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災厄と銃弾


転換種、それは災厄である。


人々は、人種の魔獣が闘気という技術に目覚めるとその個体を転換種と呼ぶようになる。


闘気というモノのは、誰もが持って生まれるような力ではない。選ばれた人間が研鑽を積み重ねた結果、漸く得られるかもしれない、というレベルのモノだ。いくら才能があり、修練を重ねたとて確実に得られるという保証はない。それは、いくら神に願えど変わることはない。


そして、闘気という技術を得た人間は、その脚力で地を割り、腕力で空を割ると言われている。誇大な表現かもしれないが、なんの力も持たない人間達からすれば、そう見えてしまうのは仕方のないことだろう。


だが、生まれながらにして優れた身体能力をその体に宿す魔獣が、もし闘気を持っていたとしたら?


それは、もはや冗談や悪夢の類だ。軟弱な人族が百人揃ったとて、到底太刀打ちできるとは考えられない。



そんなものは、嵐や洪水と同レベルの天災である。ただの天災と違うところは、時を待ったとしても解決しないという点だろう。


むしろ、この天災は待てば待つほどに現状を悪化させていく。それはそれは、タチの悪い病原菌のようにだ。


人種というポテンシャルを得た化け物達が闘気という技術を、その野生的な勘で研ぎ澄ましていたらとしたら、恐ろしいことになる。


人知を超える力を得た彼らは、その歩みを決して緩めることはしないだろう。


過去に判断を見誤った国が滅ぼされていることから、よほどの馬鹿でない限り転換種の危険性を察することができる。いくら時代が移り変わろうとも、その脅威は変わるものではない。


だからこそ、彼らは災厄と呼ばれている。

天変地異の体現者、暴威の化身、終わりのない悪夢。

国によって呼び方の違いはあれど、その本質は同じだろう。





そして、そんな存在がアトラス達の元に向かおうとしていた。






木を裂く音がする。それは、静まり返った森の中でアトラス達の耳にはっきりと聞こえていた。



「あんた!何してんだい!逃げんだよ!森狼とは訳が違うんだ!」


焦りと恐怖に歪んだエリサの顔が青く染まっている。


「無理だ。冗談みてぇな速度でこっちに向かってきてやがる。俺達の背中を無防備に晒してぇなら、逃げるしかねぇが」


スキャナーで表示されたマップに、見たこともない紫色の生体反応が迫ってきているのをアトラスは視認する。



斥候として何年も森に潜り続けているエリサの様子からして、尋常ではない相手なのだろう。それは、無知なアトラスでも容易に想像できた。



「んなこと言ったって、敵いっこない化け物ってのはいるんだ!あんた、まさか転換種のことを知らないのかい!?」



転換という言葉から察するに、本来の性質から何かしらの進化を成し遂げた存在なのだろう、と無意識ではあるが、アトラスはその本質を理解していた。


彼はただの馬鹿ではないのだ。この世界において知らないことが多いということだけで、本来は頭脳派なのである。


敵の動きを察知し、優位なポジションを維持する。被害をできるだけ軽微に抑える立ち回りで敵を如何に効率良く殺すか、敵がスキャナーで取り込んだマップでどう動いてくるか予測し、それに合わせてチームを動かす。


スキャナーというものは絶対ではない、光学迷彩防具を装備した相手には全くと言っていいほど効かない。そんな時は味方の被害状況で、敵の動きを察するしかない。そして、それはアトラスにとって容易いことだった。



「知らねぇな、そんなこたぁ。けどな、知らねぇこと尽くしの俺にでも分かることがあんだよ。命があるやつなら殺せるってことだ」



何千、何万と殺し合いを続けた男の目が光る。



そんなアトラスの言葉にエリサは目を剥く。暴論じゃないか!という言葉が喉から出そうになった。しかし、それをエリサはグッと堪える。


そんなことを言ってのける男が放つ暴圧に、彼女は呑まれたのだ。


エリサは、自分の呼吸が止まったのではないかと錯覚するような、濃厚な殺意の密度に戸惑いを隠せないでいた。それと同時に彼女は納得したのだった。



アトラスの言っていた言葉は全て事実であったのだと。

こいつは素手で魔獣を殺せるし、数え切れない程の人間を殺してきたのだろう。


この男も、転換種と同じ程の理不尽な暴力なんだと、エリサの心が確信を持った。



「邪魔になるから下がってろ。そんで、街に向かえ。今のお前の足ならそれぐらいはできんだろ?」



震えてねぇからな、とエリサの耳には聞こえた気がした。


「あんたの邪魔になるってことぐらい、今のあたしでも分かる。だから、街の人間に助けを求めないし、あんたの言う通りにしようと思う」



だからさ、とエリサは言葉を続けた。



「街にあんたが帰ってきたら、ご飯奢らせてね…。薄情なあたしのそれぐらいのわがままは許してほしい」



自分の無力さを嘆くエリサの瞳に浮かんだ涙をアトラスは見た。



「お前、随分と色っぽくなったじゃねぇか。街に帰ったら飯じゃなくお前を食わせてくれや、頼むぜ」



そんなことを言った当人はカッカッカッと快活に笑っている。エリサからすれば、冗談なのか本心なのかわかったもんじゃない。



「こんな状況で何言ってんの!変態!」


尻を触られた生娘の如く、頬を真っ赤に染めた彼女の潤んだ瞳は街の方を向く。


「死ぬんじゃないよアトラス」


アトラスに背を向けたエリサはそう言うと、木々の間を抜け、走り去る。



アトラスの目にそんな彼女の姿が見えなくなった頃、息を殺しこちらを観察していた存在が木の影から顔を出した。



「人の恋路を邪魔しにでもきたか?クソ野郎」



そう言い終わるやいなや、アトラスの右手に構えられたクロスボウから、二本の銀線が伸びた。



不意打ち気味に放たれたボルトを災厄は知覚する。そして、狼のように伸びた鼻で嘲笑うかのように息をすると、目にも留まらぬ速さで足元にソレを叩き落とす。どうだ?とばかりにアトラスを見つめる狼人の目が愉悦に歪んだ。



「悪いが、そりゃ悪手だ馬鹿野郎」



叩き落とされたボルトが地面に打ち付けられると同時に、その先端に仕込まれた炸薬が爆発する。金属片が踊り狂うようにその身を散らした。



銀色の毛を見に纏った長身のワーウルフは、迫り来る衝撃に堪えるべく闘気を身に纏い、本能的に目を瞑る。



次の瞬間、鉛色の金属片がアトラスの髪と同じ銀色に輝く体に突き刺さった。それは彼にとってあまりにも軽い衝撃だった。

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