見つけ出せ、さもなくば……わかっているな?」
「はい」
一礼して、ランドは立ち上がり神殿から退出した。
入口の近くには、三人の男女が控えていて出て来た彼の後に続いた。
「報告します。器は、南に下った模様。黒髪の娘の目撃情報を掴みました」
「……国境を越える気か。そこにいるのは三人か?」
「はい」
「私も向かう。お前達は引き続き捜索に当たれ。見つけ次第報せよ。ただし、傷を負わすな」
「はっ、それから器と同行している者ですが、おそらく傭兵かと」
ランドが、目を細めて考える。
「傭兵……あの戦場で会ったか?ガイルから器を奪ったなら、それなりの手練れのはず」
付き従う中の女性が、ためらいがちに声を出した。
「ランド様、ガイルを見つけた場合は、どう対処致しましょう?」
「殺していい」
「…………」
僅かに苦い顔をして、ランドは前を向いたまま命じた。
「裏切り者に慈悲はいらぬ。奴が器を追っているなら出くわすやもしれぬ。その時は、躊躇わずに殺れ。さもなければお前が死ぬぞ」
「……はっ」
***********
「や、やめてくれ!」
「答えろ、黒髪の女を見たのはいつだ?」
腕を怪我した宿の主人に剣を突き付けて、ガイルは冷ややかな声を出した。
真夜中にやって来た彼は、宿泊すると見せかけて、さりげなくトウコの話を持ち出した。主人が「黒髪の女が泊まっていた」と話すと、豹変したガイルに脅されたのだ。
「話す、は、話すから殺さないでくれ」
腕の横の壁に突き立てられた剣を見て、主人が怯えながら声を絞る。
「た、確か、2日前のことだ。連れに男がいた」
「……ここを出てどちらの方角へ向かった?」
「み、右に出て行ったから……南に向かったと」
「確かだろうな?」
懸命に頷くのを見て、ガイルは立ち上がると主人の鳩尾にいきなり蹴りを見舞った。
声も出ず蹲る主人を放って、ガイルは外に出て馬に乗った。
南に行くなら、国境を越えるのは推測できた。ならば、越える前に捕らえればいい。
捕らえること叶わぬなら……
「………殺してやりたい」
自分のモノにならないなら殺したい。他の男といるのを見るくらいなら、消してしまいたい。
神官長が召喚に成功した瞬間を、ガイルはその目で見届けたのだ。
大理石の床に描かれた魔法陣の上に、トウコは見慣れない服を着て力なく横たわっていた。
少しして目を開いた彼女は、キョロキョロと辺りを見回して、一人一人を不思議そうに見ていた。
命じられたガイルは、そんな彼女の手を引き助け起こした。乱暴するなと言われていたので、彼にしては丁重に。
『ありがとうございます』
状況が呑み込めていない中で、彼女はお礼らしき言葉を口にして、間近で彼をじっと見つめてきた。その瞳に心がざわざわとして、ガイルは落ち着かない気持ちながら、なんとか視線を逸らさずにいた。
『………きれい』
状況が分かっていないのだろう。やがて何か言葉を発して、彼女はにっこりとガイルに微笑みかけてきた。
彼女は美しいと、そんなことを思ってしまい、そんな自分に驚いた。
それからずっとざわざわと心が波打って治まらない。
逃げ出さないようにと彼女を監視する立場であるのに、気づけば任務を忘れて目で姿を追っている。
彼女が実験で連れて行かれるのを知った時、そのざわざわは一層激しくガイルを苛んだ。
命じられて、少なくない数の人を殺しても凪いだままだった心が、もはや自分で制御できないのだ。
何かに突き動かされるようにトウコの唇を奪って、その行為に喜びを感じて、ようやく自分は彼女が欲しいのだと気付いた。
あの時に彼女を連れ去っていたら、手に入れていたかもしれないのに。
いらない。他の男に笑いかけるトウコなどいらない。消えてしまえばいい。
心は、もう凪ぐことはない。




