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接触


 キノコとヒロインズ二人の話し声が聞こえる。


「ふーん、あんたがお笑いやってるって言う、森山キノコなのね」


 オトハが両腕を組んでいる。その左隣の席のメイは、あろうことか枕を机の上に置いて寝ていた。


「知ってるんですか?」

「知ってるも何も、あんたたちと戦うために転校してきたんだから。もしかして聞いてないの?」

「カグヤさん、ですか?」

「そう、カグヤちゃん。この間知り合ったばかりだけど、花井自動車の社長令嬢でね。車のCMに出て見ませんかって。それと、近い将来私たちがMCをつとめるテレビ番組をやれるように、プロデューサーに掛け合ってくれるらしいわ」


 キノコの両目に若干涙が浮かぶ。


「花井とのパイプは絶対に欲しいわ。だから、今度のお笑いの大会、名前、なんて言ったっけ?」

「ひな鳥オーディションです」

「そうそう。私たちはもうプロだけど。カグヤちゃん代役で出れることになったから」

「よろしくお願いします」

「まあ余裕で私たちの勝ちよね」


 オトハは当然と言った風である。


「どうして始まる前から分かるんですか?」

「分かるわ。だって、あんた苦労してないじゃない。顔に書いてあるわ」


 キノコは若干声をとがらせる。

「苦労?」

「苦労してないと、人間底が浅いのよね」

「浅い?」

「その顔だけで生きてきたんでしょ?」

「馬鹿にしてるんですか?」

「馬鹿にするわよ。でも、じゃあ、なんかネタやって見せて」

「今ここでですか」

「そうよ」

「今ここでは、ちょっと」

「ほら、何もできない」


 オトハは両手を打った。


「芸人は瞬発力が大事なのよ。あんたまだ気恥ずかしさが残ってる。これは先輩から聞いた話だけど、売れる人って言うのは、最初の一言で分かっちゃうんだって。瞬時に心をつかんでしまうのよ」


 二人の雲行きが怪しい。俺は間に入ろうと思い立ち上がりかけた、それをレンが右手で制止する。


(大丈夫だ)


 レンの唇が動いた。


 キノコが一瞬こちらを向いた。両目に力が入る。


 彼女は言った。


「なんでオトハさんみたいな人にそんなこと言われなきゃいけないんですか?」

「オトハさんみたいな人?」

「ええ、貴方、彼氏いないんじゃないですか?」

「い、いないけど。それは忙しいからよ。作ろうと思えばいくらでも作れるわ」

「無理ですねー」

「は? 私売れっ子なのよ」

「売れっ子だからって。まだ男に開発もされて無いオトハさんは、私から見れば赤ん坊です」

「喧嘩売ってる?」

「そりゃあ馬鹿にしますよー。貴方何才ですか? どうせファーストキスは好きな人にあげるとか、思ってるんでしょう。そう言うの、なんていうか知ってますか?」

「……なんて言うのよ?」

「乙女です」


 オトハの顔が歪んでいく。


「乙女の何が悪いのよ」

「はいはいもう分かりました。恋の一つも成就させたことのないオトハさんは、さぞかしつまらない人生を送ってきたんですね。そりゃあ苦労もするわ」

「ぶっ殺すわ」


 オトハが席から立ち上がる。しかし間の悪いことに一限目の受業、数学の先生が教室に入ってきた。


「またです。苦労大好きオトハさん」


 キノコは背中を向ける。


「あんた後でひどいわよ」


 オトハが捨て台詞を吐いた。


 席に戻ってきたキノコの肩を、俺とレンがはたいた。


「やるな」

「すげーじゃん」

「うふふふふ、緊張しました」


 キノコは胸に右手を当てた。


 窓際を見ると、オトハがこちらを睨みつけている。そしてそれまで寝ていたメイが顔を上げて大あくびをしていた。本当に寝ていたのか、それとも休憩していただけなのかは分からない。俺は理由の分からないいらだちを覚えた。


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