少女の日常
レギウスは、家から歩いて10分ほどの所にある村長の家に寄った。他の家と大差ない質素で年季の入った建物の前の畑に、村長は苗を植えていた。
「レギウスか?おお、よく戻ってきたな」
死んだ父と同じ年齢のはずの村長は、彼を見て快く家に上げてくれた。
「久しぶりだな、たまにこの村に立ち寄っていたのは知っていたが、お前がわざわざ顔を出すとは」
「ああ、急に来てすまないな、村長」
床に敷かれた藁座に座り、向かい合って茶を入れる彼に、レギウスは目を向けた。
「…………それで何か話があって来たのだろう?」
茶を薦めながら促す彼に、小さく頷く。
「あんたは村長で、村の出身者を売ったりしない。だから話すが……」
レギウスは、今までの経緯を簡単に話してみせた。
「………そうか。全滅と聞いていたが、生き残ったのがお前だけとは」
顎髭を撫でながら言う村長に、トウコの力のことは明かさなかった。怪我をしていた自分を助けてくれたのが彼女で、アンムートから狙われていることだけを話した。
「しばらくここに滞在して、情勢が落ち着いた時期に国を出ようと思っている」
「分かった。知らぬ者にお前達のことを聞かれても誤魔化しておくし、不審な輩がいたら報せよう」
「感謝する。それから」
懐から用意した銀貨を20枚、床にトンッと置く。
「国境を越える時に、検問所を通る為の偽の身分証明書を頼みたい」
「二人分か?」
「ああ、親父にも作ったことがあるだろ?」
「時間がかかるが可能だ。引き受けよう」
10枚だけ銀貨を受け取り、村長は意味ありげに笑った。
「なんだ?」
「いや、恩義だけでここまでやるかと思ってな」
「………できたら取りに来る」
村長の視線を避けるようにして、レギウスは立ち上がると家を出て行った。
そこから歩いて数分の所にある小さな店に立ち寄り、パンや肉、チーズと果物にジュースやワインに菓子まで買って、最後に調味料を思い出して支払ってから家路に着いた。
村長からもらった野菜もあるし、今夜はそこそこ豪華な夕食になるだろう。
知らず早足になってしまう。
二時間ほどしか経っていないのに、一人留守をさせたトウコが心配だったし、買った物を見て喜ぶ彼女の顔を見たいと思った。
「見たいって、馬鹿か俺は」
村長に言われなくてもわかっている。恩義や親切心だけで、ここまでしない。わかってはいるが……
「トウコ、帰ったぞ」
返事も待たずに家に入ると、玄関は綺麗に掃き清められていて、床もピカピカになっていた。庭には、シーツやら敷物やらカーテンなど洗濯物がたくさん干されていて彼女の頑張りが窺えた。
「トウコ」
リビングのロッキングチェアで彼女は居眠りをしていた。
途中で眠ってしまったのだろう、片手に布巾を持って、もう片方にはティーカップを持っている。
辛うじて指に通された取っ手を見て、落ちて割らないように、レギウスは荷物をテーブルに置いてから、カップをそうっと彼女の指から外してそれもテーブルに置いた。
悪夢を見るから眠りが浅いのだろう。
眠気に襲われるのは無理はない。
うなされずに、静かに寝息を立てる彼女を見つめて安心する。
掃除の疲れもあって、深く眠っているようだ。
膝掛け代わりに、自分の上着を掛けようと少しばかり屈むと、彼女の安らかな寝顔が近くなった。
年齢よりも、あどけなくも可愛らしい顔を、眠っているのをいいことに観察する。
「………トウ…トウコ」
もどかしいような、苦しいような感覚を覚えて、レギウスはゆっくりと手を伸ばし、彼女の頬を指でなぞるように触れた。
「う…ん」
擽ったそうにトウコは顔を動かし、彼の指に唇が掠めた。
もう一度、その柔らかな感触が欲しくて、自分から指を持っていき彼女の唇をなぞった。
それから思い出したように、その指を離して握りしめ、目をぐっと瞑った。甘い衝動を堪えて、彼女を視界から追い出した。
どうかしている。
一緒にいて情が移っただけだ。しばらく女に触れていなかったせいかもしれない。
疼く胸を手で押さえ、レギウスは一つ息を吐くと、部屋の片付けを再開した。
気の迷いは無視することにした。




