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金のオリ


 連れて行かれたのは見覚えのある客間だった。花井家の豪邸の一室。昔この家でよくかくれんぼをしたものである。虎模様の絨毯にふかふかとした大きいソファ。壁側にはガラス張りの棚が並んであり食器や賞状、トロフィーなどが置かれている。


 俺はソファに座らされたテーブルを挟んだ先にヤマトがいる。付き人の連中は外で待機しているのか、部屋の中にはいなかった。


「ユザ」


 ヤマトは右手で顎を撫でた。


「なんだ?」

「気分はどうだ?」

「最悪だ」


 俺は顔をしかめた。


「お前、これは誘拐だぞ?」

「確かに誘拐だ。だが、お前は警察に通報しないだろう。今の生活が恋しいければな」


 遠回しの脅迫だった。通報すればヤマトの親が動く、ということなのだろう。事件はもみ消される可能性がある。そして、それだけで済むとは限らない。


「そんなにキノコに惚れたのか?」

「惚れた? そうだな。確かに惚れたようだ。しかしな、それ以上に、俺はお前のモノを奪いたい

「どういうことだ?」

「かつて俺をたたきのめした男を、今度は俺がたたきのめす。そうすることで、俺は過去の自分を見返したいのだ」

「くだらねー」


 俺はつばを吐いた。しかしヤマトは気に止めない。


「くだらないか? じゃあキノコをくれるか?」

「キノコは俺の所有物じゃない」

「これから俺はキノコの所に行く」


 ヤマトは立ち上がった。


「キノコも誘拐したのか?」

「ああ、そして」


 ヤマトが人差し指を向けた。


「お前を人質に、交際を迫ろう」


 口元をニヤリとさせる。


「さあ、お前はどうする?」

「どうするって? こうするんだよ」


 俺はテーブルを蹴り上げた。レンのような怪力は無く、テーブルは荒々しい音を立てただけだった。


「はっ、非力」


 ヤマトは部屋の扉へと歩いて行く。俺は座ったままだった。


「ヤマト、言っておく」

「何だ?」


 彼が半身だけ振り返る。


「お前の行動は無駄だ」

「負け犬が吠えるか?」

「俺を負け犬にしたければ、今すぐ殺すしかないな」

「どういうことだ?」

「俺は人生の大局を見ている。今日ここに来たことは、人生のちょっとしたハプニングとしか思っていない」


 ヤマトは眉をひそめる。俺は続けた。


「お前はそのハプニングで一時の勝利を収めることに全神経を集中させている。俺の言っていることが分かるか?」


 頭の悪い男ではない。


「今日を勝つこと、それ以外に何がある?」

「最後に勝つこと、それ以外に何がある?」


 俺はオウム返しにした。


「お前には理解できないだろうな」

「お前には理解できないだろうな」


 オウム返しを続ける。


 ヤマトは動揺した。


「口まねしかできない雑魚が!」


 荒々しく歩き出す。扉の鍵穴にキーを差し込んで開けた。


「キノコを、好きなようにしてくるわ! ハハハ!」


 去って行った。


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