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青年と銃弾

俺は、時速30km程を維持しながら草原を走っていた。他人に見られても誤魔化しが効くだろう、という憶測の元でこのスピードを出していた。これは、ゴブリンみたいなファンタジー生物の存在するこの世界でならありえるかもしれないという、俺の希望的観測だけどな。


「しかし、一向に人と出会わねぇな、馬鹿みたいな距離を走ってんだぞ?」


車の窓から覗く景色のように、周りの景色は頻繁に移り変わっている。だというのに、街が見えてこないどころか、人間とも全く出くわさない。そんな事実が平静を保とうとする心を大いに掻き乱していた。


「こうも、誰とも出会わないと、あのゴブリンが愛しくなってきそうだ」


思ってもいないことを口に出してみる。だがしかし、それは逆効果で、脳裏にあのゴブリンの最期の顔が浮かび、さらに気分を悪くするだけだった。


そんな気分を払拭するように、スキャナーを発動する。道中に何度も発動しているおかげか、それはもう手慣れたモノだ。


視界に表示されたマップを確認しながら、走っていると1.5km先の森に青い生体反応があることに気が付く。


「ん?人か?これ?」


青く光る生体反応はブリッツアウトにおいて、味方の生体反応であった。マップ上にあるアイコンをクリックして、すぐさまその詳細情報を表示する。



『エリック 男 人族』



「ビンゴ!やっぱり人間か!」



だが、そんな喜びも束の間、その青い生体反応に続くようにして、赤い敵性反応があることに気が付いた。



「ん?なんだこいつ…、複数の敵性反応に追われてやがる」



今まで抑えていた速度を、自重するのをやめ、足に力をいれる。助けが間に合わなければ胸糞が悪い。


次の瞬間、そこには誰もおらず、一陣の風が吹き抜けていた。




エリックという青年は、街の近くにある森に薬草採取に来ていた。


朝一番に冒険者ギルドに足を運び、いつものように街の清掃の依頼を受ける。その清掃の依頼が終わり次第、森に向かい薬草採取をする。そこで得た薬草をギルドで売り払い、買い物をして帰る。それが冴えない彼のいつものルーチンだった。


彼の通うバーグの森と呼ばれる森は、深く潜らない限り比較的安全であり、浅い場所でも年中、様々な種類の薬草が取れた。そのためだろうか、エリックは動きの遅くなる鎧を嫌い、使うことのない短剣を腰から下げていた。


ただ彼の本音を言うと、生活に余裕がなく体を守る鎧も、作りのしっかりした剣も買えないだけであったのだが。



そんなエリックというどこにでもいるような青年は、この日に限って臆病だったはずの自分を押し殺し、いつもより深い場所で薬草の採取をしていた。その行動に特別な理由など、もちろんあるはずもない。いつもより良いものが食べたいという一心での行動であった。


今、そんな彼の胸には後悔の念が渦巻いている。森に生息する魔物の群れに追われているからだ。いつもより多く薬草を取ろうと欲張った結果だった。


そして、空を見なくても分かるほどに、周囲は暗くなりだしていた。ただ、日が暮れかけていたのであれば何も問題はない。


夜になると活性化する魔物がいることを、彼は知識として知ってはいたが理解するに及んではいなかった。そして、その夜行性の魔物が恐ろしく鼻の利く、森狼だということが一番の問題であった。


「ヒッ、ヒッ、ヒッ」


声にならない奇妙な音を出しながらエリックは来た道を、己が出せる全速力で駆けている。道中、彼は薬草の入った背中の背負子を後ろを向かずに投げ、背後から迫る子犬ほどの魔物に牽制をいれたが、特にその行為は意味を成さなかった。それを証明するかのように森狼の親子は、未だ自分の背を追いかけている。


子供に狩りを教えるためだろう。時折、森狼の親が目の前を走るエリックの腰に噛み付くフリをしていた。エリックからすれば、たまったものではない。


ただ、幸いなことに森狼の子供は獲物を追いかけることに慣れていないのか、上手く自分に取りつけないでいる。


(だけど、もう周りは暗くなってきた!足元がほとんど見えないのに走っていられる自信なんかない!助けてくれ!誰か!気付いてくれ!)


迫ってくる森狼を警戒し、足元に気を使い、森の中を走り続けたエリックには、叫ぶ余裕などもはや残っているはずもなかった。体力なんて言わずもがな、だ。


燃料もないのに、焚き火を燃やし続けている、そんな無茶苦茶な状況だった。

もう走れないのに、走らなければいけない。端的に言えば、彼はとうの昔に限界を超えてしまっていた。


(苦しい!死にたくない!苦しい!死にたくない!死にたくなんかない!)


泣きたい気持ちなのに、誰かに縋りたい気持ちなのに、エリックの目には涙が浮かんでいなかった。己の体は涙ですら、燃料にして走っているのだろう。乾いた口の中が自分の考えを証明しているように感じて、少し笑みがこぼれる。


そんなエリックの必死さが通じたのか、森の出口はすぐそこにまで迫っていた。


(助かる!助かる!助かる!助かる!助かる!)


彼の頭の中には、もうそれしかなかった。


だからだろう。木の根に足を取られ、エリックは転んでしまった。受け身をする余裕など、残っているはずもない。


そして、勢いを殺すことなく自分の意思とは別にエリックの体は、前方に転がっていく。もうこうなると、痛みを感じるということですら、彼は忘れてしまっていた。


そして、途中にあった木にぶつかり、エリックは森狼の親子と顔を向かい合わせることになった。彼はもう手を動かす気力さえないのか諦めた視線で森狼達を眺めていた。



やっと獲物にありつけるとばかりに、エリックの視線の先では、森狼達が暗闇で目をギラつかせている。できれば、痛くしないでほしい。エリックには、もうそんな淡い願望しか残っていなかった。




その時だった。ヒュンと風切り音が聞こえた。それはまるで、死神が振るう鎌のように冷徹で無慈悲な音だった。エリックは聞き間違えかと己の耳を疑う。


だが、その瞬間、自分の目までもを疑う光景が眼前に広がっていた。


地面を砕き爆音を放つ、黒い塊が自分の前に着弾したのだ。それに気付かなかった森狼の子供は、その身を肉片に変え、吹き飛ぶことになった。



森狼が死んだことを確認したのか、血塗れの大きな塊がむくりと立ち上がる。石か何かだと自分が思っていたモノは、どうやら人間だったらしい。



木々の隙間から差す月光が、自分の身を救ってくれた人物の顔を照らしている。血塗れで、体のところどころに肉片をこびりつかせているせいか、彼はおどろおどろした雰囲気を身に纏っていた。


あまり見かけることのない銀色の髪を後ろに流し、月の色と同じ色をした金色の瞳が己を見つめている。


「間に合って良かったな、兄ちゃん」


それは、森狼を肉片に加工した人物とは思えないほどに、優しい声色だった。


燃やし尽くしたはずの涙がエリックの頬を伝った。

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