ぶち壊し
俺の頭にどす黒い感情がうずまく。右手でテーブルを叩いた。所詮、今ここで俺が出来たことと言えば、言葉でヤマトを動揺させるくらいであった。
「くそ」
俺は非力だ。
せめてマリナやレンと連絡が取れたなら。スマホは車の中で取り上げられてしまった。大言を吐いたが、今ここで俺が出来ることは無い。あるとすれば頭で考えることぐらいだ。自分の脳内思考を披露するのは痛々しくて嫌だが、仕方ないだろう。
俺はこんなことを考え始めた。
パターン1、キノコがヤマトに襲われた場合。
パターン2、キノコがヤマトを快く受け入れた場合。
パターン3、襲われたが、キノコが暴れて手が付けられない場合。
ひとまずこの三つについて先読みをしていこう。
パターン1の場合、後で警察に通報すれば良い。ヤマトの親が動いた時は、仕方ない、ヤマト自体を闇に葬ろう。
パターン2の場合。完全に俺は降参しよう。
パターン3の場合。三つの中ではこれが一番あり得る。助けたいが、今は待機するしかない。
パターン4……パターン8、パターン9。
次に進もう。
ヤマトはもう一度この部屋に戻ってくるだろう。それは間違い無い。結果を俺に報告したくて仕方ないだろうから。
パターン1、ヤマトが一人で来る。
パターン2、キノコが一人で来る。
パターン3、二人で来る。
とりあえずこの三つの対処法を考えていこう。
パターン1の場合、ヤマトはまだキノコの心を思い通りにできていないということだ。大けがを与えるような攻撃をしかけて病院に行ってもらおう。明日になれば俺やキノコの家族が警察に電話をする可能性が高い。
パターン2の場合、勝機がある。
パターン3の場合、俺の敗北がほぼ決まってしまう。
パターン4……パターン11、パターン12。
やがて扉が開いた。
俺は顔を上げる。顔を覗かせたのはキノコ一人だった。彼女が扉を閉めると、外から鍵がかけられる音がした。ヤマトかその付き人がかけたのだろう。
「ユザ」
キノコは言った。
顔中が涙で濡れている。
「ああ、貞操は無事か?」
「はい。ユザも、ここに連れてこられたんですね」
「ついさっきな」
「さっき、私、ヤマトさんに言われました」
キノコは両手のひらを目に当てる。
「付き合ってくれって、ぐす、そうしないと、ユザを生きていけなくするって、ぐす、私、一生懸命考えたんですけど、ぐす、どうすれば良いか分かんなくって、二人とも助かる方法、ぐす、思いつかなくて。すん、私、頭良い方なんですけど、今日ばっかりは、ぐす、何にも思いつかないです、う、うぇぇ、うぇーん」
キノコは虎の絨毯に崩れ落ちた。
「それで?」
「それでって、あうう、ユザ、なんでそんなに冷静なんですか?」
俺は立ち上がる。口元には笑みがあった。
「何か言いに来たんだろ?」
「は、はい」
キノコは顔を上げる。
「ユザ、コンビは解散します」
「キノコ、お前は完璧だ」
俺は勝利を確信した。素早くキノコに歩み寄る。耳元でキーワードをささやいた。
「え?」
鍵が開く音がした。扉が開き、ヤマトが入ってくる。
「別れのあいさつは、済んだようだな」
ヤマトは顔に自信をたたえている。おそらく交際の申し込みに成功したのだろう。俺を人質にとった脅迫をして、だ。そしてキノコは最後に別れのあいさつがしたいと申し出たのだ。しかし、
キノコと俺は並んで立った。二人で口をそろえる。
「どうもー、スベスベステューデントです」
二人で両手を叩いた。
「は? どうしたのだ」
ヤマトは目を点にした。
俺は右手を上げる。
「コント、ヤマトに口説かれるキノコ」
俺は身振り手振りを交えてしゃべる。
「キノコ、俺と付き合え。付き合わなければ、ユザの命がどうなるか分からんぞ?」
アドリブだった。
キノコは食いついてくる。
「え、えー? こんなブサイクで口息が臭くて体毛が濃くておしっこするときにマーって叫んじゃうような男と、付き合える訳ないじゃないですか!」
「ユザがどうなっても良いのか?」
「ごめんね、ヤマトさん、私、もうユザの女だから」
「ユザを殺すぞ」
「ごめんね、ヤマトさん、私のお腹の中には、もうユザの子供がいるの」
「お前も殺すぞ」
「大体貴方おかしいじゃないですか。私と貴方は今日が初対面ですよ? 付き合う付き合わないとか言う以前に、お前誰だっつーの。万札をくれるって? それ貴方の親が稼いだお金じゃないですか。頭おかしいんじゃないですか?」
ヤマトの顔が青白くなっていく。
「き、貴様ら」
俺は拍車をかける。
「俺は変態なんだ」
「ああそうですね。ヤマトさんは変態の上に犯罪者です。親の顔が見てみたいです。どんな育て方をしたらこんな風に育つんでしょうか。ある意味傑作です。いつかニュースの特番で紹介されること間違い無しですよ。幼い少女にワイセツ行為を及んだとかで。そんな事件、コメンテーターもコメントしづらいわ」
「宇宙の答えにたどり着いたこのヤマトにとって、犯罪などちっぽけなものさ」
「ヤマトさんは全世界の一生懸命生きている人たちに謝ってください。それとニートじゃなくて仕事してください。それと病院に行って脳みそを緊急手術してもらってください」
「いやあ働いたら負けだと思って」
俺は頭を撫でる。
「ゴミ野郎は消えて」
「うおおおおおおお!」
ヤマトが吠えた。俺に掴みかかろうとする。
それをさえぎる人影。




