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夕日と銃弾

吐き出した胃液が未だこびりついている口元を、左手で拭う。ツンとした胃液の独特な香りが鼻の奥で存在感を出してはいるが、今の手持ちにそれを払拭する手はない。



なんせ、手持ちには腰のベルトに取りつけられた気持ち程度のナイフと右手に握るクロスボウしかないのだ。身に付けているアーマーのような黒を主張とした耐火防具を別にすれば、これだけしかない。


何日も戦争を繰り広げるゲームであれば、レーションや飲料水を所持していたことだろう。だがしかし、ブリッツアウトというゲームは、一試合が長くとも、二十分前後のゲームだ。そんなゲームのキャラを肉体としている、今の自分がそんな都合良く食料を持ち合わせているはずがなかった。



ん?何か喉にひっかかる感じがする。何かを忘れているような…。



「あ、そうだ!スキャナーがあったか!」


スキャナーというのは、ブリッツアウトで戦う兵士なら誰しもが持つ、索敵や地形把握に用いられるナノマシン由来のソナーのことである。五分に一度という制限があるものの、その精度は凄まじい。敵が如何に巧妙に瓦礫の裏に隠れていようが、2kmまでの範囲なら余すことなく何もかも曝け出してくれる。


今のこんな状況で、手っ取り早く水源を探すのには、うってつけの機能だった。



スキャナー展開と体の中のナノマシンに合図を送る。やり込んでいたゲームであったがために、それはもはや慣れた作業であった。すると、スキャナーの発動時に出る独特の『ブゥン』という電子音が鳴り、数秒後には、視界に森林マップが展開される。


上手くいったのだろう、そう思うと自然に安堵のため息が出ていた。スキャナーを発動できたことも大きいが、ゲームの設定と変わらず、ナノマシンが体の中にあると分かったことの方が、個人的には大きな収穫だった。


ナノマシンが正常に稼働さえしていれば、どんなに飲料水が汚染されていても水分を得ることができる。泥水のように汚れている水を飲むことは、流石に躊躇してしまうが、生水を飲むことで無条件に水あたりをしないということは今の現状では、大きなアドバンテージとなる。



運が向いてきた、とほくそ笑む。視界の隅にあるゴブリンの死体を目に映さなければ、最高の気分だった。







あれから数時間が経った。ゴブリンの血の臭いに誘われ、新たな獣が来ることを嫌った俺は、そのままの足で森林マップに表示された川に向かい、吐瀉物に汚れた装備や顔を洗い流し、水分補給をした。


飲料水を持ち運ぶための水筒を携帯していないことに気付き、少し肩を落としはしたが、ない物はしょうがないと割り切って森を出ることにした。


そして今現在、森を出て大きく広がった俺の視界には、馬車が通ったのであろう、まだ新しい轍があった。見渡す限り草原のようではあるが、この轍の先にはきっと人の住む街があるだろう推測できる。



「とりあえず歩くか。日が暮れちまったら仕方ねぇ」



上を見上げると、少し落ちそうになっている太陽が見えた。少し急いだ方がいいらしい。



「しかし全く、ついてねーな。見知らぬ土地に、送られるなんてよ」



随分と長く歩いているせいか、思わず愚痴が溢れる。ナノマシンの存在があるおかげで身体能力はおよそ、人間を辞めていると言ってもいいだろう。


歩くスピードは全く落ちず、息も全くあがらない。こうやって愚痴混じりではあるが、道中の景色を楽しんでいられる余裕さえあった。だが、都会育ちの人間にとって、この終わりの見えない目的地というものは、精神的にくるものがある。


「やってらんねーよ。ゴールはどこですかー?」


普段からゲーム中は独り言の多い俺だったが、今は、それがエスカレートしている。側から見ればただの不審者であった。ただし巨人の、という但し書きはつくが。


「ッチ」


そんなこんなをしていると、日が本格的に落ちてきた。薄っすらと赤い夕日が地平線に落ちようとしているのが見える。夜になると夜行性の獣も出てくるだろうと思うと、気分も暗くなってくる。


そして、左手の方向に目を向けると、鬱蒼と広がる森がやけに存在感をアピールしていた。森から500メートルは離れているとは思うが、些か心許ない。



悠長に景色を楽しみながら散歩していた、先程までの自分に少し腹が立った。



「…。んじゃ、走るとするか」



そんな言葉に呼応するかのように、何も入れていない腹が大きく鳴った。

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