キノコのキノコント
「皆、席について。これから、転校生を紹介します」
担任・栗原敬子が教壇に立った。クラスメイトがいそいそと各々の席につく。扉を見ると、一人の少女が両手にカバンを持って立っていた。
「あれ?」
俺は口の中でつぶやいた。さっき校門に立っていた女子である。
「直美さん、入ってきて」
「はい」
直美と言うらしい少女は教壇の隣に移動した。身長は女性平均より少し低いだろうか。整った顔立ちをしている。お笑いをやるには向いていない顔だな、そう思ってしまう俺はお笑いに頭を乗っ取られているのかもしれない。
「黒板にチョークで名前を書いてくれる?」
「はい」
黒板に白い文字で長井直美を書かれる。その下に、芸名森山キノコとも書かれた。
「芸名?」
クラスメイトの誰かが疑問を口にする。
体がざわざわした。俺はお笑いの世界に片足を突っ込もうとしている。そんな中で、同い年の芸名を持つ彼女に、嫌でも興味がわいた。
「直美さん、自己紹介を」
敬子が困ったような顔して、それから教室を眺め回す。
芸名・森山キノコが振り返った。
「初めまして。長井直美と言います。お笑いをやっています。自己紹介代わりに、ショートコントをやります」
キノコはごほんと咳払いをしてそれから右手を上げた。
「森山キノコのキノコント。転校初日で緊張している女子高生」
堂々とした声だった。
「わ、私、も、森山キノコとい、言います。す、すいません、緊張で、頭が、真っ白になっちゃって、何をしゃべったらいいか、わ、忘れちゃいましたー。ど、どうしたらいいか。そ、そうだ。お、お父さんが会社で、キノコ、作ってて、そ、それで、キノコって、名前にしたんです。ってだからなんやねん、そんな風に、突っ込んでくれたらうれしい、みたいな、はは」
キノコが右手で頭に手を置く。クラスメイトは誰も笑わなかった。
「貴方のハートにキュンキュキュン、痛い子痛い子飛んで行け、パタパタパター」
キノコが両手でハートを作り、それから両手を開いて一回転する。また正面を向いた。
「続きまして、森山キノコのキノコント。それを見たクラスのボス猿の女子」
キノコが両腕を組む。
「なんだ? このキノコって奴。調子乗ってんぞ。いらっとするって言うか、カチーンと来るって言うか、ちょっと、痛い目にあわせてやりたい、みたいなー。とりあえず、靴の中に画鋲入れとくか。あと、絶対話しかけねーし。それと、こいつはキノコが好きみたいだからカバンの中にキノコ入れとくか。これから面白いことになるぞ、ふっふっふ」
キノコは両手で口を押さえて笑う。クラスメイトは呆気にとられて固まってしまった。
「貴方のハートにキュンキュキュン。痛い子痛い子飛んで行け、パタパタパター。どうも、森山キノコでした。皆さんどうぞ、気軽にキノコと呼んでください。ありがとうございました」
キノコが一回転し、その場で礼をする。俺たちはどうリアクションすればいいか分からなかった。敬子も口をぽかんと開けていた。
「き、キノコさんは芸人さんなのね。だ、大丈夫?」
「大丈夫って、何がですか?」
「い、いえ、何でもないの。それじゃあ、後ろの空いている席に、座って」
敬子が俺の隣の席を手で示す。
「はい」
キノコが歩いてくる。目があった。彼女は口の端をつり上げた。イスに座り、俺の方を向く。
「こんちくわ」
彼女が気さくそうに右手を上げた。
「お、おはよう。ちくわが好きなのか?」
「はい。ちくわなら生まれた時から二つあります」
彼女が自分の胸に手を当てる。
「それ乳首だからな」
俺は右手で自分の顔をあおいだ。顔があつい。
「おお、ナイスツッコミです」
「お前はボケなのか?」
「そんな人を年寄りみたいに言わないでください」
「ごめん、ばーさんに見えたわ」
「……最近背中が曲がってのー」
さっきから気になっていることがあった。
「お前、俺のことを知っているのか?」
「ナンパ?」
「違う。真面目な話だ」
「え?」
キノコは信じられないとでも言いたげに表情を引きつらせた。
「昨日、銀河の星で一緒しましたよね?」
「……すまん、覚えてない」
「そんな、ひどい」
キノコは机に突っ伏した。本当に泣いているのか嘘泣きかは分からない。