醜態
「オトハ、何の話だっけ?」
「だから、私たちが高校を転校したって話よ」
「あー、そうだね」
メイがお客さんの方を向く。
「皆さん、私たちヒロインズは、元々同じ高校に通っていたんだけど。そろって転校したんです」
お客さんが驚いたような声を上げる。
「恋ヶ海学園っていう高校よね」
「うん。おかげで、毎日ハートがドキドキ」
メイが胸を両手で押さえる。
オトハが眉を寄せる。
「あんた、恋したの?」
「恋の海に落ちて、男というサメに追いかけられてるの」
「その人が好きなの?」
「ううん。ただ私というお魚が物珍しいみたい」
「それ、あんたのファンじゃないの?」
「やっぱりそうか」
「先生に言いつけなさい」
「そうするか」
「まあいいけど。メイ、私たちが転校した理由って何だっけ?」
「まあ、左遷だよね」
「高校生に左遷なんてねーわ」
オトハがメイの頭をはたく。
「ちゃんとした理由があるでしょ。お客さんに説明しないと」
「うん。まあ、ある意味自分探しの旅だ」
「そうそう。本当の自分を探すためにふらっと転校、するわけあるか!」
「本当の理由は、あれだよね。スベスベ何とかっていう、お笑いコンビとの対決するためだ」
「そうよ。実はこの観客席の、お客さんの中にいると思うんだけど」
俺は心臓の鼓動が激しくなった。手汗がじっとりとわき出てくる。
「私たちヒロインズは、六月二十四日。朝塚浜プラザで開催される高校生限定のイベント、ひな鳥オーディションに出ることになったわ。そこで、スベスベなんとかの二人とネタ対決をするんだけど。まあ余裕で私たちの勝利よね」
「オトハ、なんで対決なんてするの?」
「それは、まあ、事情があるのよ」
「あー、大人の事情って奴ね」
「大人の事情かどうかは分からないわ」
「要するに、これでしょ」
メイは右手でマルを作る。
「下品なこと言わないで。スポンサーの頼みを聞くだけよ」
「同じじゃん」
「ま、まあ同じかもしれないけど。とにかく、対決するの。
ところでお客さん。スベスベなんとかのコンビがどんな奴らなのか。見てみたくない?」
オトハが耳に手を当てる。
「見たい人いる?」
メイも耳に手を当てる。
「「見たいー」」
お客さんからは黄色い声が上がった。
俺は額から汗が伝った。まさか。
「じゃあ、その二人には、出てきてもらいましょうか」
「うん。じゃあ皆で呼んでみよう」
ステージに立つ準備なんてしていなかった。寝耳に水の状況である。キノコが硬い顔で俺を見ていた。
……落ち着け。
俺は小声で言った。
「お前は待ってろ」
オトハとメイが両手を口に当てる。
「スベスベなんとか~」
お客さんが復唱する。
「「スベスベなんとかー!」」
俺は立ち上がった。周囲のお客さんの注目の視線。観客席を移動して、ステージの脇から階段を上がった。見ると、オトハとメイが嫌な笑みを浮かべている。鼠をもてあそぶ猫の目だ。
「あら、一人?」
オトハが疑問符を浮かべる。
「キノコちゃんは?」
メイが手を額に当てて、観客席をさがす。
舞台裏からロン毛の男のスタッフが現れて、素早く俺にマイクを手渡した。スイッチは入っていた。俺は緊張していた。
「どうも、紹介にあずかった、スベスベステューデントの、猪瀬ユザです」
俺はお客さんに礼をした。
「相方は?」
オトハがトゲのある声を出す。
「今日は俺一人で来たんです」
いきなりでは調子が出ない。自分の口調がいつもと違った。
「ふーん、まあいいわ。ユザ、あんた、お笑いは何年やってるの?」
「一年も経ってないです」
「一年も経ってないの? それで、私たちと勝負をするの?」
「は、はい」
「はーい、お客さん。彼、緊張してまーす」
オトハが観客席を振り返った。
上がる笑い声。
俺は体に嫌な気持ちが広がった。
「ユザ、あんた帽子かぶってるけど。本当はハゲてるのよね」
「ほうほう、どれどれ」
メイが俺の帽子を取る。はげ頭が露わになった。
誰かが失笑する。
「昔からハゲてるの?」
「いいえ、俺がハゲたのは、お笑いをやろうと思ったからで」
「お客さんにウケをとろうと思って、頭を剃ったって訳?」
「は、はい」
「馬鹿じゃないの?」
オトハが表情を歪める。
「あんたネタばらしてどうすんの。元々ハゲてたって設定にしなさいよ。じゃないと、何も面白く無いわ」
「あーあ、ユザ。せめて、スキンヘッドが好きなんだとか言えば」
俺は冷や汗をかいた。
「あ、すいません」
「舞台上で謝らないで。あーあ、もうあんた終わりね。お客さんに知られちゃったわよ」
「ユザ、どんまい」
「あ、はあ」
「それで、どんなネタをやるの? ちょっと皆の前でやってみなさいよ」
「一番ウケる奴をやってくれ」
「い、一発ギャグですか?」
テンションが下がっていた。
俺は自分の持ちネタを思い浮かべる。
「一発ギャグでいいわ」
「頼むぞー」
俺はお客さんを向いた。
「しょ、食パンマンさん」
唇は乾ききっていた。
「メロンパンナのメロメロ」
俺は右腕を回す。
「メロメル、メルアド、教えてくれませんか?」
お客さんは口をあんぐりと開ける。
舞台裏からスタッフが顔を覗かせる。両手をバツにしてオトハとメイにサインを送っていた。
「はい、ありがとうございました」
オトハが俺の頭をはたいた。
「ユザ、残念」
メイが顔を落とす。
お客さんは失笑する。
俺は焦った。
「あ、あの、もう一発いいですか?」
「ダメよ」
厳しい口調だった。彼女は俺からマイクを奪い取る。
「私たちの舞台をぶちこわすつもり? 帰れ」
「ユザ、二十四日の対決は棄権してもいいからな」
「あ、す、すいませんでした」
俺は小さくなり、ステージを歩いて階段を降りた。そしてそのまま、宴会の間の外に向かう。ステージの上では、気を取り直したヒロインズのフリートークが続いていた。




