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ぼんやり

 

 会場が拍手で包まれる。


 ステージの上。俺とキノコは肩で息をして、流れる汗もそのままに、星空のようなお客さんの瞳に圧倒されていた。


 負けしかありえない状況なのに、奇跡が起きるのではないかと思ってしまう。


 パフォーマンスを終えた俺たちの元にMCがマイクを持って近づいてきた。


「ふわーあー、ちっとも面白く無かったのう」


 MCがあくびをしながら隣に来る。俺たちは驚いて振り向いた。


「なんじゃ? 驚いた顔しおって。余の顔に、ハエでもついておるか?」


 カグヤだった。


 左手には点滴がされており、点滴スタンドを引いている。顔は病人のように白いが表情は笑っていた。これから起こることが楽しくて仕方が無いという風に。


 MCが入れ変わっていた。


 ありなのか?


「余は花井自動車の社長令嬢じゃ」


 カグヤは髪をかきあげた。


「余に怖いものなど何も無い」


 彼女は胸を張る。


「例えオオカミだろうと」


 俺は観客席にいるレンに顔を向けた。彼は頬をぴくぴくと痙攣させていた。怒っていた。しかしここで彼が舞台に乗り込んで荒事を起こせばどうなるだろう。ただでさえ負けたというのに、それ以上の損害が発生しかねなかった。


「では、出演者二十組に出てきてもらおう」


 カグヤが右手を上げた。


 舞台裏からぞろぞろとお笑い芸人のひな鳥たちが出てくる。その中にはヒロインズの二人もいた。カグヤの指示で、俺たちはステージの前に並んだ。


「これより、審査発表を始めようかのう」


 カグヤは審査員を眺め見た。


「審査員の方々、準備はよろしいか?」


 五人は顔を見合わせた。神妙に頷く。


「ではこれより、審査結果を発表である。審査員長、お願いしてもよろしいか?」


 白髪交じりのひょろっと背の高い男がマイクを握って立つ。


「それでは、優勝者を発表します」


出演者の全員が息をのんだ。俺の隣にいるキノコはぎゅっと目をつぶっている。両手

を祈るように合わせている。


 ああ、俺たちは。


「優勝者は」


 これからどうなるのだろう。


「スベスベステューデント」


 スベスベステューデントがどうかしたのだろうか。 


 第一ネーミングセンスがなさ過ぎる。


 誰が考えたんだ?


 レンだったな。


 隣でキノコが目を見開いた。まなじりをこすっている。


 カグヤは眉間をぴくぴくとさせた。


「審査員長、もう一度言ってもらえるかの?」

「優勝者は、スベスベステューデントです」

「今のパフォーマンス見てなかったのかの?」

「もう一度言います。優勝者は、スベスベステューデントです」

「ふ、ふざけるのはやめてもらいたいのう!」


 その時だ。


 舞台裏から高笑いが聞こえた。


「ふはは、ふはははははは!」


 背の高い巨漢がタキシード姿で登場した。出演者が道を譲る。彼はステージの中心に来る。


「姉さん、よくも、よくも俺を監禁してくれたな!」

「ヤマト!」


 花井ヤマトの登場だった。


「お主、まさか」

「根回しさせてもらった」


 ヤマトは右手の親指と人差し指を合わせてマルを作る。


「なんでそんなことを!」

「全ては俺を監禁した姉さんが悪い。俺が、どれほどの精神的苦しみをうけたか、分からんだろう」

「ヤマト、余はお主のために」

「姉さん。一つ言っておく。花井自動車の跡取りは俺だ」


 ヤマトが親指を自分の顔に向ける。


「姉さん、金輪際、俺に逆らうな!」

「ふ、ふざけ」


 カグヤは肩をがっくりと落とした。


 審査員長がステージに上がってきた。舞台裏から女性のスタッフが来て、彼に優勝トロフィーを渡す。彼はキノコの隣まで進み、トロフィーを手渡した。


「優勝おめでとうございます」

「あ、あ、あ、ありがとうございます」

「これから、活躍してください」

「はい!」


 会場に大喝采と歓声が起こった。


 照明が俺たち二人に向けられる。


 なんだろう。


 俺たちは。


 俺たちは、どうしたんだ。


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