二回戦
俺は歩き出した。後ろからマリナがついてくる。廊下を歩き、階段を屋上の扉まで上がる。ドアを向こうでは誰かが声を張り上げていた。開いて屋上に出る。雨は上がったようだ。しかしコンクリートの床はしめっていた。
「ふははははっ」
「あははははっ」
二つの笑い声が上がった。見ると、ヤマトとマリナが俺を指さしている。辺りを見回すが、他に人はいない。
「無様だな、猪瀬ユザ」
「お兄ちゃん、あれを書いたのは私よ」
俺はマリナに近寄る。
「ユザにファンなどいるわけがない」
「どう、私の文章力も、あなどれないでしょう?」
俺は右手を上げた。
「ユザ、DVはよくないな」
「な、何よ、怒ったって怖くないんだから」
後ろからキノコが歩いてくる足音がした。俺は右手を下げ、至って冷静な口調で言った。
「マリナ」
「何?」
「どういうことなんだ?」
その一言で、マリナは俺の気持ちを悟ったようだ。ぶすっとする。
「本当ですよ」
キノコが言った。
「どうしてヤマトさんとお笑いのコンビを組んでまで、お祭りにエントリーしているんですか?」
「俺が誘ったからだ」
ヤマトは胸を張った。
「お前たちもエントリーしたのだろう?」
「まあな」
「やはりな。お前達が散り祭に出るのは分かっていた。俺は先読みしてエントリーしたまでよ。今度こそ、俺の強さがいかに凄いか、直接勝負して教えてやろうではないか」
「マリナ」
「何?」
「どうしてヤマトについていくんだ?」
マリナは唇を噛んだ。
「お金が欲しいからだよ。ヤマトちゃんがね、お金をくれるの。その代わり、協力してくれって」
俺はヤマトを睨みつける。
「ヤマト?」
「ふん、そんなドスの利いた声を出しても怖く無いぞ。それにユザ、お前は誤解している。金とは愛なのだ。美しいものが他人を魅了するように、金のあるものは他人を雇う。そこに何の問題がある?」
「……無い」
「だろう」
俺はマリナの両肩に両手を置いた。
「マリナ、金が欲しいのか?」
「う、うん」
「嘘だろ。本当のことを言え」
「う、嘘じゃ無いよ。私、グッチのバッグが欲しい」
「誕生日に俺が買ってやる」
「お兄ちゃんはお金無いじゃん。バイトだってしてないし。お笑いだってお金、もらったことないじゃん」
「そ、それは」
「私、いてくれるんなら、もっと優しくて強くてお金持ちのお兄ちゃんが欲しかった」
パンッ。
キノコがマリナの頬を張った。
マリナは強気でにらみ返す。
「マリナさん、お兄さんに謝って」
マリナはキノコを指さす。
「私の顔をはたいたな」
マリナ顔を歪める。
「お兄ちゃんにもぶたれたことないのに」
遠くでカラスが鳴いた。
「ユザよ」
ヤマトが両腕を組んで空を見上げていた。右足を段差の上に乗せている。
「散り祭、俺たちと勝負をしないか?」
「勝負?」
「ああ、お笑いで、客席からより多くの票を得た方が勝ち」
「いいだろう」
俺はキノコに顔を向ける。キノコを巡る戦いが引き分けのままである。このままでは気持ちが悪かった。キノコは頷く。
「お前が勝ったら、マリナを返してやる」
「コンビを解散してくれるということか?」
「そうとってくれても良い」
「お前が勝ったら?」
「……そうだな。キノコに散り祭を一緒に見て回ってもらおう」
「デートと言うことか?」
「そうだ」
俺はキノコを再び見る。彼女はこちらを向いて、眉間にしわを寄せつつも頷いた。
「分かった」
「やりましょう」
「よし、分かったら帰れ。俺はマリナとコントの練習があるからな」
俺が屋上に来たとき、声を張り上げていたのはそういうことだったようだ。
「マリナ」
「何?」
そこでマリナは初めて目がうるうるとした。
「先帰るから」
「お兄ちゃん」
「ユザ」
「キノコ、行こう」
俺はドアに向かって歩き出す。
「いいんですか?」
キノコが後ろから追いかけてきる。
「いいも何も」
俺は両手を開いた。
「こうなった以上、練習するしかないぞ」




