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憎まれ役


「お待ちください」


 俺の背中を抱き留める者があった。


 振り返ると、キノコだった。彼女は俺に耳打ちする。


 慌てたヤマトが振り返った。


「直美!」


 こちらへ走ってくる。


「ユザ、やりますよ」

「オーケー、キノコ、お前はやっぱり」


 俺たちは二人で両手を叩いた。


「「どうも、スベスベステューデントです!」」


「コント、愛の告白」


 キノコが右手を上げる。


「キノコさん、実は、俺、ずっと、お前のこと」

「はい」

「良かったら、俺と、付き合ってくれないか?」

「嫌ですう」


 キノコはぷっくりと頬を膨らませる。


 俺はびっくりとした。


「な、何でだ?」

「だって、肝心ことを言って無いじゃないですか? 私のことが、何なんですか?」

「そ、そんなこと言わなくったって分かるだろう」

「分からないです。ちゃんと言ってください」

「す、す」

「す?」

「好きだ!」

「ふーん、それで、私のどこが好きなんですか?」

「そんなこまで言わなきゃいけないのか?」

「当然です。言ってくれないと分かりません」

「まず、例えば、って、こんな皆の前で言えるわけないだろ」

「あ、あー、ユザさん、芸人たるもの、恥ずかしがってちゃダメですよ」

「ひ、卑怯だ」

「早く、早くしてください」

「えーっと、優しいところとか?」

「はい、他には?」

「他にも?」

「ユザさんっ」

「んっと、か、カワイイところとか?」


 生徒たちの中でどよめきが上がった。拍手をくれる者もいる。「お二人さん、熱いよー」ヒューヒューと口笛が飛ぶ、


「はい、他には?」

「ま、まだ言うのか?」

「当たり前です」

「え、えっと、一緒にいると楽しいところとか」

「はい、他には?」

「たまに、想像もつかないようなことをするところとか」

「はい、しますね。他には?」

「もうねーよ」

「じゃあ付き合うのはやめにします」

「ま、待ってくれ。それは待ってくれ。コントが終わっちまうじゃねーか。バッドエンドで」


 周りの生徒がクスクスと笑う。他人の必死な姿は面白いものだ。


「それじゃあ言ってください。ユザさんは、私のどこが好きなんですか?」

「泣き虫なところとか」

「泣き虫じゃありませんけど」

「怒ると怖いところとか」

「人をヒステリー持ちみたいに言わないでください」

「俺とお笑いをやってくれるところとか」

「そりゃあ私もお笑いをやりたいです」

「必死に練習に付き合ってくれるところとか」

「そりゃあ必死でした」

「あとは、だから、頼む。キノコ、ヤマトのところに、行かないでくれないか?」

「分かりました。ヤマトさんのところには行きません」

「俺と、付き合って、くれるのか?」

「いいとも!」


 キノコは、今は無きお昼のバラエティ番組ばりに言って右手を上げた。


 生徒たちから歓声が上がる。昼にはもらえなかった拍手の雨が降った。


 俺はヤマトを見る。彼は地面に崩れて落ちていた。顔が真っ青である。カグヤはケータイを耳に当ててどこかに電話していた。


 俺はキノコの手を握る。


 彼女はびっくりして体を振るわせる。


 俺は手を離してしゃがみ込んだ。


「キノコ、俺と、踊ってくれるか?」

「もちろんです」


 賑やかな音楽が流れ始める。誰かがスイッチを入れたのだろう。やがて生徒たちは踊りながらグラウンドに広がっていった。


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