敵に塩
帰宅時間になる。
「ユザ、キノコ、また夜な」
「ああ、レン」
「レンさん、また夜です」
俺たちはいつもの挨拶を交わした。彼はバイトに行ってしまう。俺とキノコは立ち上がり、学生カバンを持って教室を出た。
「ユザ」
キノコが立ち止まって俯いた。
「なんだ?」
俺もつられて立ち止まる。
「朝、マリナが言いましたよね」
いつの間にか呼び方が変わっている。俺は微笑ましく思った。
「何を?」
「私たちに欠けているものは情報部員だって」
「ああ」
「私は思うんです」
彼女は顔を上げた。
「私たちには、お笑いの師匠がいません」
ぎくっとした。
「別に良いじゃないか。師匠なんていなくたって」
キノコが顔を向ける。
「ユザ、私たちは勝てるんでしょうか? あの二人に」
「勝たなきゃ俺は転校だな」
俺は歩き出した。
後ろから足音がついてくる。
階段のところに知っている人影を見つけて俺は顔をしかめた。しかしすぐに飄々とした表情を作る。
「カグヤさん、奇遇ですね」
「ユザ。待っておったぞ」
カグヤの横にはヒロインズの二人がいる。俺を品定めするように凝視していた。
「ハゲとキノコが一緒に歩いているなんて。混沌とした学校ね」
オトハが毒づいた。
「オトハ、落ち着け」
メイがなだめる
「何よ、メイ。こんな面白いところ一つも無いのに芸人を目指してる奴ら、つぶしてやるんだから」
「それについては、生徒会長として、許可しようかのう」
カグヤが前に出た。
「カグヤさん、卑怯じゃないですか? 代役を雇うなんて」
俺は好戦的に頬をつり上げた。
「卑怯? お主に言われたくないわ」
カグヤはほほと笑った。
メイがカバンから二枚のチケットを取り出した。俺の前に進み出る。
「今度の日曜日」
メイは眠そうに目をかいた。
「私たちのトークショーがあるから、見に来た方が良い」
「メイ、何やってるの?」
オトハが焦ったように身動きした。
「敵に潮を送ってみた」
俺たちはチケットを受け取る。
「馬鹿じゃないの?」
「私にも考えがある」
「どんな考えか説明しなさいよ」
「獣の本能は、まず、戦いを避ける。ユザとキノコに、私たちの実力を見てあきらめてもらう。戦わずして勝つ。それが、最善の策」
「カグヤちゃんに怒られるわ」
「よいぞ?」
カグヤは人差し指を立てた。
「いいの?」
「よい、やり方は二人に任せる」
「わ、分かったわ」
「ユザくん」
メイが目を見た。
「なんだ?」
「来てくれるか?」
俺はキノコに顔を向ける。彼女は小刻みに頷いた。
「いいだろう」
「よし」
「仕方ないわねえ。私たちのトークで、あんた達の心の骨をバキバキに折ってあげるわ」
「オトハ。なんでそんなにこの二人に噛みつくんだ?」
「当たり前でしょ? 敵だからよ」
「敵とはいえ、後輩芸人だぞ」
「メイ……」
「二人とも、日曜日は楽しんでくれ」
メイは右手を差し出した。
握手、と言うことだろうか。
俺は素直に応じた。
続いてキノコも同じようにする。
「それじゃあ、オトハ。帰って寝よう」
「馬鹿、練習するわよ」
ヒロインズの二人は階段をくだっていく。
「それでは、余も失礼する」
カグヤは階段を上がっていった。生徒会室に向かうのだろう。
俺たちはその場に残される。
「ユザ」
「ん?」
「私たちも、練習しましょう」
「ああ」
階段を下っていく。玄関ではマリナが首を長くして待っているはずだ。




