表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/88

醜態


「オトハ、何の話だっけ?」

「だから、私たちが高校を転校したって話よ」

「あー、そうだね」


 メイがお客さんの方を向く。


「皆さん、私たちヒロインズは、元々同じ高校に通っていたんだけど。そろって転校したんです」


 お客さんが驚いたような声を上げる。


「恋ヶ海学園っていう高校よね」

「うん。おかげで、毎日ハートがドキドキ」


 メイが胸を両手で押さえる。


 オトハが眉を寄せる。


「あんた、恋したの?」

「恋の海に落ちて、男というサメに追いかけられてるの」

「その人が好きなの?」

「ううん。ただ私というお魚が物珍しいみたい」

「それ、あんたのファンじゃないの?」

「やっぱりそうか」

「先生に言いつけなさい」

「そうするか」

「まあいいけど。メイ、私たちが転校した理由って何だっけ?」

「まあ、左遷だよね」

「高校生に左遷なんてねーわ」


 オトハがメイの頭をはたく。


「ちゃんとした理由があるでしょ。お客さんに説明しないと」

「うん。まあ、ある意味自分探しの旅だ」

「そうそう。本当の自分を探すためにふらっと転校、するわけあるか!」

「本当の理由は、あれだよね。スベスベ何とかっていう、お笑いコンビとの対決するためだ」

「そうよ。実はこの観客席の、お客さんの中にいると思うんだけど」


 俺は心臓の鼓動が激しくなった。手汗がじっとりとわき出てくる。


「私たちヒロインズは、六月二十四日。朝塚浜プラザで開催される高校生限定のイベント、ひな鳥オーディションに出ることになったわ。そこで、スベスベなんとかの二人とネタ対決をするんだけど。まあ余裕で私たちの勝利よね」

「オトハ、なんで対決なんてするの?」

「それは、まあ、事情があるのよ」

「あー、大人の事情って奴ね」

「大人の事情かどうかは分からないわ」

「要するに、これでしょ」


 メイは右手でマルを作る。


「下品なこと言わないで。スポンサーの頼みを聞くだけよ」

「同じじゃん」

「ま、まあ同じかもしれないけど。とにかく、対決するの。

 ところでお客さん。スベスベなんとかのコンビがどんな奴らなのか。見てみたくない?」


 オトハが耳に手を当てる。


「見たい人いる?」


 メイも耳に手を当てる。


「「見たいー」」

 お客さんからは黄色い声が上がった。


 俺は額から汗が伝った。まさか。


「じゃあ、その二人には、出てきてもらいましょうか」

「うん。じゃあ皆で呼んでみよう」


 ステージに立つ準備なんてしていなかった。寝耳に水の状況である。キノコが硬い顔で俺を見ていた。


 ……落ち着け。


 俺は小声で言った。


「お前は待ってろ」


 オトハとメイが両手を口に当てる。


「スベスベなんとか~」


 お客さんが復唱する。


「「スベスベなんとかー!」」


 俺は立ち上がった。周囲のお客さんの注目の視線。観客席を移動して、ステージの脇から階段を上がった。見ると、オトハとメイが嫌な笑みを浮かべている。鼠をもてあそぶ猫の目だ。


「あら、一人?」


 オトハが疑問符を浮かべる。


「キノコちゃんは?」


 メイが手を額に当てて、観客席をさがす。


 舞台裏からロン毛の男のスタッフが現れて、素早く俺にマイクを手渡した。スイッチは入っていた。俺は緊張していた。


「どうも、紹介にあずかった、スベスベステューデントの、猪瀬ユザです」


 俺はお客さんに礼をした。


「相方は?」


 オトハがトゲのある声を出す。


「今日は俺一人で来たんです」


 いきなりでは調子が出ない。自分の口調がいつもと違った。


「ふーん、まあいいわ。ユザ、あんた、お笑いは何年やってるの?」

「一年も経ってないです」

「一年も経ってないの? それで、私たちと勝負をするの?」

「は、はい」

「はーい、お客さん。彼、緊張してまーす」


 オトハが観客席を振り返った。


 上がる笑い声。


 俺は体に嫌な気持ちが広がった。


「ユザ、あんた帽子かぶってるけど。本当はハゲてるのよね」

「ほうほう、どれどれ」


 メイが俺の帽子を取る。はげ頭が露わになった。


 誰かが失笑する。


「昔からハゲてるの?」

「いいえ、俺がハゲたのは、お笑いをやろうと思ったからで」

「お客さんにウケをとろうと思って、頭を剃ったって訳?」

「は、はい」

「馬鹿じゃないの?」


 オトハが表情を歪める。


「あんたネタばらしてどうすんの。元々ハゲてたって設定にしなさいよ。じゃないと、何も面白く無いわ」

「あーあ、ユザ。せめて、スキンヘッドが好きなんだとか言えば」


 俺は冷や汗をかいた。


「あ、すいません」

「舞台上で謝らないで。あーあ、もうあんた終わりね。お客さんに知られちゃったわよ」

「ユザ、どんまい」

「あ、はあ」

「それで、どんなネタをやるの? ちょっと皆の前でやってみなさいよ」

「一番ウケる奴をやってくれ」

「い、一発ギャグですか?」


 テンションが下がっていた。

 俺は自分の持ちネタを思い浮かべる。


「一発ギャグでいいわ」

「頼むぞー」


 俺はお客さんを向いた。


「しょ、食パンマンさん」


 唇は乾ききっていた。


「メロンパンナのメロメロ」


 俺は右腕を回す。


「メロメル、メルアド、教えてくれませんか?」


 お客さんは口をあんぐりと開ける。


 舞台裏からスタッフが顔を覗かせる。両手をバツにしてオトハとメイにサインを送っていた。


「はい、ありがとうございました」


 オトハが俺の頭をはたいた。


「ユザ、残念」


 メイが顔を落とす。


 お客さんは失笑する。


 俺は焦った。


「あ、あの、もう一発いいですか?」

「ダメよ」


 厳しい口調だった。彼女は俺からマイクを奪い取る。


「私たちの舞台をぶちこわすつもり? 帰れ」

「ユザ、二十四日の対決は棄権してもいいからな」

「あ、す、すいませんでした」

 

 俺は小さくなり、ステージを歩いて階段を降りた。そしてそのまま、宴会の間の外に向かう。ステージの上では、気を取り直したヒロインズのフリートークが続いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ