キノコのもくろみ
俺たちは各々のロッカーへと向かった。そこで気づく。俺の外履きが無い。体育用の靴ならばある。スニーカーが無かった。俺は辺りを見回して内履きのまま外に出る。動揺が胸に広がった。誰かが隠したのだろうか。恨みを買うようなことはしていないつもりだが。
ふと、知った顔がそこにあった。キノコが顔に汗を垂らしながら、右手には俺のスニーカーを持っていたのである。
「ユザ、探しました」
「キノコ。それ、俺のスニーカー?」
俺は靴を指さす。
キノコは眉を八の字にする。
「はい。ゴミ捨て場に捨ててありました。ひどいことする人もいるものですね」
「お前、拾ってきてくれたのか?」
「はい。ゴミ収集車に持って行かれる寸前でした。不幸中の幸いですね」
「すまん、ありがとう」
俺は安堵し、鼻をすすった。メーカー品のお気に入りのスニーカーだった。
「それで、私、お願いがあるんですが」
「何だ? 何でも言ってくれ」
「ちょっと待ちなさいよ」
後ろから高い声が響いた。
振り返ると、両腕を組んだマリナが歩いてくるところだった。
「マリナ、お前どうしたんだ?」
「お兄ちゃんはやっぱりボケね。ううん、ボケを通り越してボケナスだわ」
「は?」
マリナが俺の押しのけて、キノコの前に進み出る。
「あら、カワイイ妹さんですね」
キノコは微笑む。しかしその瞳は笑っていなかった。
「キノコさん、今の会話、私、聞いてましたよ」
「はい、それがどうかしたんでしょうか」
「どうしてそんなことをするの?」
「は?」
「もう一度言うわ。どうしてそんなことをするの?」
「あのー、言っている意味が分かりません」
キノコは小首をかしげた。
マリナは眉間にしわを寄せる。しかしすぐに表情をやわらげた。
「キノコさんは、ゴミ捨て場にどんな用事があったんですか?」
「いえ、特に用事は。私は今日が転校初日なので、先生に学校内を案内してもらっていたんです」
「へえ、それじゃあゴミ捨て場で、どうしてそのスニーカーがお兄ちゃんの物だって分かったんですか? 転校初日なのに」
「以前に会って、見たことがあるんです」
「なるほど。じゃあもう一つ、そのスニーカー、見た感じ汚れていませんけど、ゴミ捨て場に捨ててあったなら汚れると思うんですが」
「決まっているじゃないですか。さっき雑巾で拭いたからですよ」
「じゃあ最後に、キノコさんは今、汗をかいていますが、それはどうしてですか?」
「え、走ってきたからですよ?」
「私、リトマス紙持ってます」
マリナがリュックを肩から下ろし、右手に持った。
「その汗が弱酸性かどうか、調べさせてもらいます」
「あはははっ」
キノコは体から力が抜けたのか、スニーカーを床に落としてしまった。お腹を押さえてひとしきり笑い終え、マリナを見る。
「名推理ですよ、妹さん」
「キノコさんはお兄ちゃんの靴を隠した上に持ってきました。まるで第三者がゴミ捨て場に捨て、それをキノコさんがたまたま見つけて届けたようなシチュエーションを作り出して、です。その上、顔に水滴をつけて。汗をかいていれば、必死さが伝わります。お兄ちゃんは騙されてしまいました。でも、私は違いますよ。一体、どうしてこんなことをしたんですか?」
「動機、ですか?」
「はい」
「動機は、簡単です」
「恩を売るためですか?」
「そういうことになります」
「どうして?」
「……イケメンにこびを売ってはいけませんか?」
「お兄ちゃんはブサイクです」
「おい」
俺はつぶやいた。
「実は、お兄さんにお願いがありまして」
キノコは両手を前に組む。
「それはなんですか?」
「ユザに、お笑いのコンビを組んで欲しいんです」
「は?」
俺は目が点になった。
「丁重にお断りさせていただきます」
マリナがリュックを背負い治す。そして落ちているスニーカーを拾った。
「行くよっ、お兄ちゃん」
マリナが俺の袖をつかんで歩き出す。
「あ、ああ」
俺は引っ張られるがままだった。靴はまだ内履きだった。そして、ちらりと玄関を振り返ると、キノコがわびしそうな顔で右手を振っていた。