序章 プロローグ 覚醒編
……あれからどれだけの年月が経ったのだろう。
魔王が持ってきた拷問をするための椅子に縛られているまま、俺はこれまでのことを思い出していた。
◇◆
俺たちの世界はあの日、魔王の手によって滅び俺はその手を血で染めてしまった。
その後魔王の手で世界が炎で包まれていくのを見せられ倒れた俺は、目が覚めるとどこか分からない手術室のような場所にベッドで縛られていた。
そして魔王の手によって俺の体は改造されてしまっていた。
髪の色は茶色から黒へ、瞳の色は茶色から赤へ変えられ、そして肉体は魔王曰く異世界の肉体に近づけたと言っていた。
魔王は自分が転生する前に居た異世界を、まるでゲームのような世界だと言っていた。
ゲームのようにレベルがあり、魔法もスキルも魔物や亜人達もいるそんな異世界だと。
そして俺の体に実際にスキルを得られることができるのか実験をすると。
魔王によって自由に動けない俺はもはやされるがままだった。
まずは痛覚の耐性スキルを覚えさせる、そう言いながら魔王は様々な拷問器具を取りながら笑っていた。
そしてその日から俺の地獄が始まった。
初めは軽い拷問といいながら魔王は俺の両手両足にある爪を全て剥がした。
俺はその時点で根を上げた。
だが魔王は嬉しそうな顔で次々と拷問を続けていく。
拷問が続き虫の息となった俺を魔王は、俺に説明した魔法で俺の肉体を回復した。
そしてまた拷問を再開した。魔王は俺に拷問をしては回復してさらにまた拷問をしての繰り返しを行った。
そんなことを繰り返せば俺の心は壊れてしまう、だが魔王はそんなことさえ許してはくれなかった。
魔王は実験する前に俺にスキルを複数授けたと言った。
それは睡眠無効、気絶無効、麻痺無効、精神回復の四つのスキルだった。
このスキルのせいで俺は心が壊れても時間が経てば回復し、痛みで気絶できず、疲労から眠ることさえできない。またどれだけ激しい痛みでも麻痺無効のせいで痛覚麻痺にはなれない。
つまり俺は二十四時間休むことなく拷問を受けることができる体になってしまったのだ。
そしてたとえ誤って魔王が俺を殺しても、もしくは俺が自殺しようとしても、
「僕には蘇生魔法があるから大丈夫だよ。死んで直ぐなら必ず生き返らせることが可能さ。でも一応舌は噛み切れないように布で口を縛っておくね。ああ、それから寿命の心配もないよ。この薬を飲めば地獄のような苦しみはあるけれど、肉体を寿命を若返らせることが可能だから♪」
魔王がそれを許すはずもなかったのだ。
そしてそんな拷問が続くと俺の体に変化が訪れた。
拷問に対しての痛みが慣れてきたというより強くなっていた。さらに傷が少しずつだが治っている。
魔王は俺の様子を見て察したのだろう大喜びで言ってきた。
「おめでとう痛覚耐性Dを習得したよ!、ついでに肉体再生Dのスキルも手に入ったね!ちなみにスキルの多くはランクが存在してねA~Dまであるんだよ覚えといてね♪」
魔王は笑いながらこれでさらに強い拷問を行えるねと楽しそうにしていた。
そうやって俺の体は今日まで少しずつ、少しずつ改造されていった。
◇◆
そして現在俺は拷問椅子に手足を縛られながら考えていた。
どうすれば魔王を殺さるのかと。
皮肉なことに魔王の拷問で俺は強くなっていくことを実感していた。
今では殆どの攻撃に耐えるほどのスキルを身につけていた。
魔王の言葉を信じるなら今の俺のスキルは現在、全属性攻撃耐性A、全状態異常耐性A、痛覚耐性A、精神回復A、肉体再生A、気絶無効、睡眠無効、麻痺無効を手にしたことになる。
ちなみに俺の服装は学生服のままだがこの服も魔王によってスキルを与えられている。
それは耐久回復スキルだ。最初のランクはDだったが何年にも渡る拷問を経てランクはAになっている。
このスキルによってどれだけ傷ついても破けても、時間が経てば元の新品状態に戻るというものだ。
本当にゲームのような体や装備を手に入れてしまった。
それでもあの魔王には勝てない。
どれだけスキルを手に入れようとそれは全て守りのスキルだからだ。
攻撃スキルや魔法を一つも持っていない、俺がただ殴ったり蹴ったりするだけであの魔王を殺せるはずがない。
そしてその肝心の魔王は現在ここにはいない。
時折魔王は俺の前から姿を消す事がある。
それでも長くて一時間や二時間で帰ってくる程度だ。
だが今日は長い。俺の体感だが半日は経っているはずだ。
それに最近は拷問の数も減ってきた。
俺の体にスキルを身につける実験が終わりを迎えているのか、それともただ飽きてきたのか。
もし俺の拷問を新しくするために時間を割けているのならそれは願ってもいないことだ。
それはつまり俺に新しいスキルを身につける実験を行うということだからだ。
そして新しいスキルを得た分だけ魔王を殺せる確率も上がる。
だがもし俺の実験に飽きて俺を処分するつもりならまずい。
今更死ぬのは怖くないが、魔王を殺すことができなくなる。
魔王がいない間に脱出しようにも、まだ魔王に体が操られているのか、またはこの拘束に何らかの力が働いているせいなのか力が出ない。
そもそもこの手術室からどうやって脱出するのか。
出口は見当たらないし、そもそも魔王は何もない空間から異空間の穴作って出ている(魔王は転移魔法:ゲートと言っていた)のでもしかしたら本当に出口はないのかもしれない。
俺は何度目になるか分からないここからの脱出を模索していると魔王が帰ってきた。
「やあやあ綾人くん。元気にしてたかい?ごめんね~ちょっと手間どってね」
珍しく魔王は疲れている様子だった。
だがそんなことは俺には関係ない。どうにかして奴を殺す方法を考えなくては。
「ん~君の殺気は心地いいね♪疲れた体も元気になるもんだよ。できれば君の罵倒も聞きたいけれど口は縛ってるまんまだったね。今の君には自殺する気はないのはわかるけど、それでも念のためだからね」
魔王はそう言うと右手から青白い炎を取り出した。
「そんな殺気を出している綾人君には申し訳ないんだけど、今日は残念なお知らせがあります。非常に心苦しいんだけど今日で君との楽しい楽しい拷問は終わりだ。だから最後に君にとっておきのプレゼントあげようと思う」
……今あいつはなんて言った?拷問は終わり?プレゼント?
俺は魔王の言葉に先ほどの考えが頭を過ぎった。
もしも魔王が俺の拷問に飽きたのだとしたら?
魔王は言っていた、最後にプレゼントと。それはつまり飽きたから死をプレゼントすると言う事ではなかろうか?
だとしたらまずい!今の俺は身動き一つも取れない状態だ!!
魔王はそんな俺の心境を知っているのか、それとも知らずにいるのか分からないが近づいてくる。
俺は焦りが強くなりその瞬間落ち着きを取り戻す。
精神回復スキルが発動した。
落ち着け俺、あの魔王のことだ。俺を殺すにしても一瞬で殺すはずがない。必ず長く苦しませる方法で殺しに来るはず。だとすればまだチャンスはある!
「ふふふ大丈夫だよ綾人くん。せっかくここまで育ててきたんだから処分なんてするはずがないだろう?それに言ったろ?これはプレゼントだって。」
……何だ?俺を処分するんじゃないのか?
俺の疑問をよそに魔王は俺の目の前に立って青白い炎を見せて言う。
「これにはね残留思念が残っているんだよ。なんの思念だと思う?正解はなんと君が殺してしまった、いや違うか僕が殺させた人間の怨念が入っているんだよ!!」
「……俺が殺してしまった人達の残留思念?」
「綾人くんずっと気にしてたでしょう?自分が殺してしまった人達は果たして自分を恨んでいるのだろうか?とか、どんな思い出死んでいったのか?とかね」
……馬鹿馬鹿しい、そんなの決まっているだろう。
俺は魔王が青白い炎を近づけてくるのに抵抗しなかった。
恨んでいないはずがない、彼らは皆俺の事を恨んで死んだに決まっているんだ。
この炎を受けたら、俺の心は本当に壊れてしまうかもしれない。
たとえ精神回復スキルを持っていても、これから受ける痛みは決して消えないかもしれない。
だがそれがどうした。
それでも、あの炎からは逃げることはできない。
あれは俺の罪でありの罰だから。
「さあ楽しい楽しいショーの始まりだ♪」
「!?」
魔王に炎を埋め込まれた瞬間、俺の体中を何かが駆け巡る。
それは思いだ。
誰かの痛みが、悲しみが、怒りが、恨みが駆け巡る。
どれだけの時が流れても決して忘れることはないあの日の、彼らの最後の思いが声になって聞こえてくる。
魔王を、そして俺を恨む声が聞こえてくる。
でもそれだけじゃなかった。
父さん、母さん、幸生、雪、なんで俺を恨んでいないんだ。
……どうして俺のために泣いているんだ。……どうして俺なんかの心配をしているんだ!
他の皆みたいに俺を恨んでくれよ!憎んでくれよ!
じゃないと俺が楽になれないじゃないか!
!?
俺はようやく自分の本心に気づいた。
なんだよ、結局自分が楽になりたいだけじゃないか。
魔王を殺すとか言っておきながら、罪だの罰だの言っておきながら結局自分のためではないか。
魔王に恨みを持つのもそうだ。
こいつは俺の日常を壊した。俺を大量殺人者にした。だから許さない。
家族も友人も世界も関係ない。
俺のこの殺意も恨みも悲しみも全部自分のためのものだったんだ。
「……やっと目が覚めたよ魔王。俺は、俺自身のためにお前を殺す。お前に復讐してやる!!」
俺は魔王に向かってそう叫んだ。
それと同時に俺の体から青い炎が全身を包み込む。
この炎が何かはわからない。
だが俺に新しいスキルが目覚めたのは理解した。
炎は俺の体を縛る拷問椅子だけを燃やす。
俺はここに来て初めて俺の意思で立ち上がる。
……ここからだ。
ここから俺の復讐の物語は始まった。
次回から三人称で書いていきますのでよろしくお願いします。