女と銃弾
アトラスは冒険者ギルドの片隅にある椅子に一人、座っていた。
エリックの命を助けた間柄とはいえ、彼の世話になり続ける訳にはいかない、というアトラスの心情が故である。それとは別に、見知らぬ土地での男との二人暮らしなどしたくもないという気持ちもあった。
無一文のアトラスには即金を得る必要がある。それ故に冒険者稼業というのは即金を得る必要があるアトラスにとって、大変都合の良い職業だった。窓口にさえ素材を持ち込めば、現金を受け取れるからである。
エリックの話によると、モンスターの討伐を専門とした冒険者と、採取や雑用を専門とする冒険者がいるらしい。モンスターと言っても、ドラゴンのように神話に出てくるような変わり種は存在しない。
ポピュラーな名前を挙げるとゴブリン、オーガのような人型種。ロックタートルやニードルボアなど、といった獣種の二種類に分類される。
先日エリックを襲ったのは、フォレストウルフ。通称森狼と呼ばれる獣種だ。森狼の肉は硬く、食べられることはない。しかし、白い毛皮は好まれ、常時買取が行われているらしい。
そして上記とは別に、闘気という技術を得た人型種が稀に発見されることがある。それらは存在の確認と同時に転換種と呼ばれるようになり、討伐難易度や報酬がただの人型種に比べ、段違いに上がることになる。
魔法やスキルなどといった恩恵など、この世界にはない。生まれ持った資質はあるかもしれないが、名剣を持ったところでいきなり強くなるなんてことはない。この世界の強者とは、全てが努力に裏打ちされた実力を持つ存在だ。
モンスターを専門に狩りを行う彼らは、総じてプロフェッショナルといえる。魔物の分布、種族ごとの習性の把握、そして素材に価値を持たせるための殺し方。新人狩人を別にすると、熟練の狩人とは冷酷な屠殺マシーンである。
そんな、彼らの領分にアトラスは足を踏み入れようとしていた。この城塞都市へリゲルは、魔物の生息数が多いバーグの森が目と鼻の先にあり、アトラスにとって色々と都合が良いからだ。
冒険者ギルドに入った直後は、アトラスの巨体を見たギルド員達がざわついていた。だが、その体格に比べ小さく見える椅子に座り、考えごとをするアトラスに、彼らは危険度を下げたのか遠目に見るばかりで、テンプレを期待していたアトラスは肩をスカされた気持ちだった。
アトラスはクエストの依頼表がある、掲示板に視線を移す。
「なんて書いてあんだよ…。日本語じゃねーのかよ、ファックすぎんだろ」
どうやらアトラスに内蔵されている翻訳機能は、文字には対応していなかったらしい。どうしようもない無力感に苛まれたアトラスは、頭を抱え、呻くばかりであった。
「なぁ、あんたもしかしてだけど、文字読めないのか?」
捨てる神があれば、拾ってくれる神もいるらしい。女性特有の高い声が耳に入った。アトラスは項垂れていた上半身をグイッと起こし、その声の主に視線をやる。燃えるような赤い髪に、キリッとした顔付きの気が強そうな美人だ、歳は20前後に見える。
魔法やスキルなどといったものが存在しないため、この世界における女性の冒険者の比率はかなり低い。しかも、その中から美人を探そうとすると、その確率はもはや狂気の沙汰だろう。
アトラスは、目の前の美人をジッと見る。傷は多いが、しっかりメンテナンスがされているのであろう、弦の張られていない短弓を腰に下げている。短弓の他に小型のナイフが腰に下げてあるが、これも短弓と同じく牽制用の武器であろう。
短弓という武器はメインウェポンに数えられることはない、火力が低いからだ。それは彼女の腰にある小型のナイフにも言えることである。つまり、彼女は斥候型のサポート要員と憶測できる。
彼女は、今のアトラスが一番欲しい人材であった。先ほどの口ぶりを思うに、彼女は文字が読めるはずだ。どの装備も新品でないところを見ると、ある程度の経験も積んでいるはず、ならば魔物の解体にも詳しそうだ。
状況を整理するアトラスの顔に狼を思わせる凶悪な笑みが浮ぶ。
「あぁ、文字は読めねぇが腕は立つ。これでも数多の戦場を経験してんだ」
アトラスの言葉は嘘ではない。ただし、ゲームの中でという補足が付くが。
「美人さんよ。俺を雇わねぇか?俺が役に立つのは、人殺しだけじゃねぇ。その気になりゃ、森狼も素手で殺せる。どうだ?今なら安いぜ」
自分の価値をできるだけ高く釣り上げるべく、嘘ではないギリギリの
ラインでアトラスはふっかける。文字は読めない、土地勘もない、一文もないの、ないない尽くしではあるが、自分の体にはナノマシンによって強化された肉体がある。
アトラスの唯一、売れるモノが彼女の天秤を傾けるかは分からないが、この機を逃せば即金にありつけないであろう予感がアトラスにはあった。
そして、今ならゴブリンや他の魔物を躊躇なく殺せるという自信が彼にはあった。生活の糧にするという、目的があるからである。躊躇をして自分が死ぬのは面白くない。
アトラスは彼女の目を見る。女の目には警戒しているであろう色が映っている。この巨体の男に、対価として体を求められるのではないかという不安だろう。だから、アトラスは諭すように言葉を繋いだ。
「別に女に飢えてる訳じゃねぇ、だから安心しろ。ただ、人間相手に戦ってたんだ。魔物の価値のある素材なんて俺には分からねぇ。だから俺を雇え」
そんな、アトラスの言葉を聞いた彼女の視線が泳ぐ。まだ足りないのかとアトラスは、さらに言葉を畳み掛ける。
「報酬は折半だ。お前は戦闘をしなくていい、解体だけしてくれりゃそれでいい。どうだ?これでもダメか?」
「あ〜ヤダヤダヤダ。あんたがっつきすぎじゃない?親切に文字を読んであげようと思ってただけなのにさ」
アトラスを見つめる、今の彼女の瞳に警戒の色はない。言葉の通り、アトラスの態度に呆れているのであろう。
「迷惑だったんなら謝るぜ。俺も生活が掛かってんだ、そりゃ必死にもなるさ」
参ったぜ、と両手を広げておどけるアトラスの前に右手が差し出される。少し日に焼けた細い腕だ。
「あたしには、エリサって名前がある。『お前』だなんていう名前じゃない」
アトラスは大きくゴツゴツとした手でエリサの右手を握り返す。
「奇遇だな、俺も『あんた』って名前じゃないんだ。アトラスって名前がちゃんとある」




