幼なじみ
学校を出て、駅とは反対側に歩道を進んでいく。10分も歩いただろうか。古めかしい喫茶店あった。俺たちはそこに入った。
ガランとした店内。奥のテーブルに向かい合わせにして座る。
「コーヒーは?」
「要らないから、キノコの居場所を教えてくれ」
「まあ焦るな」
ヤマトは両手を打ち鳴らした。
「店長!」
オールバックの髪をした店長が返事をしてやってくる。二人ともコーヒーを頼んだ。ヤマトは重い口取りで話し始めた。
「ユザ」
「何だ?」
「俺たち、友達だよな?」
「違うと言ったらどうするんだ?」
昔から友達のはずだった。友達でいたかった。だけど中学校のある時からヤマトは変わってしまった。変わることは悪いことではない。そして変わってしまったヤマトを敬遠する俺も、悪いことをしている訳ではない。仕方の無いことなのだ。
「幼なじみだろう」
「否定はしないが?」
「本題を言わせてもらう」
「ああ、どうぞ」
俺は右手を振った。
ヤマトは一度下を向いた。顔を上げる。
「キノコを、俺に譲ってくれないか?」
頭に嫌な感情がうずまいた。瞳に力がこもる。
「は?」
「だから、キノコと俺が付き合うのを許してくれと言っている!」
「お前、惚れたのか?」
「惚れた、はは」
ヤマトは自分の髪をなでた。
「女性に落とし穴に突き落とされたのは初めてのことだ。あの時、俺の脳裏には稲妻が走った。この人だ。俺が結婚するのはこの人だ!」
「キノコはお前のことを嫌いだと思うが?」
「何、嫌い嫌いも好きの内よ」
「今日が初対面だろ?」
「誰だって最初は初対面だ」
「……ダメだ」
俺は立ち上がった。顔が野獣のようになる。俺はキノコのことを女性として好いてはいない。だけどそれでも俺は、キノコを取られたくなかった。
店長がオボンにコーヒーを乗せて運んでくる。こちらの雰囲気を感じ取ったのか、両手がかすかに震えている。
俺はコーヒーカップを取ると、中身をヤマトにぶっかけた。
「うあちっ!」
「坊ちゃま!」
店長がポケットから布巾を取り出し、ヤマトの顔と体を拭いた。坊ちゃまと呼ぶところからして、花井の息のかかった喫茶店のようだ。
「ヤマト、キノコに手を出すな」
「くっ、俺の学ランを汚しやがって。もういい」
「キノコはどこだ?」
「キノコか? くははっ、知らん」
キレそうだ。
「お前、俺に勝てると思うか?」
「俺は一度もお前に喧嘩で勝てなかったな」
「ああ、悪いけれど」
「でもそれは、幼稚園や小学校の時の話だろう? それと店長、もういいっ」
「あ、すいません、坊ちゃま」
丁寧に学ランを拭いていた店長はいそいそとカウンターに下がっていく。
「ユザ、俺は変わったんだ」
「だからどうした?」
「今の俺とお前が戦ったら、どっちが勝つかな」
ヤマトが勢いよく右手を上げた。同時に喫茶店の扉が開き、黒いスーツに同じ色のサングラスをかけた三人の大人が入ってくる。俺は笑った。ヤマトの付き人である。
「これがお前の力か?」
付き人たちは俺の両腕を取り押さえる。三人目が俺の足を持ち上げる。
「そうだ。はっはっは、金の力は、凄いだろう」
悔しいが、今はおとなしくするしかなかった。三人のプロが相手では太刀打ちできない。俺は黒塗りのリムジンに乗せられた。黒のスーツに挟まれてイスに座る。車が動き出す。どこかに連行されるようだった。




