夜を歩く
初投稿です。
#初心者歓迎BL短編 用投稿です。
夜の街が好きだった。
みんな孤独で、みんな忙しそうで、嫌なこと考えないようにしてるみたいなのが、僕と一緒に思えたから。
早乙女 鈴という僕自身のこと、学校のこと、家のこと、将来のこと、何も考えなくてすむ。考えなきゃ行けないと大人は言う。クラスメートの話題も僕の知らないネットと進路のこと。僕にはそのどれもがよくわからなかった。自分のことも見えていないのに、どうして未来のことなんて考えられるの?
僕はわからないことを抱えたまま、誰もが孤独をさらけだす夜の街を歩き続ける。
「君、暇なの? 五万でどう?」
雑居ビルのネオンが途切れる路地の前で、優しそうなサラリーマンに声をかけられた。
無視しようと思ったけど、なんだか香水の甘い香りが僕の足を止めさせた。
暇かだって? わからないことの正体を見つけるのに僕は忙しいんだ、って一瞬だけいらっとした。でも、一瞬でもこの孤独と不気味な不安が忘れられるなら、いいかなって思った。
「あー、えといい……」
いいよ、って言いかけてなぜだかクラスのやつの顔が浮かんだ。
教室じゃ僕の前に座ってる、榊 鷹士。目立つヤツではないけど、誰とでも仲良く話すし、ゲームの話題を熱弁してたと思ったら、プロ野球の話をしていたり、なんかいいやつそうだなって思ってた。
そんなやつの顔、なんで思い出したのかな。
「ねえ、どうなの? 不満ならもっとだすけど」
お金じゃない。生きる意味が、僕って誰なのか、知りたいだけ。それか、考えるの止めさせて欲しいんだ。
「ねえってば」
そういえば、榊の電話番号、あったっけ。始業式の日、アホっぽい笑顔で榊に交換を持ちかけられたんだよな。
「待って、彼氏に聞いてみる」
「なんだそりゃ」
サラリーマンは怒るでもなく、けらけらと笑って腕を組んで待つ姿勢をとった。
携帯端末で電話をかけると、三コールで繋がった。
「もしもし? 早乙女……くん? 珍しいね、どうしたよ」
このしゃべり方だ。ぶっきらぼうにも聞こえるのに、なぜか気を許してしまう彼の声。そういえばあまり話さなかったのは、それが怖かったからなのかもしれない。
「うん、急にごめんね」
「気にすんな。それより、宿題教えてくれーとかなら無理だぞ。教えて欲しいのは俺のほうだからな」
「それなら大丈夫。僕頭いいから、教えてあげるよ」
「マジかー助かるわ! んで、先生が何用?」
「うん、今街歩いてたんだけど」
「こんな時間にか、不良だな」
「ふふふ、そうなんだ。で、僕の彼氏として聞きたいんだけど」
「お? ん、ああなんだ?」
冗談を聞き流してくれたらしい。
「ナンパされてるんだけど、ついていっていいかな」
「あっはっは! おう、楽しんでこいよ。女子大生とかだったら今度、俺にも友達紹介してくれよ」
いいらしい。
僕はサラリーマンに、伝えた。
「ついていっていいって」
「話のわかる彼氏だな」
「ねえ、榊君」
まだ笑ってる榊に、訂正事項を伝えなきゃ。
「榊君。女子大生じゃなくて、サラリーマンのお兄さんで、五万くれるって。援助交際? みたいなのだよ。じゃあ、友達は紹介できないとおもうから、ごめんね」
「……っなえぇぇぇぇぇぇ! って馬鹿かああああああああああああああ!」
耳が痛い。
「僕は馬鹿じゃないよ。榊君より勉強できるし」
「そういう話じゃねえ! 危ねえだろ! 断れ馬鹿!」
また、馬鹿って言った。
怒鳴られたこと、二回も馬鹿って言われたのがちょっといらっとしたけど、榊君に言われたから断ることにした。
「お兄さん、彼氏がダメだって」
「そっかあ。彼氏が言うならだめだわな。あっはっはっ。んじゃ俺も帰って呑んで寝るかね。君もさっさと帰れよ青少年。俺みたいな善良な大人ばっかじゃないからな」
「善良な大人は少年を買ったりしないよ」
「マジか!? うははは!」
そのまま、笑いながらサラリーマンは去っていった。
「おいっ大丈夫なのか!」
榊が受話器の向こうでずっと叫んでる。
うるさいなあ。
でも、いやじゃない、のかな。
「うん、じゃあ帰るね。ありがと、ダーリン」
「お? おう、いいってことよハニー?」
声がうわずってて可愛い。
「お休みなさい、いい夢見てね」
「こういう場合は、夢で待ってる、じゃないのか?」
「やだよ、めんどくさい」
「可愛くないな」
「うん!」
「おまえなっそうい……」
ピッ
通話停止ボタンを押す。
街を見渡した。
不思議と、街が広く感じるし、ひとの笑顔が少しだけ信じられるようになってた。
あと、さっきまでの寂しさが消えて、わけもなく嬉しくなって顔がにやけるのが止められない。
なんでだろう。
さっきのサラリーマンの笑いがうつったのかな。
「まっいいか!」
僕は弾む気持ちのままに、深い深い夜の街を駆けだしていた。
了
後日談もありますが、読者様の反応次第ということにしておきます。
自分メモ
「孤独の回廊」
「カミル・サンディック」
「己を知ることは、夜の街を歩くが如く」
「再会」
「ホテルへ」