少女の憂鬱3
トウコは、怯えている。
たまに冗談を言ってのけたり、強気な態度を取ったりする癖に、気を抜いた時にふと辛そうな顔をしている。
眠っている時は、うなされる。体を震わせて泣くほどに。
そんな時は、知らない言語を発していて、彼女が異世界の者かどうかはわからないが、この辺りの国々の生まれではないのは推測できた。
あの時のこと、彼女だけが知っているかもしれないのに、俺はまだ聞けないでいる。彼女が苦しむ姿が、それに関わっているとわかるからだ。
ここまで彼女を怯えさせるものが何なのか……
そういえば、俺はトウコの笑った顔を見たことがない。
「どこへ行くの?」
「エノン公国やアンムートから離れた他の国に身を隠そう。できるだけ都市から離れた場所がいい」
「そうね……そこまで行ったら何とか一人で暮らせるかな」
どこか遠い目をして呟くトウコを見ると、あまりに頼りなげで一人で大丈夫かと思ってしまう。自分が、こんなに世話焼きだとは思ってもみなかった。
「安心して暮らせる場所まで行けば、お別れだな」
「うん」
即答されて、なぜか苛立つ。ここまですれば十分なはずなのに、もっと頼ればいいのにと思ってしまう。
「…………いつか帰れたらな」
「………………………」
寂しそうに俺をすり抜ける視線に何とも言い表せない気持ちが湧く。
公国内のとある村に着いた。
「のどかだね。それに綺麗」
鬱蒼とした山に囲まれた湖があり、その周りを囲むように家が立ち並ぶ。トウコは、そうしたどこにでもある風景になぜか感動するようだった。
「俺の故郷だ」
「へえ、そうなんだ」
生気の戻ったような目で、物珍しく辺りをキョロキョロする彼女を馬から降ろす為に手を添えてやる。こうして何度も触れた細い指先に、またもやドキリとするのを顔に出さずにやり過ごす。
少しかさついてはいるが、彼女の指は白く柔らかくて綺麗だ。
それは、つまり剣はおろか重労働もしたことがない、身分の高い者の手だ。
………わからないな。仮に異世界の者だとしても、なぜ彼女がここに連れて来られなければならなかった?
俺には、ただの世間知らずのお嬢様のようにしか見えない。
そもそも異世界から人を呼び出す魔法など、古代の伝説として語られるだけではないのか。現に今まで、トウコ以外でこの世界に来た者など聞いたことがない。
ただ、異世界と聞いて思い浮かべることは、アンムートやエノン公国、更には世界の主要な国で崇められている神のことだ。
この世界を創ったとされる二柱は、同時に幾つもの世界も創ったという。
ちなみに死と隣り合わせの職業柄、俺は神を信仰している。
今は空き家に近い自宅に彼女を連れて行く。
「レギウスにも家があったんだ」
「一応な」
たまに立ち寄るだけの家なので、食料も財産も保管しているわけではない。
埃を被った食器棚や椅子やテーブルを引きつった表情で見回していたトウコが、どこからか探してきた箒と雑巾を手に俺をじっと見上げる。
「………掃除、します」
「長居するわけじゃない、別にいい」
「掃除します!」
「……わかった」
流されるように、俺も布団を干し、家具の配置を直す。床の外れた板を直したところで、シーツを庭の井戸端で洗うトウコに声を掛ける。
「用事があるから少し出るが、近くだから直ぐに帰る」
「あ、うん、わかった」
「一人で大丈夫か?何かあったら……」
大人に言うことじゃないが、彼女を捜している奴らがいるのは確かだ。ここまで来るとは思えないが用心するにこしたことはない。
一緒に行くか聞こうとしたら、仕事を見つけたのが嬉しいらしいトウコが、裸足で洗濯物をバシャバシャ踏みしめながら手を振った。
「いってらっしゃい!帰ってくるまでに綺麗にしておくね!」
「……ゆ、夕食の食料を、ついでに買ってくる」
「うん、調味料もお願いね!は、早く帰って来てね!」
「は……わ、わかった」
恥ずかしそうだが初めて笑ったトウコに、何だか俺は落ち着かなくて背を向けた。
なんだかこのやり取り……まるで
「……うーん、新婚さんみたい」
「う」
小さく呟いたトウコの言葉は、早足で離れる俺の耳にちゃんと届いていた。思わず声が出た。
……トウコは、わざわざ言わなくていいことを言う。
同じ事を思ったなんて、言えるはずがない。




